甘いフォンデュはいかが?・1



「…何だ、これは」

玄関の扉を開けた途端、むわりと漂ってきたチョコレート臭に自然と眉が寄った
別に甘いものもチョコレートも嫌いじゃないが、家に帰った途端にこの甘い香りはキツイ

なんだこれ…と考え、ふと思い至る
あぁ、そういえばバレンタインか…

日本式のバレンタインは、愛する人にチョコレートを贈るのだと親父が以前言っていたような気がする
まぁ、それもマスターミラーの受け売りなんだろうが、それを兄弟がやけに目を輝かせて聞いていた覚えもある
大方、あの男に夢中な兄弟がチョコレート菓子でも手作りしているんだろう
そう考えると、妙にムカムカと腹の中がざわ付く気がしたが、絶対気のせいだ
何となくイライラしながら、少し乱暴にリビングへ続く扉を開けると

「おぉ、帰ったかリキッド」

「なんだ、もう帰ってきたのか」

その瞬間、ほとんど違いのない2つの声が耳に届き
色の違う3つの瞳が俺に一気に集中し、少しだけ居心地が悪い気分になる
が、机の上にあるものに、そんなものは一気に吹き飛んだ

「…何してるんだ?」

「「見てわからないか?」」

いや…何となくわかるが…リビングで大の男が2人、ファンシーな小鍋を囲っていたら、そうも聞きたくなる
可愛らしいピンク色の小鍋の中にはチョコレートらしき液体が入っていて、周りにはイチゴやらバナナやらキウイやらが乗った皿が大量に置かれている

「…で、何だコレは」

「チョコレートフォンデュだ!美味いぞ!ほらお前もこっちきて食え」

俺の問いに、親父は満面の笑みを浮かべて、チョコレートのかかったイチゴを差し出してきた
その笑みに、若干イラッときた
いくらなんでも、それくらい見ればわかる
俺が聞きたいのは、どうして大の男が2人そろってチョコレートフォンデュをしているのかということだ

「あぁ、マスターからのバレンタインプレゼントだ。みんなで楽しんでくれ、だそうだ」

どういうことだと兄弟に視線を向ければ、兄弟は俺が言いたいことを察したのか、機嫌が良さそうにそう言ってチョコレートにバナナを浸した

やはり、同じ顔でも親父より兄弟のほうが頭がいいし空気が読めるあのでれでれの顔は、ものすごくイラッと来るが

「…ところで、ソリダスがいないようだが」

そういえば、こういう甘いものに目がない兄弟の姿が見えない
こういうことには、真っ先に参加しそうな気がするが

「あぁ、ソリダスは雷電のところに行くといっていた」

「今日は泊まってくるそうだ」

「珍しいな」

あの女王様なソリダスが、自分から雷電の家に行くなんて
いつもはアイツを呼びつけるのに…しかも泊まり
明日あたり、雪でも降りそうなくらい珍しい

「まぁ…あれだ、恋人と甘い夜を過ごしたいってやつじゃないのか?」

「性なる夜を楽しみたいんだろ」

「兄弟、字が違うしそれはクリスマスだ」

恋人と甘い夜…アイツ、そんなキャラだったか?
何となく違和感があるが…まぁ、アイツも実は雷電にベタ惚れだ
たまにはそういう気分になるのかもしれない

「ほら、お前もここ座れ」

「お前も食えリキッド」

妙に仲よく、2人の間の空間をぽんぽんと笑いながら叩く親父と兄弟を少し気味悪く感じたが

「ふん、当然だ」

今は別にそこまで空腹ではないが、小腹は空いている
こいつでは腹いっぱいにはならないが、飯までの繋ぎくらいにはなるだろう
それに、俺も甘いものは嫌いじゃない

俺は示されたとおり2人の間に座り、とりあえずイチゴへと手を伸ばした

そうして、2人の輪に混ざること30分

「(ソリダスめ…逃げたな…)」

あのソリダスが、どうしてわざわざ雷電のところへ行ったのか…この30分でよくわかった

「美味い、マスターのチョイスは本当にいいな」

「当たり前だ、何たってカズだからな」

2人は机の上の果物を消費しながら、どこかぴりぴりとした雰囲気を放っている
原因は言わずもがな、このチョコレートの贈り主である、マスターミラー
この2人はマスターミラーが大好きだ、主に邪な意味で
こいつらがあの男が原因でこうして2人がいがみ合うことなど、この家ではすでに日常の光景と化している
しかもバレンタインに、家族全員宛にとはいえチョコレートを贈られればなおさらだ
別に他意はないことはわかっているが、どうしてわざわざチョコレートを選んだのだと、ミラーを恨みたくなってきた
おそらくソリダスは、こういう状況になることを読んで雷電のところへ逃げたのだろう
どうして俺はこういう状況に至ることに気付かなかったのかと、己の浅はかさを心底悔やんだ
席を立とうにも、2人にがっちり挟まれていては立つこともままならない

「ん?おいリキッド、チョコ付いてるぞ」

イライラとした気分のまま果物を口に運んでいると、親父がふと気が付いたようにそう言い
いきなり、ベロリと俺の口の端を舐めた

「ななな何をする貴様!!」

「いや、お前が口の端にチョコをつけていたからな、取ってやろうかと」

「だからといって舐めるな!!」

反射的に兄弟のほうへと体を引き、舐められた口元を手で覆い隠して親父のほうを見ると、ニヤニヤと楽しげに笑っていた
怒鳴ってみせるものの、親父は全く応えていないように笑った
その様子に、盛大に舌打ちしてやると

「リキッド…いきなり寄って来るな、果物が台無しじゃないか」

どこか呆れたような兄弟の声が聞こえ、親父を警戒したまま背後にチラリと視線をやれば
俺に半ば押しつぶされている兄弟の手に、チョコレートの剥げたイチゴが見え
首筋が、ひやりと冷える感覚がした
どうやら、体を引いたときに兄弟が持っていた果物が俺の首筋にぶつかったらしい

「知らん、親父に言え」

「お前が寄って来たんだろ…もったいない」

軽く睨みつけてやると、兄弟はため息を吐きながら、どこか楽しそうにそう言うと
俺の肩を掴み、首筋へと顔を寄せた

「ひっ…」

ぬるり、と生暖かな舌が首筋を舐め
思わず上ずった声が口から漏れた

「き、兄弟!!何をする!!!」

かっと顔が熱くなる感覚がして、慌てて兄弟を押しのけて体を引く
と、背中に今度は親父がぶつかる感覚がした

「お前、案外いい声だすなぁ」

背後から、楽しそうな親父の笑い声が聞こえ

「痛いじゃないかリキッド…俺はただチョコがもったいなかっただけなのに」

正面では、楽しげに兄弟が笑っている

…何だか、おかしなことになってきた
物凄くいやな予感を感じて、強引に2人の間から抜け出そうとすると

「「どこ行く気だ?」」

2人がほぼ同時に、俺の体を押さえつけた
親父の腕が、俺の二の腕を背後から絡ませて押さえつけ
兄弟は俺の足と、自分の足を絡ませて動きを封じている
まるで、予め打ち合わせでもしていたかのような見事な連携に、一瞬で俺は2人に押さえつけられてしまう

「ちょ、何するんだ!」

「いや、リキッドをチョコレートフォンデュにしたら美味そうかな〜と」

「俺は何となくだが…いいなそれは、美味そうだ」

「このド変態どもが!離せ!!」

どうにかして抜け出そうともがいてみるが、これほどしっかり押さえ込まれていては暴れようにも暴れられない
1対1なら負ける気はしないが、1対2ではどうしようもない

「貴様ら!マスターミラーはどうした!!」

最後の抵抗に、こいつらがいつもいがみ合っている原因である男の名を口に出せば
2人ともきょとんとした顔で

「「それはそれ、これはこれ」」

と、見事なユニゾンぶりを発揮した

くそ!普段こいつら仲悪いくせに、どうしてこういう時だけ息ぴったりなんだ!?
というか貴様らに貞操観念とか言うものはないのか!?

「くそ、離せ!!実の兄弟や息子に手を出す馬鹿がどこにいる!!」

「「ここにいるが?」」

「こっの、馬鹿どもが!!」

必死に悪態をつくが、俺が逃げられないとわかっている2人はニヤニヤとよく似たムカつく笑みを浮かべていた


- 54 -


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -