可愛い人と愛する人・1



「(…どうして、こうなった)」

俺は、基地から少し離れた場所にあるバーで1人ため息をついた
手の中にある酒を揺らしながら、どうしてこうなったのかと考える

「マスター?飲まないんですか?」

隣で、きょとんとした表情で俺を見つめる男…愛しい教え子のソリッドを眺めながら…





数日前から、サバイバル訓練の一環として本部から離れた基地にいる
その基地の近くには訓練にはちょうどいいジャングルがあり、毎年この時期にはここで新兵の訓練を行っている

もちろん、その訓練には教え子であるソリッドも参加している

ついこの間…俺は、彼と寝てしまった
恋人であるボスに迫られた際、偶然部屋にやってきたソリッドに

『それとも…お前も混ざるか?ソリッド』

そう、ボスが誘うままにソリッドも混ざり
2人に、気を失うまで攻められるという経験をした

そのことを思い出すと、羞恥心で今でも顔から火が出そうになる
快楽に流されて、そうとうみっともない姿を見せてしまった

できるなら、しばらく顔を合わせたくなかったが
俺は教官で、ソリッドは教え子
つまり、必然的に毎日顔を合わせるということで

それでも、他の新兵たちがいる間は、何とか教官として彼に接することができた

けれど、こうして2人きりになってしまうとどうしても意識してしまう

なら、何故2人きりになったのかといわれれば

『マスター!マスターも一緒に呑みに行きませんか?』

そう、軽い口調で誘われ
他の新兵たちと一緒なのだろうと、つい思い込んで了承してしまったのが原因だ
誘われた場所に来てみれば、そこにはソリッドしかおらず
半ば強引に引っ張られ、基地から少し離れたバー…兵士達が滅多に来ないような場所…へ連れ込まれた

先輩に教えてもらったんです、とどこか嬉しそうなソリッドとは裏腹に、俺の心は彼の行動に警戒を覚える
一度寝たとはいえ、ただの教官と教え子という関係の俺をここに誘った意図が、よくわからない
もう一度、俺と寝れると思って誘ったのか

そうならば、今すぐ引っ叩いて帰るしかない
俺は、ボスの恋人なのだから

「…何故、ここに私を誘った?」

意を決して、つまみを食べているソリッドに問いかける
俺が警戒しているのがわかったのか、ソリッドの眉が僅かに下がる

ほだされないようにと、気を引き締めたままソリッドに視線を合わせる

「…迷惑、でしたか?」

けれど
まるで、雨の日の子犬のような目で見られれば心が揺らぐ

普段は冷静で、滅多に表情を変えることがないソリッドだから、余計に心にくる

「いや…迷惑、ではないが…」

その目に負けてそういってやれば、安心したようにソリッドの目が柔らかくなる
それが、まるでよく懐いた猫のようで、つい可愛らしいと思ってしまう

「2人きりで、話がしたかったんです」

「2人きり?」

「はい…その、この間のこと、謝りたくて…」

おずおずと言い出された言葉に、瞬時に顔が赤くなるのを感じた
この間のこととは…つまり、この間のことなんだろう
その時のことが脳裏をよぎり、心臓が自然と脈打ち始める

