2人、変わる日・1



「君は、女と寝たことはあるか?」

いきなりマスターにそんな話題を振られ、俺はメンテナンスをしていた銃をついうっかり落としそうになってしまった

銃のメンテナンスの仕方を個人的に教わりに来た
という口実と銃を片手に引っさげてやってきた俺を、マスターが笑いながら部屋に招きいれてくれたのは少し前のこと
暇を持て余すと、こうして個人指導を理由にマスターの部屋を訪れる俺を、マスターはいつも笑いながら部屋に入れてくれて、指導とは名ばかりのお喋りに付き合ってくれる
実の親の顔を知らず、里親もコロコロと変わっていた俺にとって、厳しくも優しいマスターは理想の父親のようなものだ
年齢的にマスターも俺を息子みたいに思ってくれているのか、訓練中はともかくプライベートでは結構俺に甘くしてくれたりする

そしてマスターは、こうして時折唐突に脈絡のない話題を俺に振ってくることがある
天気の話であったり、食べ物の話であったり、文化の話であったり、サバイバルに関する雑学だったり
とにかく、様々な話題を気まぐれに振ってくる
それはそのまま会話として成立することもあるし、ただ単に聞いただけということもある
それを聞くのは俺のひそかな楽しみの一つで、教官としてのマスターとはまた違う表情を見ることができて嬉しかった
だが、こうしてシモの話題を振られたのは初めてで、ほんの少しだけ戸惑ってしまう

「…一応、は」

正直に答えるべきか、それとも適当に流すべきか
どう答えていいのかわからず、とりあえず正直に答えると

「君は正直だな。適当に流してしまえばいいのに」

マスターは少し目を丸くした後、クスクスとおかしそうに笑いだした
その笑い方に少しだけムッときて、

「マスターが聞いたんじゃないか」

「あぁ、悪かった…だが、正直なところは、君の美徳でもあるぞ?」

「…からかわないでくれ、マスター」

「ははは、すまんすまん」

からかわれているとわかっていても、憧れの教官から褒めてもらえるのはほんの少しばかりくすぐったい
それを誤魔化すために軽くマスターを睨みつける
けど、きっとマスターはきっとそんな俺のことくらいお見通しなのだろう
その証拠に、サングラスの向こうのマスターの瞳は、楽しげに目じりが下がっている
そのマスターの楽しそうな笑みに、自然とこちらも口元が緩む

「そういうマスターはどうなんだ?」

「おいおい、私は結婚して娘がいるんだぞ?そこを忘れてないか?」

「あぁ知っている。だが実はマスターは妻としか経験がないとか…」

「そんなわけないだろう。こう見えても、君くらいの年にはそりゃあもてたものだぞ〜?一晩で女を幾人か渡り歩いたこともある」

「マスター…それはそれで最低だぞ」

さっきの仕返しと言わんばかりに軽い皮肉を返せば、マスターは少し困ったように笑ったが、楽しそうな雰囲気だ
普段厳格で鬼教官とも言えるマスターとこうして軽いシモの話をしているというのは、物凄く不思議な気分だが
年上とはいえマスターも男だ、たまにはこうして誰かとシモの話をしたいこともあるのかもしれない

「ははは、手厳しいな…なら、男と寝たことはあるか?」

けれど、至極軽い調子でそんなことを言われ
今度こそ、俺の思考は固まってしまった

「…え?」

「抱く側でも、抱かれる側でもかまわない…男との経験はあるか?」

「男との、経験…」

問い返してみても、マスターの表情は、変わらない
いつも俺に雑学を披露するときと同じ、どこか楽しそうな顔
けれどいつもとは違い、質問の意図が、真意が、全く読めない
ただ単に話の流れで何の気なしに、言ってみたのか
それとも、何かマスター自身に考えがあるのか

「…いや、ない」

どう答えていいか、わからなくて
正直に、どうにかそれだけ口にすると

「そうか」

マスターは軽い調子でそう答えて、それきり黙ってしまった
男と寝たかなんて…もしかして、またからかわれたのだろうか
マスターは時々、からかってるのか本気なのかわからない時がある
黙ってしまったということは、これ以上このネタで会話を続ける気もないのかもしれない

「…マスターは」

いつもは、マスターが黙ってしまったら深くは聞かないし、会話も続けない
けど

「ん?どうしたソリッド」

「マスターはあるのか?男の経験」

今日ばかりは、無性に気になってしまった
マスターに、男の経験があるのかないのか

何故、それを俺に聞いたのか
どうして今日に限って、そんな話題を俺に振ったのか
気になって、仕方がない

マスターは、きょとんとした表情で俺を見た後
ふっ、と軽く口元を緩め

「…確かめてみるか?」

サングラスを外して、俺の目を覗きこんでふわりと微笑んだ
滅多に見れない、マスターの蒼い瞳
いつもは厳しさを湛えている蒼が、今はとろりと融けて俺を映している

「あぁ…確かめたい…」

まるでその瞳に誘われるように、気が付いたら俺はそう答えて、マスターのぽってりと厚い唇に噛み付いていた
マスターも抵抗することなく、薄く唇を開いて俺を受け入れる
その隙間に舌を差し込めば、俺とは違い煙草を吸わないせいか、それともさっきまで摘んでいた菓子のせいか、マスターの口の中はほんのりと甘い
夢中で、咥内に舌を這わせていると、マスターが喉の奥で小さく笑い
ぬるりと、マスターの舌が俺の咥内に潜り込んでくる

