ただ貴方が好きでした



よく似ていた
見にまとう雰囲気が、少し品のよいその喋り方が、何より俺を見るその目元が
ずっと求めていた
穏やかに笑うその顔を、俺に振れる優しい手を、俺だけを見てくれる温かな目を

俺は、あの男が好きだった



「ようザドルノフ、散歩はどうだった?」

「あぁ、おかげさまで楽しめたよ」

マザーベースの隅にある独房
そのさらに奥にある、特別な人間を拘留しておくための部屋…今は彼専用になっているその部屋へ足を踏み入れ鉄格子越しにそう軽く声をかければ、向こう側の相手…ザドルノフは軽く手を上げてどこか楽しげに笑う

「今日はどのあたりまで行ってきたんだ?」

「少し足を伸ばして、リュイナス・デ・ショチケツァルのあたりまでかな?」

その笑みに小さく笑い返して、すでに彼専用になってしまったカップにコーヒーを注ぎながら他愛のない会話をする
特に彼が散歩…いわゆる脱走をした後は、そのことについて話すのがもはや日常と化してしまっている

「そんな遠くまでか?あんまり遠くへ行くとスネークの機嫌が悪くなるから、出来れば近場で済ましてくれないか?」

「ははは、そうだな。考慮しておくよ」

おそらく本気ではそう思っていないだろう笑みを浮かべるザドルノフにコーヒーで満たされたマグカップを渡せば、彼は小さく礼を言って受け取り

「うん、やはりコスタリカコーヒーは美味い」

と、いつものように言って笑った

ザドルノフは俺のビジネス相手の一人が送り込んできた、いわゆるスパイだ
組織から送り込まれた彼の役目は、俺達にピースウォーカーについての情報を漏らすこと
そしてこのマザーベースに捕虜として送り込まれ、同じくスパイであるパスをこの組織に潜り込ませることだった
そして今、このマザーベースで主に動いているのは、パスだ
同じスパイといっても、ザドルノフの方は日々のほとんどをのんびりと独房で過ごしている
彼がやることと言えば、パスがジークを改造する時間を稼ぐために時々脱走してMSF全体の注意をひきつけることと、俺とこうして鉄格子越しに毎日コーヒーを飲むことくらいだ

「全く、あんたにもあんたの仕事があるのはわかるが…こうも頻繁に脱走されちゃかなわないんだが」

「仕方ないだろう?それが私の仕事なのだからね」

「そりゃわかるけどさぁ、アンタが脱走するとスネークの機嫌が悪くなるんだよ」

「おやおや、その様子では昨日はこってり叱られたのかね?」

「あぁ、おかげさまで全身が痛い」

やや茶化した様子で肩を竦めて見せれば、ザドルノフはお熱い事だなと笑いながらコーヒーを口に含む
ザドルノフは、このマザーベースで唯一俺の全てを知っている男だ
奴らと繋がっている事も、スネークの監視と引き換えに金を受け取っていることも、俺とスネークが恋人同士であることも、何もかも知っている
彼には嘘をつく必要がないし、真実を話しても何一つ困ることはない
だから俺としてもザドルノフと喋るのは気が楽だし、何より彼は話を聞くのがとても上手い

「それでさぁ、スネークのやつ…」

「ほう、それで?」

口調が丁寧で物腰が柔らかく、話しやすい雰囲気を持っている
いつも俺の話に意見するわけでもなく、反対するわけでもなく、ただ黙って俺の話を聞いてくれる
そして柔らかな笑みで相槌を打ち、時折話題を振ってくれる
それにつられて、ついついいろいろなことを話しすぎてしまう
自分の生まれや育ち、MSFを立ち上げた経緯、それにスネークを護るための手段
気が付けば、俺はそれら全てをザドルノフに話してしまっている
さすがにまずいかな、と思わないこともないが、まぁいいかとも思ってしまう
俺が話したこと全てを、ザドルノフは誰に話すでもなく、自分の胸にしまっていてくれる
そもそも、彼が俺の話を誰かに漏らすならば、パスが俺の正体を知っていてもおかしくはないはずだ
彼女が俺の正体を知らないという事は、ザドルノフが黙っていてくれているのだろう

