大切な貴方に捧ぐ音



「少し中を散策してくる」

作業をしていた兵士にそう声をかけ、俺は建物の中を歩き始めた
すれ違う兵士達に軽く声をかけながら、目に付いた部屋の中を覗き込んだり歩いてみたりする

報告書には目を通したが、やはり自分の目で見ておきたい
ここが、MSFの現地支援施設の第一号となるのだから

MSFも大分大きくなってきて、様々な場所から依頼が来るようになり
そろそろ洋上プラントだけで支援を行うのも難しくなってきた
そこで、現地の施設を買い取り、現地の人間を雇い、そこを拠点にするということを提案した

現地に支援施設があれば、その場所の情報も手に入りやすくなるし
何より、任務の成功率も兵士達の生存率もグッと上がるだろう

その実験施設として買い取ったのが、ここだ
どこかの富豪の別荘だったというこの建物は思ったより傷んでおらず、広さも十分ある
オマケに、概観からはどう見ても別荘にしか見えないので、カムフラージュとしても使える
文句なしの建物だ

いい掘り出し物を見つけたと、自然と顔もほころぶ

「…あれ?」

ふらふらと歩いているうちに、まだ作業の始まっていないエリアに来てしまったようだ
作業をしている兵士の姿が見えない

「まぁ、いっか」

作業をしていないほうが、建物をゆっくり見て回れる
部屋の痛み具合、修復予定、運び込む機材、それにかかる予算
頭の中で構想を練りながら、目についた部屋の扉を開けると

広い部屋に、埃まみれのピアノが置いてあった

「ピアノか…」

まぁ、金持ちの別荘にピアノがあることなんて、珍しくともなんともない

部屋の真ん中に鎮座するそれに近づき
すっと蓋に手をかければ、白い埃を舞い散らせながら、ゆっくりと蓋が開く
その先にある鍵盤は、特に痛んでもおらず綺麗なままだ
よく見れば、埃にまみれてはいるものの、ピアノ自体に損傷はなく綺麗だ
そばにおいてある椅子も、よく見れば品のいいものだ

「…高く売れないかな〜コレ」

金持ちは弾けもしないくせに、高い楽器を側に置きたがる
もしかしたら、これも相当の値打ち物なのかもしれない
後で、査定できるやつでも呼ぶか

そう思いながら、気まぐれに白い鍵盤を1つ叩く

ポーン、と柔らかな音が静かな部屋の中に響く
あいにく、絶対音感なんて持っていない俺には、この音と鍵盤の音が合ってるのかなんてわからない

『カズ君』

けど、その柔らかな音に
少しだけ、遠い昔の記憶が蘇る

椅子に座って、遠い昔の記憶をなぞりながら、鍵盤に指を滑らせる
あの頃教えてもらった音と、今の音があっているのかすらよくわからない
違う気もするし、あっている気もする

「お前、ピアノ弾けたのか?」

不意に、扉のほうからよく知った人物の声が聞こえてきて
その瞬間、指が滑りピアノが不協和音を鳴らした

「スネークっ…もしかして、聴いてた?」

がたりと椅子を鳴らして立ち上がれば、スネークは小さく笑ってこちらへ歩いてきた

「あぁ。意外だな、お前がピアノ弾けたなんて」

「昔少しな…それに、このレベル弾けるとは言わないだろう?」

「いいや、俺はどの鍵盤を叩けばどんな音が出るかすらわからない」

真剣にそんなことを言うスネークがおかしくて小さく噴出せば、スネークは不満げに眉を寄せた

「何がおかしい?」

「いいや…アンタがピアノを弾けたら面白いと思っただけだ」

くすくすと笑っていると、不機嫌そうにスネークは唸って俺の頭を軽く小突いた

「昔少し…といったな。習っていたのか?」

「いいや…日本にいた頃、近所にピアノが弾ける人がいたんだ」

遠い昔を思い出して、俺は少しだけ感傷的な気分になる

『カズ君』

俺をそう呼んでくれたのは、近所に住む綺麗な女の人だった

家のタバコ屋が忙しくなり、母親にかまってもらえなくなり
面倒を見てくれる大人も友達もいなかった幼い俺は、いつもその女の人の家に遊びにいっていた

『あら、よくきたわね〜カズ君。お母さん忙しいの?』

そんな、今思えば図々しいとしか言いようがない幼い俺を、彼女はいつも優しく笑って出迎えてくれて
その温かな手で、俺の頭をよく撫でてくれた
俺を疎み、蔑む奴らの中で、たった1人俺に優しくしてくれた人だった

