Formless oath・2



「ボス」

一通り兵士達からの抱擁と、熱烈な帰還祝いを受けて
ようやく開放され、疲れ切った体を引きずって通路を歩いていると
聞きなれた声が、背中に降ってきた

「博士…どうした?」

ゆっくりと振り返ると、声の主であるストレンジラブ博士が立っていた
カズと同じようにサングラスに覆われたその表情は、いささか厳しいもので

「まさか、博士までお説教か?」

「違う、何故私がボスに説教などせねばならんのだ?」

「じゃあ、どうした?」

「ミラーを、褒めてやれ」

突然そんなことを言い出した博士に、俺は意味がわからずにぽかんと口を開けてしまう
けど、博士はそんな俺にかまわずに言葉を続ける

「ミラーはよくやった、自分の感情を出さず、副指令として自分の仕事をひたすらにこなしていた…」

「博士?よく意味が…」

わからない、と言おうとした瞬間
サングラスの奥の瞳がキツく俺を睨みつけてきて言葉を制する

「ボス…ミラーは、とても優秀な副司令官だ。だが、アイツも人間だ…強いがとても脆い、な」

「博士?」

「愛する恋人が死んでいるかもしれないという状況で、冷静でいるのがどれだけ精神を消耗するものか…ボスも想像がつくだろう」

厳しい口調で言われたその言葉が
思いもよらなかったその言葉が、グサリと心に刺さり

もしも、カズが俺のいない場所で死んでいたかもしれないという状況になったら
そう考えて、ゾッと背筋が凍りつく

俺ならば、きっとどんな手を使ってもカズの元へ行こうとする
全てを放り出して、自分の手でカズの安否を確認しに行く

そうしなければ、不安で押しつぶされてしまう

「このマザーベースはボスとミラー、2本の柱で成り立っている…その1本が消えていたあの時、ミラーまでも崩れていたらMSFは簡単に崩壊していた」

『副指令がいなかったら、パニックになっていたところでした』

兵士達も、口をそろえてそう言っていた
それは、カズがちゃんと副指令として立っていたということ

個人的な感情を殺し、MSFの副指令として存在していたということだ

きっと、俺なら出来ない
カズが、誰よりも愛しい恋人が死んでしまうかもしれないという恐怖に押しつぶされ、不安に怯える心を殺してまで、ここの司令官でいられるかといわれれば
きっと、出来ないだろう

「もう一度言う…ミラーは、よく頑張った。褒めてやれ」

ようやく、そんな当たり前のことに思い至り
黙るしかない俺を、博士はため息をつきながら一瞥し
くるりと俺に背を向けて、研究室に向かって去っていった

その背中を少しだけ眺めてから
自室に向けていた足を、カズがいるであろう副司令室へ向ける

走り出したい衝動を何とか押さえ、でも自分が歩ける最大の速度でカズの元へ向かう
ノックもせずに副司令室の扉を勢いよく開ければ、ソファーに座っていたカズが驚いたように立ち上がった

「何だボス?そんな勇み足で…報告書なら後でいいからゆっくり休んでくれ」

部屋に入ってきたのが俺だと認識したカズは、小さく息を吐いて労わるように俺に声をかける
まるで何でもないことのようにそんなことを言うカズに、ようやく俺は違和感に気づく

カズが、副指令の顔をしたままだ

カズは、確かに皮肉屋で素直じゃなくて意地っ張りだ
でも、2人きりのときは副指令の仮面を外して、1人の人間…カズヒラとして俺に接してくれる

カズが、副指令の仮面を外そうとしないのは
カズヒラという人間の心が、とても不安定になってるときだ

カズは、恋人である俺にも自分の弱い部分を見せようとはしない
だから、不安定になると副指令の仮面をかぶったままになる
弱い自分を悟られたくなくて、少しでも自分を強く見せようとする

よく見れば、色は白いがいつも血色のいい頬が、青白く透けていて
サングラス越しにも、目に力がないのがわかる

きっと、いつもならマザーベースに降り立ったとき
カズが副指令の顔で出迎えてくれたときに気づけた
知らない間に…3日間無線が繋がらなかったことで、気づかないうちに俺もそうとう精神を消耗していたらしい