「すみませんでした…マスターに、失礼なことをして」

そんな俺に気づいているのかいないのか
しゅん、と叱られた子どものように肩を落としながら、チラリと俺を見つめる

その表情に、心がグラグラと揺れる
あれほどほだされるな、と心に決めたのに、あっという間にそんな気持ちが解けていく

「怒って、ますか?」

「いや…怒っては、いない…」

可哀想なくらい肩を落としたソリッドに、ついそんな言葉が口から漏れた
あまりにも落ち込んだ様子に、逆にこちらが罪悪感にさいなまれてしまう

実際、別に怒っているとかそういうのはない
ただ、恥ずかしいだけで

「本当ですか?よかった…俺、マスターに嫌われたとばっかり…」

ぱぁっと、嬉しそうに顔をほころばせるソリッドに、何だか苦笑が漏れてしまう

「嫌ってはいないさ…むしろ、可愛いがりのある教え子だ」

「よかったぁ…俺、マスターに嫌われたら生きていけません!」

「また大げさな…」

「大げさじゃありませんよ、本当ですって」

真面目に言い切るソリッドに、俺はたまらず笑い出してしまう

何故か、ソリッドは俺にやたら懐いている
それはもう、何かあれば俺に聞きに来るし、何かにかけてちょっかいをかけてくる
だから俺も、ついついかまってしまうし、そんな彼を可愛らしいと思う
この間のことがあって、気まずかったが…やはり彼は、とても可愛い教え子だ

「わかったわかった、そういうことにしておいてやろう」

「子ども扱いやめてくださいよ、マスター」

新兵たちの間では、鉄仮面やら無愛想やら言われているが
こうしてみれば、感情豊かで人懐っこい、案外子どもっぽい男だ

もしかしたら、彼は意外と人見知りの気があるのかもしれない
俺がかなり年上の教官ということもあって、甘えているのだろう

まったく、可愛い奴だ

「さて、飲もうか…君もイケル口なのだろう?」

「はいっ、マスターには負けませんよ?」

「言ったな、生意気坊主が…なら、飲み比べだ」

「望むところです」

俺は、この間のことはすっかり忘れて
ソリッドと、酒の入ったグラスを鳴らした






「ふふふ…ますたぁ〜」

「ほら…自分で歩けソリッド…」

ふらふらとおぼつかない足取りで、俺にもたれかかるようにして歩くソリッドに、俺は小さくため息を吐いた

あれから
飲み比べと称し、互いに酒を傾けあい
酒の旨さと、話が楽しかったのもあって、ついついソリッドがどれくらい飲んでいるのか把握することを怠った結果

「ますた〜、ますたぁだいすきです〜」

気がつけば、ソリッドが完全に泥酔していた
自分では歩けなくなるほど飲み、上機嫌で笑うソリッドをどうにか担いで、どうにかタクシーを使い基地へと戻ってきた

失念していた
いくら酒に強いといっても、ソリッドはまだ若い
限界を超えて飲んでしまうことなど、想像できたはずなのに

…若い頃の、俺みたいに

「ほら…しっかり立て、1人で部屋に戻れるか?」

「ん〜?むりです〜…」

基地の入り口で、半ば呆れたような目で見張りに見られ
どうにか仲間で引っ張り込んだソリッドを改めて見てみたが
ちょっとでも、支える手を離すとグラリと傾く体
何処を見ているのかわからない瞳
紅く染まった頬

まだ、完全に酔っ払っているようだ

「まったく…しょうがないな」

ソリッドを担ぎなおし、ゆっくりとソリッドの私室へ向かった
その間も、ソリッドは何やらよくわからないことを言ってはやたら上機嫌だ

まったく、人の気も知らないで

そう思いながらも、何となく嫌な気はしない
やはり、俺はこの男が可愛くて仕方ないらしい

そんなことを思い、小さく苦笑が漏れた

「ほら、ついたぞ」

どうにか俺にベタベタと甘えるソリッドをどうにか私室へ運び込み、ベットに寝かせようとした瞬間

「ん〜」

「ちょ、うわっ!」

ソリッドがバランスを崩し、支えきれずに一緒にベットに倒れこむ
そのせいで、ソリッドが俺に覆いかぶさるような形になる

「だ、大丈夫かソリッド?」

少々飲みすぎていたせいで、正直俺の足取りも多少おぼつかなかった
悪いことをしてしまったと、覆いかぶさるソリッドの体を軽く撫でてやると

「ますたー…いーにおいがする…」

とろんとした声で、上機嫌のまま呟いたソリッドは
ペロリと、俺の首筋を舐めた

「ちょ、ソリッド!?」

慌てて引き剥がそうとするが、まるで赤ん坊のようにがっつりとしがみ付いてくるソリッドはびくともしない

この、酔っ払いが!

