紙の鳥に願う



溜まっていた書類が予定より早めに片付き、訓練まで少しの空き時間
気晴らしに兵士達と少し話しでもしようと、休憩室に足を踏み入れた
しかしちょうど見回りの交代の時間だったらしく、珍しく兵士達の姿がなかった
その代わり、珍しい奴が休憩室にいた

「カズ?」

がらんと休憩室の隅に、カズがいた
カズが休憩室にいるのは、本当に珍しい
しかも何かに集中しているのか、俺にも気づかずなにやら真剣な表情で手を動かしている
手元をよく見てみると、ガムか何かが包んであっただろう銀紙を弄り回している
紙を折って、広げて、また折って、形を変えて
それを幾度か繰り返すうち、いつの間にか銀色の紙が小さな鳥のようなものへと変わっていた

「…凄いな」

満足げにそれを見回すカズにそう声をかけると、ようやく俺に気づいたのかカズが慌てて顔を上げながらバッと手の中の鳥を後ろに隠した

「す、スネーク!?いつからそこに?っていうかいつから見てた!?」

「そうだな、お前がその鳥を作り始めた頃からか?」

「…最初からじゃん、それ」

俺の言葉に、カズははぁ…とため息をつくと、ほんのりと頬を染めながらジトリと俺を睨みつける
俺に鳥を作っているところを見られたのが恥ずかしいらしいが、そんな目で睨んでも可愛いだけだ

「何を作ってたんだ?見せてくれないか?」

「…別にいいけど、面白いもんじゃないぞ」

カズは渋々といった様子で隠していた鳥を俺に手渡してきた
それを摘み上げて、一通り眺めてみる
一枚の紙から作り上げられた鳥は、ほんの僅かな狂いもなく綺麗な形をしている
それがカズの几帳面さを現しているようで、自然と口元に笑みが浮かんだ

「見事な鳥だな」

「一応鶴だ。別にそれくらい誰でも出来る。アンタも作ってみるか?」

しげしげと紙の鳥…ツルを眺めている俺に、カズは持ち歩いているメモ用紙を数枚切り取った後四角に切ると、そのうちの一枚を俺に差し出した

「あぁ、作り方を教えてくれ」

「じゃ、俺が折って見せるから同じように折ってみろよ」

その紙を受け取るとカズはふっと表情を緩め、手本を見せるようにツルを折り始めた
カズが折るとおりに、俺も紙を折ってみる

「…ん?」

だが、一度紙を折っただけですでに躓いた
カズの折る手本の紙は綺麗な三角形をしているのに、どうしてもその形にならない
紙の角と角が、どうしても合わない
修正しようとすればするほど、余計にずれていく
何度やってもうまくいかず、仕方なく諦めてカズを見る
よほど困った顔をしていたのか、俺の視線を受けたカズは小さく噴出した

「スネーク、まだ最初だぞ?」

「…もうこれでいい、次は?」

「わかった、じゃあ次は…」

不貞腐れて続きを促すと、カズは小さく笑いながらさっきよりもゆっくりと、丁寧な手つきで紙を折っていく
それに習って俺も紙を折るが、どう頑張ってもカズと同じようにならない
角と角が合わずにずれ、広げるとぐしゃぐしゃになり、折ると折り目がよくわからない線を描き
ようやく出来上がったものは、カズと同じものとは思えないほどのもの…鳥というより、ぐちゃぐちゃの紙の塊のようなものだった
カズの折ったツルが完璧な形をしてるため、余計にその酷さが目立つ

「…ま、まぁ初めてにしちゃ…上手いんじゃ、ないか?」

「…カズ、笑いたければ素直に笑え」

ピクピクと口の端をヒクつかせ、震えた声で俺から視線をそらすカズに半ばやけっぱちでそう吐き捨てれば

「い、いやホント…初めてに、しちゃっ…ぷ、あははははっ」

一応フォローらしき言葉を口にしたカズは、遠慮の欠片もなく笑い出した
その声に僅かな苛立ちを覚えながらも、カズが作ったツルと俺の作った紙の塊を見比べる
カズの手先が器用なのは知っていたが、これほど差が出るとは思っても見なかった

「…日本人は、皆コレが作れるのか?」

「皆かどうかはわからんが、折り紙は日本の伝統的な遊びだからな。大抵の奴は作れると思うぞ?」

「オリガミ?」

「さっきみたいに、一枚の紙からいろんな造形を作り出す遊びだ。他にも手裏剣とか蛙とか兜とか、色々種類がある」

ようやく笑いが収まってきたらしいカズにふとそう尋ねれば、カズは至極当然のようにそう答えた
日本人は手先が器用だと聞いていたが、まさかこれほどとは
こんな難しいことを、当たり前のようにやってしまうなんて