気づいた途端、余裕たっぷりの笑みが急に痛々しいものに見えて
気づけずに、あまつさえ軽く拗ねていた自分を殴ってやりたい衝動に駆られる

大股でカズに近づき、その顔を覗き込む
やっぱり顔は青白いし、頬が少しこけた気がする
何故気づけなかったのかと、舌打ちしたくなるのをどうにか堪えた

今すぐ、抱きしめたい
でも、抱きしめてもカズは副指令の顔のままだろう
意地っ張りで負けず嫌いで…弱いところを見せたがらない奴だから

何かを言いたい
でも、何を言ったらいいのかわからない

「カズ…」

「ボス?」

困惑したような表情を浮かべるカズの額にキスを落とし
その青白い頬を緩やかに撫でて

「カズ…ただいま…」

どうにか、その言葉だけ…一番言いたかった言葉を口にした

「っ…!」

その瞬間、カズの顔が泣きそうに歪み
俺にもたれかかったと思うと、ズルズルと床に沈みこんだ

「カズ!?」

とっさにその体を支え、同じように床に座り込む

「カズ、どうし…」

そう言いかけた時、カズが力なく俺の服を握り締めてきた
支える腕から、俺の服を握り締める手から、触れ合った部分から
カズの体が、小さく震えているのが伝わってくる
ゆっくりと、震える背中に腕を回してゆっくりと撫でてやると
ビクリとその背中が震え、服を握る手に力が篭ったのが伝わってきた

「カズ…」

「…ふっ…」

小さく、でも確実に
まるで泣いているような声が聞こえ
その顎をつかんで、顔を上げさせる

何の抵抗もなく上がったカズの顔
その頬に、涙が伝っていた

ぽろぽろと、サングラスの向こうから流れる涙を指先で拭い
目元を隠すサングラスを取ってやると、歪んだ蒼い綺麗な目から次々に涙が零れ落ちる
その目元に、酷い隈が出来ていて
声を出すまいと歯を食いしばる唇も、ガサガサに荒れていて所々噛んだような痕があった
その痛々しい姿に、酷く胸が痛み
どうしようもないほどの後悔が、襲ってくる

俺の軽率な行動が、カズをここまで追い詰めた
酷い隈を作るほどに、唇が切れるまでかみ締めるほどに
MSFを守るため副指令という仮面をかぶり続けるしかなかった、カズの精神を消耗させ酷く追い詰めてしまった

俺は、いつ死ぬかわからない
戦場で生きているのだ…一度戦場へ出れば、明日を迎えられる保障なんてどこにもなくなる
それは、カズも十分すぎるほどわかっている
わかっていて、俺を好きになってくれて、一緒にいるといってくれた

そのことに、甘えすぎていた
例えわかっていても、実際俺がそんなことになればどれだけカズが苦しむか、不安になるか

少し考えれば、わかることだったのに

「すまなかった…」

青白い頬を伝う涙を舌で拭い、涙の溢れる目元にキスをし
食いしばった唇に、優しく口付ける

「ん…」

一度唇を離し、ぽろぽろと涙を流す蒼い瞳を見つめ
もう一度、唇を重ねる

きつく結ばれた唇を舌先で舐めれば、ゆるりとそこから力が抜け
僅かに開いた隙間に舌をねじ込めば、一瞬驚いたように縮こまった舌がゆるりと差し出される

「んぅ」

「ふっ…」

それを絡め取れば、カズも舌を絡めてくる
夢中で舌を絡めあい、互いの唇をむさぼる
服を掴む腕が、ゆっくりと俺の背中に回され
ぎゅうと力いっぱい抱きしめれば、震えていた体からゆっくりと力が抜けていった

「スネーク…」

ゆっくりと唇を離せば、目元に涙をため頬を高揚させたカズと目が合う
すっかりと仮面の取れたその瞳の奥には、まだ不安の色が揺れていて
安心させるように、優しくその目元にキスを落としてやる