「ソリッド…ちょ、やめろっ」

「ん〜…ますたぁ…」

耳元で吐息をかけられるように囁かれ、体がビクリと反応する
酒で火照って、敏感になった体はそれを快楽として認識する

「(何やってんだ俺!)」

「ソリッド…ちょ、待てってっ」

「ますたぁ〜」

すりすりと、甘えるように体を擦り寄せられ、背中を指先でなでられゾクゾクとする

思い出されるのは、この間の行為

「ますたー…」

『マスター…』

熱っぽい声が、あの日聞いた声と重なって
体が、一気に熱くなった

ヤバイ
このままじゃ、流される…!

完全に酔っ払ってしまってるソリッドも、この間の行為と今を重ねてしまっているのかも知れない
その手が、徐々に服の中へと忍び込もうとする

その瞬間

「…何やってんだ、カズ」

呆れたような、聞きなれた声が聞こえた

「ボ、ボス!?な、何でココに!!?」

それは、俺の上司で、長年の恋人であるボスのもの
慌てて声のしたほうを見ると、ボスが呆れたような表情で立っていた

「ちょっと、この基地の司令官に用事があってな…ところでカズ」

ボスは、俺と覆いかぶさるソリッドを見比べる
その視線に、一気に背筋が寒くなる

「ボス!こ、これはその…」

ソリッドの部屋で、ソリッドに覆いかぶさられている
どうみても、浮気の現場だ
さっき流されそうになってしまった罪悪感もあって、どう言い訳したらいいかわからずにいると
ボスが、ゆっくりと口を開き

「酔っ払いの世話、ごくろうさん…重かったろ、そいつ」

と、なんでもない風に言った

「あ…あぁ…」

確かにその通りなのだが
あまりにもあっさりとしたボスの様子に拍子抜けする
もっと、責められるかと思ってたのに

「見張りの兵士から聞いた。カズが泥酔したソリッドを連れて帰ってきたと」

「あぁ、それで…」

「まったく、調子に乗って飲ませすぎたんだろう?お前は昔から酒でよく失敗するからなぁ…兵士達の前で尻を出したりな」

「ちょ、ボスやめてくれ…恥ずかしいんだが…」

軽く忘れたい昔の記憶に、頬に軽く血が上る

「ところでカズ、そいつ早くどけろ…いくら酔っ払いとはいえ、恋人に他の男が覆いかぶさってる図はあまり見たくないんだが」

「わ、悪い…」

慌ててソリッドの体を軽く押すと、今度はあっさりと俺の上からどいた
その様子に少しだけ不思議に思い、ソリッドの顔を覗き込んでみると

「…寝てる」

どうやら、酒が回って眠ってしまったらしい
そのことに少しだけ安心して、毛布を掛けてやってからボスの元へ歩み寄る

その瞬間、手を引かれ
腕の中に、収められる

「ボス…?」

「カズ、お前は俺のものだ」

やけに真剣みを帯びた言葉に、クスリと笑いが漏れる

「ボス、嫉妬か?」

「悪いか?」

「いや、悪くない…大丈夫、俺は、ボスのものさ」

少しだけ、自分に言い聞かせるようにその言葉を口にする
ボスは、ニマリと嬉しそうに笑みを浮かべ

「愛してる、カズ…」

そう言って、優しく口付けられる

割り込んでくる舌を絡められ、体がほんのりと熱くなる
甘えるように体を擦り寄せると、喉の奥でボスが笑う気配がした

「来客用の特別室があるだろう?そこが俺の部屋だ…先に言って待ってろ」

唇を離したボスに、甘い声でそう囁かれ
俺は、とろりとした思考で頷いた

ほんの少し、後ろにいるソリッドを気にしながら…


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