kidnaping・2



「…以上です」

真っ青な顔をした兵士が、つい数時間前に起きた出来事をマザーベースの重役が集まった会議室で報告した
補給船が、武装したどこかの組織に襲われた
そういったことは時折起こるし、そのために補給船とはいえある程度の武装をさせている

問題は、船が一隻そいつらに奪われたこと
そして、その船に副指令であるカズが乗っていたこと
他のやつらの生存は確認できたが…カズが、現在行方不明だということ

すぐさま捜索隊を結成し、潮の流れからカズが流れ着きそうな場所を探させているが、一向に見つかる気配がない
ああ見えて、カズは海育ちだ
泳ぎの腕前はこのMSF内でもかなりのものだし、あのあたりは潮の流れもさほど速くない
それなのに、見つかる気配がない

「どうします、ボス…ここらの海賊の根城を漁ってみますか?」

報告を聞いた実戦部隊のリーダーが、どこか感情を抑えたような声で、俺に指示を仰いだ
確かに、状況だけ見ればここらに住み着いている海賊の可能性が高い
現に、何度も補給船が海賊に狙われるという事態はあった
海で見つからないのなら、船ごとやつらに奪われている可能性もある
それならば、早めに奴らの根城を叩かねばならない
カズは見た目はいいが男だ、いつ殺されてもおかしくない

「…この報告は確かなのか?」

だが、妙に引っかかる
襲ってきた奴らの動きが、おかしいのだ
海賊が俺達の想像を上回る装備を積んでいたのなら、船が奪われてもおかしくない
だが、奪われたのはたった一隻
しかも、帰ってきた船に致命傷は見当たらない
多少銃弾らしき跡はあるが、沈めようとか動きを封じようとかいう類の傷がない
そして、武装してきた集団の動き
最初から、カズの乗る船一隻だけに標的を定めたような動きをしている

もしも、相手が海賊…要するに物盗りなら、最初から一隻だけ狙うということはまずない
何隻か狙って、一番動きの遅い船や襲いやすい船、あるいは一番豪華…金のありそうな船を狙うだろう
それなのに、こいつらは最初からカズの乗る船以外は眼中にないといわんばかりの動きをしている
しかも、船に乗っていた奴らは皆海に放り出されているというのに、カズだけが見当たらないとなれば…

「はい、間違いありません」

「…実戦部隊の中でも戦闘に長けた者、スニーキングに長けた者をすぐに集め、チームを組ませろ。医療班のやつも何人か集めるんだ」

「やはり、海賊を…」

「いや、海賊じゃない…」

勢いよく立ち上がった兵士を制して、言葉を続ける
もしも、生きて帰ってきた兵士の証言が確かならば、答えは1つ

「おそらくこいつらは最初から、カズの乗る船…いや、カズを狙っている」

そう、最初からこいつらの狙いがカズだということだ
どこからかあの船にカズが乗っている情報を手に入れ、その上でカズの乗る船だけを狙った
それしか、考えられない

俺の言葉に、部屋中からどよめきが上がる
無理もない
計画的に攫われたというのなら、海賊よりずっと厄介だ
人質になったカズが、何をされるかわからない

「ぼさっとするな。カズが攫われたなら、何かしらの条件を向こうから提示してくる可能性がある。それまでに準備できることをしておくんだ」

だが同時に、少なくとも人質の価値がなくなるまではカズの身の安全…最悪命は保障されている
ある程度の時間は、俺達にあるということだ

「諜報班、念のためカズが関わったクライアントの情報を洗い直せ。カズに邪な感情、あるいは執着を持つものがいないか徹底的に調べ上げろ。そういった奴らの犯行かもしれん」

「は、はい!すぐに調べます!」

「それからマザーベース中のヘリ、船をいつでも出せるように準備しておけ」

「イエス、ボス!」

「念のため捜索は続けさせろ。何でもいい、手がかりが入り次第すぐ報告しろ」

「わかりました!」

その間に、できるだけの準備はしておかなければならない
最悪の事態を想定し、どんな事態でも無事にカズを連れ戻せるだけの準備を
それが、今の俺達にできる最善の事だ

「ボス!大変です!」

兵士達に指示を飛ばし、忙しく動き回る兵士達に混じって準備を進めていると
真っ青な顔をしたマングースが、縺れるように飛び込んできた

「どうした?」

「その、副指令を預かっているという奴から電話が…!」

きたか
最悪の、しかし予想はしていた事態に一瞬場がどよめいたが、一秒でも早く指示したことを完了させるように檄を飛ばすと、兵士達は表情を引き締めそれぞれの仕事に戻った

「録音はしているか?」

「はい、全てボスの指示通りに」

早足で廊下を歩きながらマングースに確認をし、副指令室の扉を開け備え付けられた外部との連絡用…主にクライアントとの連絡に使う電話の受話器を取る

「…お前がカズを攫った奴か?」

『こんにちは、ビックボス…君のような人間と話が出来て嬉しいよ』

受話器の向こうから聞こえてきたのは、おそらく俺よりも年上の、初老の男の声
俺はカズと違って、声だけで相手の感情を察したりということは苦手だ
だが、コイツが俺達を見下しているというのは、はっきりとわかった

「お前の目的は何だ、カズは無事なのか」

向こうは多少俺と世間話をしたいようだが、生憎俺はこんな奴と悠長に話しているような気分じゃない
簡潔に用件だけを口にすると、受話器の向こう側の男は吐き気がするほど不快な声で笑い始めた