「特に鶴は伝統的な折り方だし色々あるから、ほとんどの奴は作れるんじゃないか?」

心底感心していると、カズは俺の折ったツルを手の中で弄り回しながら、気になることを口にした

「色々?」

「あぁ、日本では鶴は千年、亀は万年と言われてて、長寿の象徴なんだ。だから鶴を一羽折るごとに寿命が延びるって昔から言うんだ」

「ほう?」

「後ホントかどうかは知らないが、願いを込めて鶴を千羽折ると、その願いが叶うそうだ」

「アレを千も作るのか…」

カズの言葉に、自然とげんなりとした声が上がる
あの作業を千回繰り返す、考えるだけで苦痛だ
そんなことを考え付くなんて、日本人は手先が器用なだけじゃなく根気と根性もあるらしい
そういう面から見ると、カズは本当に芯から日本人なのだと痛感する
コイツの根性と根気と器用さは並大抵のことじゃない

「はは、いいじゃないか。千羽折ればアンタもマトモな鶴が折れるようになるかもしれないぞ?」

「いや、俺は遠慮しておく」

からかうように笑うカズに、ふと思いつく

「なぁカズ、お前は千羽鶴を折ったら何を願うんだ?」

カズはツルを千羽折れば願いが叶うといった
カズは、何を願ってツルを折っていたのだろう
おそらくアレは暇つぶしで、何かを願ってたわけではないのだろうが
どうしてか、それが不思議と気になった

「そういうアンタは、何を願うんだ?」

「そうだな、有能な副指令殿の財布の紐が緩むように、とかか?」

「なら緩むくらい稼いで来い司令官」

「手厳しいな…で、お前は何を願う」

「ん〜…そうだな…」

俺の問いかけに、カズは顎に手をあてながら少し考えると

「アンタとずっと一緒にいられるように、とか?」

どこかイタズラっぽい笑みを浮かべながら、そういった

「………」

「…何かリアクションしてくれないと、恥ずかしいんだけど」

その言葉に少しだけ面食らっていると、カズは自分から言い出したくせに今更恥ずかしくなってきたらしく、ほんのりと頬を染めて軽く睨んできた
だから、そんな目で睨んでも可愛いだけだし逆に誘ってるように見えるぞ
そう舌先まででかかったが、うっかり口にすればカズの雷が落ちるのは目に見えているから慌てて飲み込んだ

「意外だな、てっきりMSFがもっとでかくなるようにとか言うかと思ったが」

「それは願わなくても自分でやる。っていうか他にリアクションないのかよ?」

からかうようにそう返すと、カズはあからさまに拗ねたように唇を尖らせたまま、不機嫌そうに俺を睨みつける
けれど、その蒼い瞳は何かを期待するような色に染まっている

「そうだな…」

俺に甘え、わざと拗ねてみせるカズに可愛らしさと愛おしさを覚えながら、口を開きかけた時

「見つけましたよ副指令!」

物凄い形相のマングースが、空気も読まず休憩室に怒鳴り込んできた

「げっ、マングース!」

その瞬間、カズがしまった!と言いたげな顔になる
マングースの表情とカズの表情の差に、何となく色々読めてくる
珍しく休憩室にいると思ったら、どうやら仕事をサボっていたらしい

「げっ!じゃありません!!仕事放り出して何やってるんですか!?」

「いやぁ…ちょっと休憩?」

「じゃあもう十分休憩しましたよね!?さぁ戻りますよ!」

「え、ちょっと待って、お願いもうちょっと…って痛い痛い自分で歩くってば!」

「それじゃあボス、失礼します!」

相当仕事が溜まっているのだろう
俺が口を挟む間などなく、マングースはものすごい勢いでカズを引っ張っていってしまった
まるで嵐が過ぎ去ったような静けさが支配する中、残されたのは俺と、2人で折ったツルだけだ

「ずっと一緒にいられるように、か」

2つ並ぶ…まぁ1つはツルとは言い難いが…ツルを指先で軽く弄びながらカズが口にした願いを呟いてみる
おそらく本人は軽い睦言というか、戯れのつもりだったのだろう願い
その願いが、小さな棘となって心に刺さる
戦場にいる以上、何一つ約束してやれないし守れる保証もない
そんなこと重々承知しているし、カズもそれを十分すぎるほど知っている
ただそれでも、できることなら生涯カズと共にありたいと願っている

叶うはずはないと、知っているけれど

「…ツルに願うのも、いいかもしれんな」

意図せずにそんな言葉が口から漏れ、自分自身に苦笑する
どうやらこの紙の鳥に願掛けをしたくなるくらい、俺はカズに惚れているようだ

「さてと…そろそろ行くか」

休憩室にかけられた時計が、訓練に向かわなければならない時間を指す
その時計の針をチラリと眺め、ポケットに小さな願いを乗せた二羽のツルをそっとしまいこんで立ち上がる
カズと俺
互いに気が向いたときにツルを折れば、いつか千羽になるかもしれない
そんな戯れにも似たことを考えながら、俺は休憩室を後にした



















りるる様リクエスト、ネイカズでした
指定がネイカズのみだったので、好き勝手に書いたところ…大脱線した挙句力尽きたのが丸見えに…
おかしい、予定では仲良く折り紙を折る2人オチになるはずだったのに…もっと甘い話になるはずだったのに…どうしてこうなった
お叱りはいくらでもお受けします、遠慮なくどうぞorz

リクエスト、本当にありがとうございました!

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