ただ貴方の…



「美味いぞマスター」

「そうか?ならよかった」

マスターお手製のパスタを口に運びながらそういえば、マスターは少しだけ照れたようにふわりと笑い、自分もパスタを口に運び始める

「本当にマスターの飯は美味いな、下手なレストランに行くよりよっぽどいい」

「おいおい、買いかぶりすぎだ。褒めても何もでないぞ?」

「事実だ、マスターの飯が一番美味い」

「本当に君は、何と言ったらいいか…」

困ったように笑う、マスターのその笑顔に
あぁ、マスターはちゃんとここにいるんだ
そう改めて確認して、ほっと胸を撫で下ろした

時々、こうしてマスターの家に夕食を食べにくるようになったのはつい最近のこと
食べたいメニューの食材を買って持っていけば、マスターはいつも嫌な顔ひとつせず俺を招き入れてくれて、美味い食事を作ってくれる
以前から時折マスターの飯を食べることはあったが、自分から積極的に来るようになったのは、あの日からだ

そんなことを考えていると、突然会話が止まった
向かいに座るマスターをチラリと見れば、マスターは食事の手を止めてここではないどこかを見ていた

「…マスター」

「…ん、あぁ……すまん、何だったかな?」

名前を呼べば、マスターの視線が俺へと戻ってくる
だが、その蒼い瞳がまだどこか遠くを見ている気がしてならない
あの日から…ビッグボスが死んだ日から、マスターは遠くばかり見るようになった
笑っていても、俺と話をしていても、何をしていても
ふとした瞬間には遠くをみているし、本当にここにいるのか怪しいほどの儚さを感じさせるようになった
生きる気力というものを、全く感じさせないのだ
いや、実際今のマスターにはそれがないのだろう

「もう食わないのか?」

「あぁ、認めたくないがもう年でな。あまり食べられない」

マスターは笑ってそういっているが、あの日から明らかに食事の量が減ったし、俺が買ってきた材料以外を使っているところを見なくなった
俺が来ない日は、ほとんど食べていないのだろう
あまり外へ出ることもなくなったし、家に来ると大抵窓際に座ってぼんやりとどこかを眺めている
俺が来なければ、誰にも気付かれないうちに死んでしまう気すらする

「…後片付けくらいは、俺がやる」

そんな不安を無理矢理心の奥に押し込めて、マスターに笑いかける

「いいよ、私がやる。君はお客様だからな」

「いや、俺が無理言って夕食をご馳走になってるんだ。これくらいやらせてくれ」

いつもの押し問答を繰り広げた後、いつものようにマスターが折れて俺に後片付けを任せてくれる
いつもの、日常のやり取り
そのやり取りに安心感すら覚えながら食器を片付けていると

「…私は、誰を恨んだらいいんだろうな」

ぽつりと、驚くほど透き通った綺麗な声で、マスターが呟いた
その声はとても小さなものだったけれど、俺の耳にしっかりと届いた

「マスター…」

驚いてマスターの方を見れば…マスターは、ぼんやりとどこかを眺めていた
それは、誰に向けた言葉だったのだろうか
いや、きっとマスターの独り言だ
ついうっかり漏れてしまった、何気ない言葉
だからこそ、ずしりとその言葉が俺の胸にのしかかる

誰かを恨み、憎むことがいいことだとは俺も思わない
だが、それでもその感情が強い力になるのも確かだ
どんな形であれ、恨んで憎んで復讐しようという気があるならば、必死に生きようとする
マスターみたいに、緩やかに死んでいくような真似はしないだろう
だが、マスターはきっと誰を恨んだらいいのかわからないんだろう
自分を置いていった恋人か、その恋人の抹殺命令を出した上層部か、はたまたそれに手を貸した己自身か
誰を恨めばいいのかわからなくて、苦しくて悲しいけどどうしたらいいのかわからなくなって
まるで、抜け殻のようになってしまったんだろう
マスターが、誰かを恨むことができたなら…こうはならなかったのだろうか
誰かを憎めれば、あの頃のマスターが帰ってくるのだろうか

