優しい嘘をください



ひやり、と半身が冷えていく感覚に、俺はゆっくりと目を覚ました
まだぼんやりとした意識の中、隣にあるはずの温もり…マスターを目で探す
マスターは窓のすぐ側に立って、服すら身につけず月を見ていた
空にぽっかりと浮かぶ、柔らかな光を放つ月をぼんやりと見上げていた
闇を照らす淡い光を、少しだけ乱れた金色の髪や白い肌が反射して
今にも消えてしまいそうなほど、美しかった

その紅い口元が、小さく動く

スネーク

吐息だけで音になっていない、唇が動いただけのはずなのに
その儚い声無き声は、はっきりと俺の耳に届いた

「マスター、眠れないのか?」

たまらずに起き上がって近寄り、後ろからマスターを腕の中に閉じ込める
いつから起きていたのか、少しだけ冷えてしまっている体を温めるように優しく
マスターが消えてしまわないように、しっかりと

「スネーク…」

マスターは俺の腕の中で、どこか困ったような微笑を浮かべながら俺を見上げ
先ほどと同じ名を、口にした
その呼び名が、BIGBOSSのかつての呼び名だと知っている
人前ではボスと呼んでいたが、二人きりの時は甘えるように、そうあの男を呼んでいたことを知っている
そんな場面を、鋭い胸の傷みと共に、俺は何度も見てきた

そしてマスターは、今はその名で俺を呼ぶ
アウターヘブン作戦で、俺に与えられたコードネームで
そして、こうして俺に抱かれている
あの男に抱かれていたのと、同じように

「体が冷たい…いつから、起きていた?」

「さぁ…いつ、だったかな?」

マスターは俺に体を預けたまま、どこかぼんやりとした口調で答えると、また月へと視線を戻す
つられて視線を月にやれば、欠けることなく満ちた月が、闇の中ぽっかりと浮かんでいる

「月を見ていたのか?」

「あぁ…綺麗、だったから」

どこか夢見心地な、ふわふわとした言葉に、じわりと不安が滲み出る
マスターは、きっと月を見てはいない
月を見ながら、何かを思い出してる
おそらく、かつてスネークと呼ばれていた男…今はもういない、マスターの長年の恋人だった男のことだろう
そうでなければ、マスターはこんな表情をしない
悲しみにくれながらも、どこか幸せそうな
まるで夢を見ているような、不思議な表情を

「マスター」

その表情を崩したくて、抱きしめる腕に力を込める
少しでも、マスターに俺を認識してほしくて
一瞬でも、あの男のことを忘れてほしくて

「スネーク?」

少し痛かったのか、マスターは腕の中で身じろぎしながら不思議そうに俺を呼ぶ
その声に少しだけ力を緩めれば、マスターはくるりと体を反転させ、俺に向き合う形で見上げてくる

マスターの深い色をした、蒼い瞳は
俺を映しながら、きっと俺を見てはいない

「マスター…」

BIGBOSSを
長年の恋人を喪って、壊れそうになっていたマスターの心に付け込んだのは、俺だ
アイツとほぼ同じ顔を、声を、体格を使って
狂おしいまでにすでに亡き男を求めるマスターを、意図的にあの男と重ねるように仕向けた

そう、この関係を始めたのは、俺だ
俺が望んだんだ、あの男の身代わりでかまわないと
俺が選んだんだ、例えどんな形であれマスターを俺のものにすると

全ては、俺が仕組んだことだ

マスターの体が手に入ればよかった
心はあの男が持って逝ってしまったことは、痛いほど伝わっていたから
だが、それでも俺はマスターが欲しかった
マスターを俺のものにしたかった

偽りでもいい、亡霊でもいい、その瞳の奥に映るのが俺でなくても構わない
例えどんな形であれ、マスターに俺を見て、愛して欲しかった

それだけでよかったはずなのに
人間とは、どうしてこうも欲深い生き物なのだろう
身代わりでよかったはずなのに、いつの間にか俺自身を愛して欲しくなった
あの男と重ねるようにしたのは俺だというのに、重ねられるたび苦しくなった
俺だけを見て欲しい、あの男なんか忘れて欲しい
けど、マスターがあの男を想い出にしてしまえば
その亡霊として存在する俺は、例え偽りでもマスターに愛してもらえるのだろうか
マスターに俺を、見て欲しい
俺だけを、愛してもらいたい
けれどマスターに必要とされなくなるのは、とてつもなく怖い
元々壊れかけたマスターに付け入って始まった関係だ
マスターがあの男を忘れてしまえば、身代わりでしかない俺はきっと必要とされなくなってしまう
マスターの心は、愛は
全部、あの男が持って逝ってしまったから

「頼む…」

だから、一度でいい
あの男と同じ名ではなく、ソリッドと呼んで欲しい
俺を見て、俺の名を呼んで欲しい
嘘でもいい
君を愛しているといって欲しい
あの男ではなく、俺を愛していると

「俺を見てくれ…マスター…!」

たった、一度でいいから
俺に、優しい嘘をください
そしたら、俺はその嘘を盲目に信じて
この胸の内に巣食う、欲深い不安を抑えて貴方の側にいられる
貴方の望む、俺でいられるから
貴方に、必要以上を求めずにすむから

だからどうか、あまりに罪深く欲深い俺に
優しい嘘と、小さな救いをください

「…愛している……」

みっともなく縋りつく俺を見て、マスターは困ったような微笑を浮かべたまま
けれど、とても哀しい瞳で俺を見つめ

「愛している…スネーク…」

優しい声で、優しい手つきで俺の髪を撫でながら
何よりも残酷で甘い言葉を、吐き出した



















うちではマスターにソリッドと呼ばせていますが、原作ではスネーク呼びなんだよなぁ…と思って書き上げた
カズはネイキッドをスネークって呼んでるし、マスターはソリッドをスネークって呼んでる
あれ?これ実は超シリアスなんじゃね!?と
結果、マスターが相当酷い人になりました

原作設定でソリマスなら、どうしてもこんな形にしかならない(´・ω・`)
誰か、誰か原作設定で幸せなソリマスを書いてください!(無茶振り)

マスターサイドも書きたいなぁと言ってみる
ソリッドVSネイキッドでギャグチックも書きたいな…

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