犬神様の言うとおり?



「…何だ、コレ…?」

俺は今部屋の中で起きているありえない事態に、手に持っていた買い物袋の手を離してしまった
ぐちゃ、と嫌な音がして、あぁ卵割れたかもと一瞬そんなどうでもいい…いや、どうでもよくないけど…ことを考えた
いわゆる、現実逃避というやつだ

だって、ありえないだろ?

部屋に帰ったら、犬耳と尻尾つけた全裸のオッサンがベットで寝てるとか
しかも、いびきかいて爆睡してるとか

「ありえねー…」

人間、ありえない事態に遭遇すると笑いが出るらしい
乾いて引きつった笑みを浮かべながら、さてどうするべきかと考えながらおっさんを観察する

見た感じ、包丁とか凶器の類は持ってない
まぁ、全裸で隠しようも無いしな
年齢は30代半ばといったところだ
背も高いし、筋肉がしっかり付いていて俺よりずっと体格がいい
肉弾戦になったら、おそらく勝ち目無いだろうな
やっぱり、セオリー通り警察を呼ぶべきか?
というか

「どうやって入った?このオッサン…」

部屋の鍵はかかっていたし、確かに俺は部屋の鍵をかけた
窓も一応見てみるがやはり鍵がかかっているし、今朝洗濯物を干したとき確かに鍵をかけた
というか、知らない人間がいるのにあいつは何をやって…

そこまで考えて、あることに気付いた

「ボスが、いない…?」

普段なら、何度躾けても扉を開けた瞬間にタックルをかましてくる、半年ほど前に拾った…というか住み着いた無駄にデカイ愛犬がいない
そういえば、買った物もしまわず部屋の奥を確認したもの、毎日恒例のタックルがなかったから何かあったのかと心配になったのからだった

「ボス〜?」

ボスは無駄に人懐っこいアホだし大食らいだし何度言ってもタックルをやめないバカ犬だけど
でも、客人と侵入者の区別くらいはつく
バカだしアホだが、俺に対するとてつもなく力強くしつこいコミュニケーション以外は、覚えも早く無駄吠えもしない賢い犬だ
オマケに、扉が開いていても飼い主である俺の許可なしには外に出たりしないように躾けてある
名前を呼んで辺りを見回してみるが、ボスの嬉しそうな顔もわふわふと言うマヌケな声も聞こえない

「ボス?どこだボス!?」

普段なら、俺が名前を呼べば何をしてもすっ飛んでくるのに
まさか、何かあったのか!?
だんだんと不安になってきて、少し大きな声で愛犬の名前を呼ぶ

その瞬間ベットの上の男がむくりと起き上がり、俺をまじまじと見つめ

「お帰り、カズ!」

にこぉっと満面の笑みになったかと思うと
ものすごい勢いでタックルをかましてきた

「ぐえっ!」

とっさのことに受身が取れず、ものすごい勢いのまま床に押し倒される
衝撃に蛙が潰されたような声が出たが、目の前のオッサンはそんなことに構いもせず俺をぎゅうぎゅう抱きしめてくる
オマケに頬に執拗にキスをされ、頭の中はパニック寸前だ

「ちょ、待てオッサン!!アンタ誰だ!!?というか離せ!!」

必死に肩を叩いて離せと訴えるが、どうやら興奮気味のオッサンは俺の話なんか聞いちゃいないらしい
俺は必死にその腕から逃れようともがくが、オッサンの腕はがっしりしていて力も強く、俺がどれだけ暴れてもびくともしない
知らないオッサンにいきなりタックルされて抱きしめられて、オマケに執拗にキスまでされて
このオッサン、俺をどうする気だ!?
ま、まさか…このままヤられる!?
ありえる、だってコイツ犬耳と尻尾つけた全裸の変態だし!!
冗談じゃない!俺だって相手を選ぶ権利くらいはある!!
でもこのオッサン、力強い!このままじゃマジで食われ…!!

「ちょ、誰か!…た、助けてボスゥゥゥ!!」

情けないことに、完全にパニックに陥った俺は
ぽっと頭の中に浮かんだ、愛犬の名前を叫んだ

その瞬間、オッサンの執拗なキスがピタリと止まり
きょとんとした青い瞳が、俺を不思議そうに見つめてきた

「何だ、どうしたカズ?」

「いや、アンタじゃない!俺の犬だ、デカくてアホな俺の犬!!」

何で俺の名前知ってるんだとか、いい加減どけろとか、言いたいことは山ほどあったが
パニックを起こしている俺は、一番に思い浮かんだ言葉を叫んだ
いや違うだろ俺!と心の中で自分に突っ込んでいると、目の前のオッサンが見る見るうちにしょんぼりとした表情になっていった