「んぅっ」

その舌に、あっという間に絡めとられてしまう
仕掛けたのは俺のはずなのに、あっという間に主導権を奪われてしまった
優しく上あごを擽られ、思わず情けない声が出てしまう
その声に、マスターが小さく笑ったのが伝わってくる
どうにか奪い返そうと必死で自分からも仕掛けに行くが、すぐにマスターにされるがままになってしまう

これが、経験地の差というものか
半ば抵抗を諦め、マスターにされるがままになりながらそんなことをぼんやりと考えていると

「さすがに若いな、ソリッド」

唇を離したマスターが、まるでからかうように目を細めた
その笑みに、かっと顔が熱くなる
情けないが、こっちはキス1つでもう臨戦態勢だ
おそらく密着しているせいで、マスターに当たっているのだろう
年齢と経験地の差があるとはいえ、余裕たっぷりなマスターとのあまりの違いに恥ずかしくなってくる

「そんなに恥ずかしがるな、若いんだからしょうがない」

マスターと目をあわせられないまま視線をさ迷わせていると、マスターがいつもの教官の声で、優しく頭をなでてくれた
我ながら単純だと思うが、その声に少しだけ恥ずかしさが薄れた気がした

「さて…このままここでというのも無粋だな。ベットに行くか?」

少しの間の後、マスターが、寝室のドアを指差した
その声は、イヤならば断ればいいと暗に示している

その部屋に入る意味を理解できないほど、俺も子どもではない
部屋に入れば、セックスをすることになるのだろう
尊敬する師であり、父親のように思っている、マスターと
一度シてしまえば、きっと今までと同じような関係に甘んじていられなくなるだろうということは、何となくわかる
マスターも、きっとそれを知っている

だから、これはきっとマスターからの最後の警告だ
引き返すなら、今だ
このままでいたければ引き返せ、と
多分、断ってもマスターは嫌な顔ひとつしないだろう
きっと次の日には何もなかったかのように笑ってくれるし、これからも部屋に入れてくれる
そして今日のことは、俺達の間でなかったことになる

「あぁ、行こうマスター」

けど、俺の中で断るという選択肢は最初からなかった
なかったことにはしたくなかったし、それにマスターが欲しかった
たとえ関係が変わってもいい、マスターが欲しい
その想いが、俺の中ではっきり形を持って根付いていた

「…そうか」

マスターは一瞬だけ、感情の見えない表情になり
すぐに笑って、俺を寝室に招きいれてくれた

こうしてマスターの部屋を訪れることはしょっちゅうだが、寝室に入ったのは初めてだ
物は多いが、きちんと整理されていて綺麗な、マスターらしい部屋
物珍しくて、辺りをきょろきょろ見回していると

「ほら、きょろきょろしてないでベットに座れ」

マスターがどこか困ったように眉を下げ、ベットを指差した

「イエス、マスター」

部屋を見られるのが、恥かしいのだろうか?
そう思いながら、指示されるままにベットに座る
さらりと上等なシーツの手触りが、これからする行為を連想させて
自然と、鼓動が早くなる

「辛そうだな」

大人しくベットに座った俺の隣に腰を下ろしたマスターは、俺の下肢を見て小さく笑ってズボンを押し上げているソレを軽く撫でた
初めて入った部屋が珍しかったせいで半分忘れかけていたが、すでにキスだけで臨戦態勢になっていたソレは快感を求めて震えている
さらに煽るように撫でられれば、我慢のきかないソコはあっという間に張り詰めていく

「ま、マスター…」

たまらなくなって、縋るようにマスターを見れば

「そんなに辛そうな顔をするな、ちゃんと楽にしてやるから」

ふ、と大人だと思える笑みを浮かべて俺の足の間にひざまづく
ベルトに手がかかり、まるで焦らすようにゆっくりと外していく
時々偶然触れる指にも、快感が煽られて自然と腰が揺れる
情けないことに、ようやく性器が下着から出される頃には、まだほとんど刺激されていないのに先走りで濡れていた

「ほんと、若いな…もうこんなにして…」

ソレを見たマスターはどこか愛しげに、まるで小さな子どもでも見たかのような声で笑うと
チロリと先端に舌が触れ、そのまま咥内へと納められていく

「くぁっ」

その快感に、思わず声が上がる
あまり多くはないが、俺にも一応女性との経験はあるし、口でされたことだってある
けれど、ここまで気持ちいいのは初めてだ
同じ男だからか、それともマスターに男の経験があるのか
舌使いも、吸い付き加減も、含みきれない部分を擦る手の動きも、どれも極上といえるほど気持ちいい

「あ、はぁっ…く、ぁっ」

情けないが、あまりの快感に声が自然と漏れてしまう
どうにか押さえようと口元へ手をやるが、そんな些細な抵抗など意味がないくらい気持ちがいい
あっというまに、絶頂感が競りあがってくる
いくらなんでも早すぎると思うが、あまりに強烈な快感には抗えない

「うぁっ…ま、マスターっ」

ちゅっと軽く吸われ、その刺激であっさりとイってしまう
マスターは一瞬小さくうめいたが、射精を促すように軽く吸い付いてくる
その刺激がたまらなくて、緩く腰が動く
絶頂後の心地よい脱力感に身を任せていると、こくりとマスターの喉が小さく動き

「多いな。溜まってたのか?」

そう、口の端を上げて俺の顔を覗き込んでくる

「…からかわないでくれ」

早いな、と言わないあたりはマスターがそれなりに気を使ってくれているのだろうが、やはりからかわれていい気はしないものだ


- 2 -


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -