甘いチョコレートと甘いキス



「おいカズ、まだか?」

「まだだ、ほらあっちいってろ」

さっきから人の後ろをそわそわと動きまわるスネークをしっしと追い払い、俺は手元のボールの中身…チョコレートを溶かす作業に集中した

日本では、バレンタインには恋人に愛を込めてチョコレートを送るらしい

誰が吹き込んだかは知らないが、そんな微妙に間違った無駄知識を仕入れたスネークが2月に入った途端

『カズからのチョコが欲しい』

と騒ぎ始めた

正確には恋人ではなく想い人、しかも女性から男性へと渡すのだが、そんなことを説明してもスネークが聞き入れてくれないのは、この2年の付き合いでよくわかっている
最初のうちは、どうして俺がチョコを、しかも手作りの物を贈らなきゃいけないんだと一蹴していたが
この男が一度言い出したら聞かず、しかも名前の通り蛇のごとくしつこくてねちっこいことも、この2年でよぉぉぉくわかっている
顔を合わせるたびにチョコをねだられ、それを放置していたら執務をする俺の背後でひたすらチョコをねだりだすという暴挙にでた
さすがに俺も諦めて、チョコを作ってやることにした
チョコを作るだけで黙ってくれるなら、安いもんだ

だが、どうせ作るならただチョコを溶かして固めただけじゃつまらない
どうせやるなら、とことんこだわりたくなるのは俺の性分だ
せっかくだから、スネークが驚くようなチョコを作りたい
そう思った俺はマングースに特注のチョコレートと材料を仕入れさせ、入念にレシピを練り
バレンタイン当日、簡易式のキッチンで…さすがに食堂を占拠するのは憚られたし、他の人間にチョコを振舞おうものならスネークの機嫌が悪くなるのは目に見えている…さぁ作ろうと材料を前に気合を入れた
だが、この男が大人しくしているはずがなかった

『なぁカズ、まだか?』

チョコを刻んでいる段階で、すでにこれだ
別に俺が作らなくても普通にチョコ食いたいだけだろ、という言葉を飲み込むのもそろそろ辛くなってきた
どうしてただ単に溶かして固めたものにしなかったのだと、チョコを溶かす段階ですでに後悔し始めている
だが、ここまできたらもう作らなければいけない
まぁ、一種の意地だ

「なぁカズ、まだか?」

「まだだ、見てわからないのか?」

後ろで駄犬みたくうろうろするスネークを追い払いながらバターとチョコを溶かし、卵と砂糖を混ぜ合わせ

「美味そうだな」

「ちょ、まだだって言ってんだろ!?」

この時点で手を出そうとし始めるスネークからそれらを庇いつつ、チョコと卵を混ぜ、小麦粉を振りいれ

「なぁカズ、まだ食えないのか?美味そうだしもういいだろ」

「ダメだっつってんだろ!!ハウス!!」

ふざけたことを抜かすスネークを怒鳴りつけ、型に生地を流し込んで温めておいたオーブンに放り込む

「なぁカズ、まだ焼けないのか?」

「…オーブンに入れてから、まだ3分しかたってないんだが?」

オーブンに張り付き、30秒に1回まだか?と尋ねるスネークに、今までのことも合わさってどっと疲れた
…どうしてたかが菓子を作るのに、こうも精神的に疲れなきゃならないんだ

軽く現実逃避していると、オーブンがチーンと軽快な音を立てた

「焼けたぞ!カズ!!」

「コラ勝手に開けるな!触ったらもう食わせないからな!!」

その瞬間、まさに光速とも言える速さでオーブンに手を出そうとするスネークを殴り倒し、どうにかオーブンの中身を死守した

「カズ、何も殴ることはないだろ」

「アンタが手を出そうとしなきゃ殴らない」

「焼けたじゃないか、もう食えるんだろ?」

後ろのほうで拗ねたようにぶーたれるスネークを軽く無視し、オーブンからチョコレートを取り出す
ふわり、と甘い香りを漂わせるそれに、スネークが一瞬で背後に回ってくる

「おぉ、美味そうじゃないか!」

「だからまだだっつってんだろ!手ぇ出すな!!」

同時に伸びてきたてを、全力で叩き落とす
ここまでの努力を無駄にされてはたまらない

表面が破れないようにそっとチョコを持ち上げて、型を机の上に置く
ふわふわと漂うチョコレートの香りに、スネークがどうにかして俺からチョコを奪おうとするのを、必死に威嚇して払いのける

「…もういいかな?」

「食えるのか!?」

「まーだ、もう少し待てって」

少しだけ冷ましたそれを、崩れないように慎重に型から外して皿に乗せる
綺麗に外れたそれに少しだけホッとして、側にアイスクリームを添えようとチョコレートに一瞬背を向け…

「カズ、なんかチョコ出てきたぞ!」

た瞬間に、やられた

スネークの声に慌てて振り向くと、皿の上にあったモノを鷲づかみ、手をチョコレートまみれにして嬉しそうに笑うスネークがいた
その図に、一瞬で全身の力が抜けてその場に崩れ落ちた

そう、俺が作っていたのはフォンダンショコラ
一見すると普通のカップケーキだが、焼けた表面にナイフを入れると中からチョコレートが溢れ出してくるという、少し変わったチョコレートケーキだ

「…もう…まだだって言っただろ…台無しじゃないか…」

戦場で生きてきたスネークが、こういうこじゃれたケーキを知っているとは思えない
だから、切ったら中からチョコが溢れ出してくるのを見せて驚かせてやろうと思ったのに…
ここまで頑張ってダメにされると、もう何というか、怒りよりも先に脱力感が襲ってくる
怒る気力すら、沸いてこない

「あ〜…すまんカズ、美味そうだったからつい…」

床でうなだれている俺に、さすがにスネークも悪いと思ったのが
俺の前に屈み込んで、少しだけ目尻を下げて俺の顔を覗き込んできた

「いや…もういいよ…」

どこか不安げに俺を見るスネークに、小さくため息を吐いて軽く手を振って見せる
一瞬とはいえ、チョコから目を離した俺が悪い
目を離したらスネークが手を出すのはわかりきっていたんだから、たとえ一瞬でも目を離したらダメだったんだ

「それにしても驚いたぞ、カップケーキかと思って食ったらチョコが出てきた!こんなのは初めて見た!」

それに、どうやら俺の当初の目的も達成されているようだし、スネークも嬉しそうだし…もういいか
目をキラキラと輝かせて笑うスネークに、俺も自然と笑顔になる

「フォンダンショコラっていうんだ、面白いだろ」

「あぁ、それに美味い!さすがはカズお手製だな!」

ニコニコと笑いながら、スネークはいつものように俺の頬に手を伸ばそうとして
触れる直前でぴたりと、止めた
一瞬、アレ?思ったが、手を見て納得した
伸ばされていたのは、チョコレートまみれの手
それで触れられれば、その場所がチョコレートまみれになるのは目に見えている

どこか困ったように俺を見るスネークに、少しだけイタズラ心が沸きあがる
せっかくのチョコをだめにされたんだ、少しくらい仕返ししたっていいだろう

「スネーク」

いまだにチョコレートにまみれた、スネークの手
その手を取って、指先を舌先でぺろりと舐めて口に含む
その瞬間口の中に広がる、甘いチョコの味
それを味わうように、指を丹念に舐める

「カズ…」

「ん、うまい。さすがは俺」

唇を離せば、驚いたように目を丸くスネークと視線がかち合って
そのマヌケな顔に、堪えきれずに噴出してその手を離した

さて、残りのチョコくらいは綺麗に盛り付けようと思い立ち上がろうとした瞬間
チョコレートの付いていない手で、強引に体を引き寄せられる

「ちょ、スネーク?」

驚いてスネークのほうを見れば、ニヤリと笑うスネークのチョコレートに濡れた手が、頬に触れた
ぬるりとした感触が、頬から唇へと伝い
それを追うように、スネークの舌が肌の上を滑る

「んっ…」

その感触に身悶えていると、舌が唇へとたどり着きそこを舐められる
薄く唇を開くと、チョコレートに濡れた舌が咥内へと潜り込み、甘く優しく掻き乱す

「ん…ふ、ぅ…」

「ん…」

舌を絡ませあい、呼吸まで食べられてしまいそうなほどの深く長いキス
甘くて優しい、けれど激しい欲を含んだチョコレート味のキス
俺の息が上がる頃、スネークは満足げに唇を離した

「スネーク…」

「お前が煽るのが悪い」

抗議の意も含めて軽く睨みつけてやったが、スネークは楽しそうに口の端を上げ
俺の首筋を、チョコレートまみれの手で撫でてチョコを塗りつけ始めた

「スネーク、チョコ冷めるぞ」

「今はチョコよりお前が食いたい」

「…それ、相当親父臭いぞ」

「あぁ、親父だからな」

しれっと笑いながら塗りたくったチョコレートを舐めるスネークに、これどんなプレイだよと軽く文句を言いたくなったが
こうなったスネークは、文句を言おうが何をしようが行為をやめてくれないことくらい、長い付き合いでわかりきってる

まぁバレンタインだし、ちょっとくらいいいか
冷めたら、また温めて食べればいいし
ただし、机の上のやつをあえて潰そうとしたら思いっきり殴ってやろう

そんなことを考えながら、俺はチョコよりも甘い疼きに身を任せ
スネークの背に、腕を回した


















当日はやはり1位のネイカズで!
コメントより、甘い話で!
よし、当日に間に合った!!(コラ)

フォンダンショコラ握りつぶしネタか、トリュフ作ってチョコまみれネタにするか凄く迷いました
えぇ、オチは一緒ですが何か

この後スネークとカズはプチチョコプレイを堪能したと思います
スネークはもう一個潰してカズの体にぶっ掛けようとしますが、カズが本気で殴りました(どうでもいい)

実はプロポーズネタも考えていましたが、それはまた別の話にしようと思います
あ、ちなみにフォンダンショコラを作ろうとして大失敗したことがあります(本気でどうでもいい)

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