一度だけなら、助けようか



昨日、兄弟と派手にケンカした
いや、兄弟とのケンカ自体は小さな物を含めほぼ日常と化している
よくそれほどケンカの種があるな、などとソリダスは呆れているが
俺としては、兄弟が気に食わないから当然の事なのだ
そう、俺は世界で一番兄弟が気に食わない
同じ女の腹から同じ日に生まれ、同じように育った片割れが大嫌いだ
どうしてそんなにアイツを嫌うんだ?と、困った様な親父に言われた回数は俺達家族の両手両足の指の数を足してもおそらく足りないだろう
どうして、と問われれば答えに詰まる
昔からやんちゃだった俺とは違っていい子だった兄弟の方が、大人たちからよく褒められ優遇されがちだったり
小さな頃好きになった子…いわゆる初恋の相手が兄弟を好きだったり
俺が出来なかったことが、兄弟には出来ていたり
いがみ合うようになった原因を考えれば色々あるが、よくよく考えれば物心ついた頃から俺達は日常的にケンカを繰り返していた

あえて言うなら、生理的に気に食わない
そう、本能がアイツが気に食わないと叫ぶ
そこに理由など、存在するはずもない

そして、昨日も兄弟とケンカになった
理由は、もう覚えていない
だが、俺が何かで突っかかり、おそらく機嫌がさほどよくなかった兄弟はいつものように流すことが出来ず
ここ最近では一番派手なものになった
殴り合い、罵りあい、殺し合いに発展しそうなほどの大喧嘩
端から見ても相当酷かったのだろう、普段はどれほど殴りあっても介入などしてこない親父とソリダスが、間に入ってきた

「お前たちいい加減にしろ!!」

「全く…互いに殺しあうつもりか?」

俺を親父が、兄弟をソリダスが羽交い絞めにする
2人の介入が、苛立ちと怒りを最高潮まで煽り

「貴様なんか大嫌いだ!!        !!」

怒りに任せて、俺はわめくように兄弟に叫んだ
頭に血が上りすぎていて、何を言ったのかは、正直よく覚えていない

「リキッド!言いすぎだ!!」

その瞬間、耳元で爆ぜる親父の怒りに震えた怒鳴り声
その声にはっとして兄弟に視線をやれば、兄弟の顔が酷く傷ついたように歪んでいた

「チッ」

その顔に湧き上がってくる罪悪感を消そうと小さく舌打ちをし
親父の腕を振りほどき、苛立ちを隠そうとしないまま、自分の部屋へと戻った

次の朝、いつもより大幅に遅れてリビングに降りてきた兄弟の顔は誰が見ても酷いものだった
眠っていないのだろう、目元には濃い隈ができていて視線が定まっていない
翠色の瞳は、眠気以外の何かで酷く濁っている
顔色にも、生気というものが全く宿っていない

「何だ、酷い顔だな兄弟」

俺の皮肉めいた言葉にも、兄弟はチラリと視線を寄越し

「はは、ちょっとな…」

そう、力なく呟いただけだった

いつもは皮肉には軽口で返す兄弟のあまりに力ない様子に、少しだけ動揺する
あまりに憔悴しきっている
昨日の俺の言葉が原因なのだろうと、予想はついた
どうやら、俺がよく覚えていない暴言に、いつになくショックを受けているようだ

「笑いたければ、笑えばいい」

何と返していいかわからず黙り込んでいると、兄弟は口の端だけ上げて笑みらしき物を作り、ぼんやりとした声でそう言った
そんな事を言われても、笑えるはずもない
こんな、死にそうな顔をしている相手を笑えるはずがない

謝った方が、いいんだろうか?
一瞬そんなことを考えるが、どうして俺が謝らなければならんのだと思い直す
気に食わない兄弟にかける謝りの言葉など、俺の中には存在しない
だが、こんなに酷い顔をしている兄弟は初めて見る
そして、兄弟がこんな顔をしている原因は俺の言葉だ

矛盾した感情が、頭の中で廻る
舌先まで出掛かっている謝罪の言葉が消えてはまた浮かぶ
そんな俺を見る兄弟の目に、生気らしいものは浮かんでいない
その姿に罪悪感とプライドが混じりあい、どうしたいのかすら、わからない
そんな自分に舌打ちをし

「…出掛けてくる」

兄弟から逃げるように立ち上がり、コートを引っつかんで家を出た

当てもなく、ただ家から遠ざかるために歩く
あの意外と図太い兄弟のことだ
暫く放っておけば、けろっとしてるに違いない
俺が帰る頃には、いつものように煙草でもふかして新聞でも読んでいるだろう
だから、今すぐ謝らなくてもいい
大体今までだって、俺が兄弟に謝ったことも、兄弟が俺に謝ったことも、数えるほどしかない
昨日は程度は酷かったが、いつもどおりのケンカだ
どうして俺が謝らなければならない?いつもと変わりないのに
俺達がケンカするのは、ありふれた日常でしかないのに

そう思いながら、ひたすらに歩く
だが、一歩足を踏み出すたび
昨夜のケンカの時の、傷つき歪んだ顔が
先ほど見た、生気のない濁った瞳が

何かに絶望しているような兄弟の顔が、浮かんでは消えていく

「…チッ!」

その顔にイライラして、盛大に舌打ちをし
踵を返し、早足で先ほど来た道を舞い戻る

あんな顔をしている、兄弟が悪い
兄弟があんな顔をしているから、こんなに気にしなければならんのだ
あいつなんか嫌いだし、本能的に気に食わないが
それでも俺の兄弟だ、不服でしかないが血を分けた俺の家族だ
家族があんな顔をしているのに放っておけるほど、俺は人でなしでも恥知らずでもない

リビングへと戻れば、兄弟はソファーの上にいた
膝を抱え、背もたれに体を預けて小さく丸くなって、どこか遠くを見ていた
火をつけただけらしいタバコは、灰皿の上でぽろぽろと灰を落とし、今にも落ちそうなほど短くなっていた
それを兄弟に見せ付けるように消してやるが、大好きな煙草を勝手に消されたというのに兄弟は無反応だ

「ふん、無様だな兄弟」

そのあまりに負抜けた様子に軽く皮肉を言ってやるが、兄弟はやはり反応しない
俺の声など、全く聞こえていないのかもしれない
もしかしたら、その翠の瞳にも何も映っていないのかもしれない

それならそれで、都合がいい

「…俺は、貴様なんか嫌いだ。本能的に気に食わん」

兄弟が聞いていないことを前提で、俺は少し考えて言葉を吐き出す
その瞬間小さく兄弟の肩が跳ねたような気がしたが、気のせいだと思うことにする

「何度でも言ってやる、貴様が気に食わないし大嫌いだ。だが、貴様がいなければいいと思ったことはない」

そう、俺は兄弟の存在は気に食わない
けれど、コイツほど俺を理解している人間もいないと思う
何も飾らず、何も偽らず
裸のままの心を、物心付いた頃からずっとぶつけてきた
兄弟はいつもそれを逃げることなく受け止め、同じ物を返してきた
俺も、それを逃げることなく受け止めてきた
結局のところ、互いに互いを一番わかっているのはこの双子の兄弟なのだ

本当は、知っている
自分でもわからない、胸のうちに巣食う何かが暴れだしそうになっているとき
コイツがわざとケンカを吹っかけてくることも
そういうものをどうにかしたくて、俺がケンカを吹っかけていることも
兄弟が、俺のケンカに付き合ってくれていることも

そう
こいつは誰にでもいい顔するかっこ付けで、皮肉屋の癖に臆病で、陽気なふりをして結構なマイナス思考で、そのくせ誰よりも優しくて
何でもかんでも1人で抱え込む、大馬鹿野郎だ

「…昨日は、悪かった。頭に血が上って、酷いことを言った」

コイツのことは、気に食わないし大嫌いだ
だが、コイツがそのせいで抱え切れなくなってパンクしそうになっているというのなら、一度くらいなら助けてやってもいい
溺れる手を、一度だけなら引っ張ってやってもいい

一度だけなら
このプライドを、お前のために捨ててやる

「いいか、一度しか言わん。貴様なんか嫌いだが…お前が俺の兄弟で、双子の兄弟で…まぁ、悪くないと思っている」

リビングの中を、再び静寂が支配する
自分で言っておきながら、あまりの臭い言葉に顔から火が出そうなほどの羞恥心に襲われる
誰もいなければ、身悶えているに違いない
この場にいるのが辛くなってきて、さっさと出かけてしまおうと踵を返した瞬間
コートの裾を、何かが強い力で引っ張る
恥ずかしさに囚われて無警戒だった俺は、バランスを崩して後ろに倒れこむ
そのまま床に激突するはずだった俺の体を、温かいものが支え、包み込む

「き、兄弟!?ななな何をする!!?」

後ろから俺を抱きしめるように支える兄弟に、慌てて体勢を立て直そうとする
だが、物凄い力で俺を包む腕は外れず、逆にソファーにまるで押し倒されるように放り投げられ、上に兄弟が覆いかぶさってくる
この状況に一瞬で緊張に体が硬くなるが、兄弟はまるで縋りつくように俺に抱きついたまま、動こうとはしない
暫くはその腕を外そうともがいたが、やがて諦めた
この体勢では力比べをしたところで、こちらが不利なのはよくわかっている

「…兄弟、離せ」

まるで子どものように全力でしがみ付いてくる兄弟に、一応言葉でそう制するが、聞く耳は持っていないらしい
完全に諦めきって、何となく背中を軽く叩いてやると、俺にしがみつく体が小さく振るえ、耳元にまるで泣いているような息が触れた

そういえば、殴り合いやらとっつかみ合いやらは数え切れないほどしてきたが
こうして触れ合うのは、初めてかもしれない
人生のほぼ全ての時間一緒にいるのになと、不思議な気持ちになる

初めて感じた兄弟の体温は、とてつもなく居心地が悪くて
ぬるま湯のような、優しい暖かさがあった
まるで溺れてしまいそうなそれに、恐怖に似た感情が湧き上がる
それは初めて知ったもののような気もするし、ずっと知っていたもののような気もする
不思議な、感覚が胸を満たす

今日だけだ
こうして兄弟の体温を感じるのは今日だけだ
明日からは、また互いに罵り合って殴り合って
互いをぶつけ合う、日常に戻る
だから、こんなのは今日だけだ

そんなことを考えながら俺は、兄弟が落ち着くまでずっとそうしていた
























以前拍手コメで頂いた、ソリリキ愛迷エレジーに萌えて抑止できなくなった結果
悪改しまくりで、本当に土下座したい
でもデレなリキッド書けて楽しかった!

ソリリキというかソリ+リキだが気にしない

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