「…こわ、かった…スネークが、死んだんじゃないかって…」

「あぁ…」

「連絡なくなって…怖くて、怖くて…でも、俺まで崩れたら、MSFが崩れるから…」

「…よく頑張ったな…さすがは、俺が見込んだ男だ」

「こ、ここがっ…え、えMSFが崩れたら…スネークが、帰ってくる場所がなくなったら…本当に、帰ってこないんじゃ…ない、かって…だ…だから、守らなきゃって…」

「ありがとう…俺が帰る場所、守ってくれたんだな」

「ほ、ほんとは…ほんとは怖かった…もう、スネーク、が…帰ってこないんじゃないかっ、て…こわかった、スネークっ」

その綺麗な瞳から涙を零すカズの背をあやすように叩いてやれば
カズは、その綺麗な顔を歪めて俺の胸の中に顔を埋めた

ボロボロと泣きながら、まるで子どものように言葉を紡ぐカズが愛しくて
カズにこんな顔をさせてしまった俺が不甲斐なくて
そして、戦場で生きる限りまたこうしてカズを泣かせることがあるんだろうと思うともどかしくて
それでも…戦場でしか生きられない俺を愛し、一緒に生きようと言ってくれるカズが、どうしようもないくらい大切で
そんなカズを離してやれない俺が、どうしようもなく情けなく思えた

「…カズ?」

ひとしきり泣いた後、ふと静かになったカズを不思議に思い顔を覗き込むと

「…眠ったのか」

すぅすぅと寝息を立てて、カズが眠っていた
無理もない
あの隈では、きっと俺と連絡が途絶えてから寝ていなかったのだろう
泣いたせいで真っ赤になった目元に唇を落とし、ボロボロになり疲れ果てて眠る体を抱きしめた

「すまない、カズ…俺は、何も約束してやれない」

深い眠りに落ち、聞こえていないことはわかっている
けど、それでも…いや、聞こえていないからこそ己の罪を懺悔をする

先に死なないとも、共に生きるとも、約束してやれない
戦場で生きるというのは、そういうことだからだ
そして、カズを安心させるための優しい嘘のつき方も、俺のために泣くカズの慰め方も
戦場で生きてきた俺は知らない

「お前に言ってやれるのは…俺が、どうしようもないくらいお前を愛してるということだけだ」

俺がカズにやれるのは、そんな不確かなものだけで
形にしてやれない想いだけで、カズを縛り付けている
何も誓ってやれない、何も与えてやれない

「それでも…俺は、お前に側にいて欲しい…カズが、俺の側にいたいと望む間だけでいい、側にいて欲しい」

お前が…カズヒラという人間が望むなら
俺は、いつだってお前を手放そうと誓おう
それだけが、俺がお前にしてやれることだからだ

だからせめて
カズが側にいたいと望んでくれる間だけでいいから
何もしてやれない、泣かせることしかできない、傷つけることしかできない
どうしようもない俺という男の側にいてくれ

「愛している…カズ…」

その唇に、誓いを込めて口付ければ

「すねー、く…」

眠っているはずの唇が、ゆっくりと俺の名前を呼び

「あいし、て…る…」

ゆっくりと、俺が一番欲しい言葉を零した

その言葉に、一瞬泣きそうになりながら
すっかり乱れた柔らかな髪を撫で
その体をキツく抱きしめた

















ゆうぐも様リク【ネイカズ甘で泣きカズ】でした!

我が家のカズはエチーの時は常に泣きっぱなしですが、エロ以外で泣くといえばどんなことかと熟考した結果
スネークの生死を本気で心配したときぐらいか、スネークの愛を疑った時ぐらいだろうという考えに至り
前者をとった結果…
甘どころかシリアスになりましたorz
しかも、スネーク視点のほうが可愛いカズ書けるだろうとか思って軽い気持ちでスネーク視点にしたらシリアス度が増しました…

2人とも不器用で、でも必死に手を伸ばしあって愛し合っているんですよ
ということが書きたかったはずなのに…

しかも、子守唄と若干ネタがかぶっている事実に今気づきました…

あ…甘シリアスとかいうジャンルじゃダメですか…?

ゆうぐも様のみお持ち帰り可能です

ゆうぐも様…こ、こんなんでいいでしょうか?
甘でとのお言葉だったのに、シリアス含んでしまって本当にごめんなさい!!(土下座)
返品もリクしなおしも絶賛な勢いで受け付けておりますゆえお気軽に!お気軽に!!

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