「そうだ、君にお土産があるんだ」

俺が満足するまで話し、持ってきたコーヒーのポットも空になった頃
今まで黙って話を聞いてくれていたザドルノフが不意に声をあげ、カシャリと義手の指の部分を空けた
ザドルノフの義手は、ライター以外にも色々仕込んである
この義手に仕込んだギミックで毎回脱走を試みているらしいのだが、それがどんなものかは俺もよく知らない
ザドルノフの指先をそのまま眺めていると、その開いた指先から何かが出てきた

「…花?」

そこから出てきたのは、白い小さな花だった
名前も知らない、どこにでもあるような…けれどよく見れば可憐で可愛らしい花
ザドルノフは鉄格子越しに手を伸ばし、俺の耳にその花をかけると

「あぁ、思ったとおりよく似合う」

どこか満足げな笑みを浮かべた
少しだけ目を細めるその笑い方に、柔らかな声色に

『カズヒラ』

とても懐かしい記憶が、頭を過ぎり
親父も嬉しいときは、こういった笑い方をしたっけ
そんなことが、ごく自然に頭の中に浮かんだ

「おいおい、男に花贈ってどうするんだ?」

「どうもしないさ、君に似合うと思っただけだからね」

「…俺口説いても、何も出ないぞ?」

あまりにきっぱりとした物言いに、何となく照れくさくて髪を掻きあげると、何もかもお見通しだと言わんばかりにザドルノフの笑みが深まる
その笑い方がまた親父を連想させて、沸きあがるどこかむず痒いような感情を誤魔化そうと頬を掻いた

何もかも知っているザドルノフと話すのは気が楽だし、なにより楽しい
それに…ザドルノフは、どこか親父に似ている
ちょうど親父と同じ年頃のせいか、見に纏う雰囲気のせいかはわからない
そのせいか、情けないとわかっていても、時々ザドルノフに父親の姿を見てしまう
優しくて、俺の話を聞いて構ってくれて、俺に愛情を注いでくれる
あの頃欲しかった、理想の父親
きっと向こうもそれをわかっていて、俺の相手をしてくれているのだろう
ザドルノフに甘やかされているという自覚はある
自分が思っている以上に、彼に甘えてしまっている自覚もある

彼は敵で、いつかはここで死を迎えなければならないとわかっていても
気が付けば、ザドルノフを好きになっている自分が居る
この時間を失いたくないと、そう願ってしまっている

「ったく…明日は菓子でもつけるよ、とびきりのやつをな」

「はは、それは楽しみだ。期待しているよ」

少しだけしんみりしてしまった気分を吹き飛ばすように立ち上がれば、ザドルノフは優しさを含んだ目で俺を見上げる
その目に、心の奥底が暖かくなるような、少しだけ寂しいような気分になる

「帰りました、ミラーさん」

「よう、お帰り。それじゃザドルノフ、また明日」

「あぁ、また明日」

そんな不思議な気持ちに浸っていると、ちょうど追い払っていた見張りが戻ってきた
ザドルノフと軽く挨拶を交わし、そいつと入れ替わりに俺は独房を後にした

「…どうしようかな、これ」

さすがに独房を出てまで花を髪に挿しておく気はないので、耳元にかかる花を抜き取って弄ぶ
せっかくザドルノフがくれたんだ、このまま枯らして捨ててしまうのはもったいない
押し花にでもして、栞にでもしてみようか?
ザドルノフは、押し花を知っているだろうか?
知らないなら、作って自慢して見せるのもいいかもしれない
押し花を見せたら、いつものように笑ってくれるだろうか?
それとも、少しは喜んでくれるだろうか?

「ちょうどいい紙あったかな?」

くるくると手の中で小さな花を弄びながら、俺は押し花を見たザドルノフの様子を想像して、無意識のうちに笑みを浮かべた

それが、ザドルノフからの最初で最後のプレゼントになるなんて
その頃の俺は、想像すらしていなかった



















ガルカズでした!

ザドルノフ×カズで!というリクエストだったにもかかわらず、+っぽい出来ですみません…
我が家のガルカズは、ネイカズ前提で親子関係に近いんです…
そして相変わらずタイトル詐欺ですね、すみません

カズはザドルノフに理想の父親を見ていて、それを知っていて父親を演じているザドルノフが我が家のガルカズです
ぐ、ぐちょぐちょなのがよかった!とかあったらどうぞ遠慮なく申してやってください(土下座)

リクエスト、本当にありがとうございました!

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