『おねーちゃん、ピアノひいて?』

彼女の家には、大きなピアノがあった
幼かった俺は、そのピアノの音が

『いいわよ!どんな曲がいい?』

『うんとね、あかるいきょく!』

『わかった、明るい曲ね』

俺にどんな曲がいいかと尋ねる彼女の笑顔が
ピアノを弾く彼女の横顔が、大好きだった

「その人に、少しだけ教えてもらった」

『カズ君は本当にピアノが好きねぇ。ねぇ、ちょっと練習してみる?』

ある日、いつもピアノの演奏をせがむ俺に、彼女は楽しそうに笑ってそう言った

『うん!』

俺は正直、自分が弾くことにはあまり興味がなかったけど
彼女があまりに楽しそうにそう言うものだから、素直に頷いた

その日から、彼女は俺にピアノを教えてくれた

『カズ君は上手ねぇ!将来ピアニストになれるかもよ?』

俺が上達するたび、彼女がそうやって喜んでくれるのが嬉しくて
俺は一生懸命、ピアノを練習した

「そうか…その人はどうしたんだ?」

「俺が7歳のときに、米兵と結婚してアメリカへ行った」

後で、彼女は米軍基地の中のバーでピアノを弾いていたのだと知った
結婚した相手は、長年付き合っていた恋人だとも
だから、ハーフである俺にも優しかったのだろう

『やだ!お姉ちゃんいっちゃやだ!!』

彼女がアメリカへ発つ日、そう泣きじゃくって服のすそをつかんで話さない俺に

『カズ君、元気でね…お姉ちゃん、カズ君のこと絶対忘れないからね』

彼女は涙ぐみながら、いつものように俺の頭を撫でてくれた

「アメリカで、その女性に会ったりしたか?」

「会えるかと思ったが…結局会えなかった。まぁ、軍人に嫁いだ日本人女性って手がかりだけじゃ、当時の俺には探せなかったしな」

アメリカに渡ったとき、少しだけ期待した
また、彼女に会えるんじゃないかって
けど、結局は会えなかった
そして、いつしか俺も彼女を探すのをやめてしまった

彼女がいなくなった日から、本気でピアノを弾いていない
今思えば、彼女が初恋だったのかもしれない

感傷的な気分を変えたくて、もう一度ピアノの鍵盤を1つ叩く
ポーンと、再び柔らかな音が部屋を満たした

「もう一度弾いてくれ、ピアノ」

その音がゆっくりと消え去った後
スネークは、俺の目を見てそんなことを言った

「やだよ、もう忘れた」

「さっきまで弾いてたじゃないか」

「あれは適当に弾いてたの、人に聴かせる演奏じゃない」

「俺が聴きたいんだ…弾いてくれ、カズ」

そう言うと、どっかりと腰をおろして期待に満ちた目で俺を見上げてくる
どうやら、聴くまでは動かないつもりらしい

「…ヘタクソでも、文句言うなよ?」

そんなスネークにため息を吐いて見せてから、もう一度鍵盤に指を滑らせる
もう20年近くまともに弾いていない指は、あまり動かなくて
曖昧になっている記憶で弾いているせいか、調律がずれているせいか、時々音が酷く外れる
当然、リズムなんか無茶苦茶だ
ぐちゃぐちゃで、音楽というより単音を繋げただけの曲とすら言えない音の塊

けれど、スネークはそんな俺の演奏を、目を閉じて真剣に聴いてくれている
それが何だか嬉しくて、俺は必死に鍵盤を追った

不思議な気持ちだ
あの頃、彼女に喜んでもらうために必死で練習したピアノを
今こうして、スネークに聴かせているなんて
彼女のために練習した曲を
スネークのために披露するなんて

「…いい演奏だった」

最後の音が、ゆっくりと消えていき
目を開けたスネークは、笑いながらパチパチと手を叩いてくれた

「茶化すなよスネーク、あんなの演奏っていえるほどのもんじゃない」

それが何だか照れくさくて、スネークから視線をそらしながら悪態をつけば
スネークが小さく笑う気配がした

「カズ、このピアノどうするんだ?」

「へ?あぁ…高く売れそうなら、どこかの金持ちにでも売り払おうかと…」

「そりゃダメだ、コイツはマザーベースに持って帰る」

「どうしてだ?金持ちの別荘にあるピアノだ、きっと高く売れる」

「それがなくなったら、お前がピアノを弾かなくなるじゃないか」

不意に、真剣な表情でスネークがそんなことを言い出して
俺は今、ぽかんと随分マヌケな表情をしているだろう

「え〜と…それは、また俺のピアノが聴きたいってことでいいのか?」

「他に何がある?」

「…さっき聴いたろ、ヘタクソだぞ?」

「なら、俺のために練習してうまくなればいいじゃないか」

ニヤリと笑いながらそう言われ
一瞬で、頬が熱くなる

あぁもう
本当に、この男には適わない
いろんな意味で

そんなに俺を喜ばせて、本当にどうしたいんだスネーク?

「…なら、部屋を1つ、防音にしないとな」

「何故だ?」

「アンタにしか、聴かせる気がないからさ」

意趣返しのつもりでそういってやれば

「そりゃ楽しみだ」

スネークは赤くなるどころか、ものすごく嬉しそうに笑いやがって
余計に、俺の頬が赤くなるのを感じた



大切な貴方に捧ぐ音



「言っとくが、俺が弾きたいときじゃないと弾かないからな」

「あぁわかってる、俺のために弾いてくれるんだろう?」

「…他に誰のために弾くっていうんだよ」

「じゃあさっそく、もう一度聴かせてくれ」

結局、今も昔も
俺は、大切な誰かのためにピアノを弾く運命にあるらしい

その相手が彼女であったことに
その相手がスネークであることに

ささやかな運命ともいえる偶然に感謝しながら
俺はもう一度、その白い鍵盤に指を滑らした

















リクエスト【ピアノを弾くカズでネイカズ】でした!

シチュエーションはお任せします!とのことだったので、好き勝手に書き散らしたところ
いつの間にか、カズヒラ初恋話に発展しました…
カズはギターは弾けるらしいので、ピアノはどうなんだろうと考えた結果
何故か、近所のお姉さんにちょっぴり教わったという設定が出来上がり
いつの間にか、初恋だったという話になってしまいました(汗)
出来るだけ甘くしようと努力しましたが、甘くなりきれなかったよママン…

タイトルはどの作品も出来上がってから考えるので、いつもイマイチ内容とマッチングしません
そして、捧げるとかいう単語が大好きです…サイト名しかり

リクエストくださった方のみ、お持ち帰り可能です!
こんなんでよろしかったですか?
苦情も返品もお気軽に!
リクエストありがとうございました!

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