「…俺を、恨めばいい」

食器をその場において、マスターに歩み寄り
ぼんやりとどこかを眺めているマスターの背後でそう言えば、驚いたようにマスターが振り返った

「ソリッド?」

「誰かを恨みたいなら、俺を恨めばいい。俺を、憎めばいい」

その目を見ないようにマスターの前にまわり、その前に跪く
それからマスターの顔を見れば、困惑しきった目が俺を映していた

「どういう、意味だ?」

「そのままの意味だ。マスターが誰かを恨みたいなら、俺を恨んでくれ。」

「どうして君を?」

「…ビッグボスに直接手をかけたのは、俺だ」

マスターの目を見つめたままはっきりとそう言えば、マスターの体がビクリと跳ねた
膝の上の手を握ると、まるで緊張しているように体に力が入っているのが伝わってきた

「命令とはいえ、ビックボスを殺したのは、俺だ」

「…そり、ど…」

「俺がこの手で殺した。だから、マスターには俺を恨む権利がある」

マスターの目を覗きこむけれど、マスターが今何を考えているのかは読み取れない
ただ真っ直ぐに、蒼い瞳が俺を見ている
そのままで、マスターの返事を待つ
随分と長い、沈黙の後

「…そんなこと、できるわけがないじゃないか」

泣きそうに震えた声で、マスターは予想しなかったことを言った

「どうして!?俺を恨めばいい!俺が殺したんだ、だから俺を恨めばいい、憎めばいい!そうだろうマスター!」

あまりの言葉に反射的に立ち上がって、マスターの肩を掴んで軽く揺する
どうして、そんなことを言うのだろうか
俺が恨めといってるんだから、恨んでくれればいいのに

「…私のために、自分を恨めば言いといってくれる…そんなに優しい君を、恨めるわけがないじゃないか」

けれどマスターはそんな俺に小さく微笑み、まるで愛し子にするように俺の頬に手を滑らせた

「…マスター」

「こうして私のために泣いてくれる可愛い教え子を、どうして恨むことができる?」

その手が、いつの間にか俺の頬に伝っていた涙を拭う
その手の残酷なほどの優しさに、まるで突き放すような慈愛の微笑みに
また涙が溢れてきて、どうしようもない感情が湧き上がってきて、マスターに抱きついた

「君は、本当に優しい子だ」

マスターはそんな俺の背をあやすように撫でて、穏やかな声でそう言った
その言葉に、小さく首を振る

違うんだ、マスター
俺は、優しい人間じゃない
俺を憎めばマスターが楽になるなんて、そんなの建前でしかない
俺が、貴方に憎んで欲しいだけなんだ

「違うんだ…マスター…」

好きだった、貴方の教え子だったときから、ずっとずっと好きだったんだ
だから、愛してもらえないなら、せめて貴方の特別になりたかった
たくさんいる教え子の1人じゃなくて、特別な何かになりたかった
たとえ、恋人を殺した憎い存在でもいい
マスターの心に一生残る、特別な存在になりたかったんだ

「違わない、君は優しい子だ。私の、自慢の教え子だ」

けど、マスターは優しく…そして残酷にそう口にする
その優しさが心地よくて、その残酷さが苦しい
貴方に自慢といってもらえるのが嬉しくて
貴方の特別になれなくて悲しくてもどかしい
自分でもどういったらいいのかわからない、複雑な感情を抱えたまま
俺は、マスターにしがみ付いてただ泣いた




















素敵ソリマスがたくさん更新されていたので、ハスハスしまくった結果がコレだよ
もっとほのぼのしたのが書きたいのに、原作沿いだとシリアスにしか…誰か、誰か原作沿いでちみっとでも幸福なソリマスの書き方を教えてください
どうしてうちのソリッドはソリマスだとこうも健気になるのか…

本当は酒びたりなマスターの話でしたが、いくらなんでもダメ人間過ぎるのでボツりました
最近オチがうまく付けられないorz

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