『そう急かさなくてもいいじゃないか。私は一度君と話しがしてみたかったんだが』

「カズはどうした、貴様の要求は何だ」

『これだけ大きな組織の頭領の割りに、随分と短気な男だね。予想外だ』

「生憎カズと違って交渉には慣れてないもんでな。貴様の目的は何だ」

『あぁ、彼は随分と優秀な人間だからね。君たちみたいに粗暴で野蛮な組織には、もったいない男だ』

まるでからかうように話をはぐらかす男に、今すぐ受話器の向こう側に鉛玉をぶち込んでやりたい衝動がこみ上げてくる

「貴様がカズを攫ったんだろう。カズは無事か?」

どうにかその感情を押し留め、さしあたっての最重要事項
本当にコイツがカズを攫ったのか、もしそうならばカズは無事なのか
それを確かめるため、多少語気を緩めて、少しだけ下手に出る
あまり感情的になりすぎると、碌なことにならない

『攫ったとは失礼な、こちらに招待しただけだよ。多少荒っぽかったのは認めるがね』

「カズは無事なんだな?」

『もちろんだとも。声を聞くかね?』

だが、こちらが下手に出始めたのが伝わったのか、男はどこか機嫌良さそうにそう言い
一瞬音が遠くなり

『んんんん、んんんー!』

一拍遅れてくぐもった…おそらく口を塞がれているであろうカズの声と、ガチャ、ガチャガチャガチャガチャガチャと金属音が受話器の向こう側から聞こえてきた

「カズ、無事か!?」

『ん、んー!』

反射的に受話器に向かって叫ぶと、カズはくぐもった声で俺の言葉に反応した
多少拘束はされているようだが、これだけの声と音を立てられるならひとまず問題はないだろう
その事実に、少しだけ安心した

「カズが無事なのはわかった。貴様の要求は何だ、カズをどうするつもりだ」

『言っただろう?ただ招待しただけだ、彼とお喋りがしたくてね。ただ彼がここでくつろいでいる間に、君には少し仕事をして欲しいと思ってはいるがね』

「その仕事の内容は?」

『私は花を育てるのが好きでね、広い畑で沢山花を育てているんだ。そこでどうしても育てたい花があるのだけれど、生憎持ち主が種を譲ってくれなくて困っているんだ』

「…麻薬か」

『麻薬だなんて人聞きの悪い、私は花を育てるのが好きなだけだよ。ただ、花を育てるついでに、少しばかり特製の薬も作っているだけさ』

ゲス野郎が
思わずそう吐き捨てそうになるのをどうにか飲み込んで、男に続きを促す

『困ったことに、その種を持っている男がケチでね。いくら頼んでも金を出すといっても譲ってくれないんだ』

「俺にその種を盗め、と?」

『盗むだなんてとんでもない、譲ってもらってきて欲しいだけさ。ついでに彼特製の薬の作り方も教えてもらってきてくれるとありがたいがね。あぁ場所は…』

わざとらしくそう吐き捨てながら、反吐が出そうなほどの声で男は笑う
今すぐにでも受話器を叩きつけてしまいたいが、カズが向こうの手の内にある以上、俺達に拒否権は存在しない
男と話をしている間も、後ろからカズのくぐもった声と金属音は響き続ける
そのことがカズの無事を証明し、同時にカズの命が相手に握られていると強く示している

「わかった、それを持っていけばカズは返してくれるんだな?」

『彼が帰りたいというのならね。あぁそれから…』

男が何か指示のような物を出すと同時に、ドタドタと向こう側が急に騒がしくなり

『んうぅー!』

カズの声に焦りのようなものが混じり、不規則な金属音と大人しくしろ!という声と共に
少しずつ、カズの声や金属音が小さくなっていった

「おい!カズに何をした!?」

『酷く興奮しているようだったからね。少し落ち着いてもらおうと、私特製の薬を注射させてもらっただけだよ』

「貴様っ!!」

『あぁ、だがこの薬は少々依存性が強くてね…あまり使うと、彼が自分を見失いかねない。こちらとしても、そんなことはぜひ避けたいのだが…』

「この、ゲス野郎が!!」

『ははは、彼とお茶でも飲みながら待ってるよビックボス…いい結果を期待しているよ』

胸糞悪い笑い声と共にブツリ、と音が途切れ、甲高い電子音が耳元で響く
今度こそ堪えきれずに、受話器を思い切り床に叩き付けた
今すぐに、あの男の脳天に風穴を開けてやりたい
いいや、それでは足りない
ありとあらゆる拷問を繰り返し、死ぬよりも辛い目にあわせてやりたい!

「ボス…!」

だが、すぐ側で俺達の会話を聞いていたマングースの怒りと不安に揺れる表情が、ほんの僅かに理性が引き戻される
落ち着かなければ…感情的な行動は、兵士達の士気を下げる
大きく深呼吸をして葉巻を咥えて火をつけ、沸騰しそうなほどの怒りと憎悪をどうにか沈め

「準備させている医療班に、麻薬に詳しい奴を大至急追加しろ。それから録音したテープをすぐに解析するんだ」

「テープをですか?」

「あぁ。それから諜報班の中から地理に詳しい奴を呼んで来い。スニーキングに長けた奴を今すぐヘリに乗せて飛ばせ」

「ボス、何を…」

俺の意図がわからないらしいマングースは、不安そうに揺れる目でこちらを見つめる
確かに、これだけでは俺の意図は…いや、カズのメッセージは伝わらない
あの状況で、カズはメッセージをくれた
おそらくカズの救出にかかわる、重要なメッセージ
手早くそのことを伝えると、マングースの目が僅かに輝く

「俺は指定された農園に潜入する。あまり時間はかけられない、全てを出来るだけ早くこなすんだ。カズのメッセージを無駄にするんじゃないぞ」

「は、はい!わかりましたボス!!」

大慌てで録音したテープを持って走り去るマングースの背中をチラリと眺め、俺も指定された農園に向かうためにヘリポートへと足を運んだ




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