「カズ、酷いぞ…俺はちゃんとお前の言うこと聞いてるじゃないか」

「だからアンタじゃない!ボスは俺の犬!バカでアホでデカくて大食らいの!!」

「…俺が、そのボスなんだが」

「アンタ人間!ボスは犬!!いい加減にしないと警察を…」

呼ぶぞ、といいかけたとき

「俺がボスだ、カズ。犬神様に、人間にしてもらったんだ!」

目の前のオッサンは、物凄く真面目な、でもどこか嬉しそうな顔で
わけのわからないことを、口にした

「…アンタ、頭おかしいのか?」

あまりに頓珍漢な言葉に、逆にパニックになっていた思考が一瞬で落ち着いた
そうだ、犬耳に尻尾つけて人の部屋で爆睡するようなオッサンだ
言い方は悪いが、頭が少々…いやとてもおかしいのかもしれない
いや、そうに違いない
だが、目の前のオッサンは俺の言葉にしゅんと落ち込んだような顔になる

「おかしくない、俺はボスで、カズの飼い犬だ」

「アンタ人間だろ!?大体何だよ作り物の耳までつけて…」

とりあえず、その犬耳を取ってやろうと手を伸ばして思いっきり引っ張る
作り物のはずの耳は、もふっとした毛で覆われていて
ほんのりと温かくて柔らかい

その触り心地は、まさにボスの耳そのものだった

「カズ、痛いんだが…」

オッサンはどこか迷惑そうな目で俺を見つめ、ふるふると首を振って俺の手を外そうとする
その仕草も、ボスと一緒だ
思わず耳を離してしまうと…ぴるぴると、耳が動いた

「…よく出来た、耳だな…」

「そりゃ、生えてるからな」

ほれ、とオッサンはぴるぴると耳を器用に動かしてみせる
その事実に、頭が真っ白になる

「え…生えてる、のか?」

「あぁ。ほれ、尻尾もあるぞ」

呆然と耳を見つめている俺に、オッサンは俺が信用し始めたとでも思ったのか、ぱぁっと表情を明るくすると
くるりと後ろを振り返って、尻尾を見せてきた
…よく見れば、尻尾は確かに腰から生えている
オマケに、ふりふりと機嫌良さそうにゆれている
どう考えても、作り物じゃない
本当に、腰から立派な尻尾が生えている

「は…生えてる、な…」

「俺は、カズの犬だからな」

機嫌よさそうに俺を見るオッサンの顔をよく見ると、その瞳はボスと同じ青い色をしていて
ボスと同じように、右目がなかった
髪の毛も色も、ボスの毛の色と一緒だし、顔立ちもよくよく見れば、ボスが人間だったらこうなんだろうな〜と思わせるようなもののような気もする

「…アンタ、本当にボスなのか?どうも信じられないんだが…」

だが、犬が人間になっただなんて、そう簡単には信じられない
そんな非科学的なことが、そう簡単に起きてたまるか

「なら、どうやったら信じてくれる?」

俺の言葉に、ゆらゆらと揺れていた尻尾がしゅんと下がり、同時にオッサンの顔がどこか困ったものに変わる
その顔が、無茶な命令をして困ったときのボスの表情に似ている気がした

「…よし、ならボスだということを証明して見せろ」

「証明?どうやって」

「そうだな、ボスしか知らないようなことを言ってみろ。それがあってたらお前をボスだって認めてやるよ」

ふと思いついた、俺の半ば無茶振りに近い提案に、オッサンは少し考え込むように顎に手を当て

「そうだな…あの黒い本棚の真ん中の段、あそこに人間のメスの裸がたくさん映ってる本と、人間の交尾の映像が詰まってるキラキラした丸いやつがたくさんあって…後はこの間酒とやらを飲んで尻出して寝た挙句ベットから転げ落ちていたな」

俺の恥ずかしい話ばかり、べらべらと喋りだした

「後この間…何ていったかな…ほらあの、美味いチーズをくれた変わった匂いのするメス。アイツに『アンタ何人の女とヤってんのよ!ほんと最低!!』ってほっぺた殴られて、その次には美味いジャーキーをくれたメスに似たようなことを言われていたな」

その話に、だんだんと俺がいたたまれなくなり

「後は何だ?この間オスが俺のメスを取ったとか殴り込みに来たこととか…散歩の途中に溝に片足突っ込んだこととか…それともこの間ケイタイとやらを石と間違えて…」

「よしわかったもういい、アンタはボスだ信じるよ」

まだ続けようとするオッサンを、片手で制して恥ずかしい話を止める
今俺の顔は、物凄く真っ赤だろう
というか、何でこう俺の恥ずかしい話ばかり知ってるんだこのオッサン
マジでボスなのか…?
イマイチ信じられなくて、オッサンの顔をじぃっと見つめる

「後、お前の作る唐揚げと卵焼きは凄く美味い!」

けれどオッサンは俺をきょとんと見た後
満面の笑みを浮かべて、そう力強く言った

その言葉に、その笑みに
目の前のオッサンがボスだという話が、すとんと胸の中に落ちた

ボスを俺が飼うはめになった原因
俺が作った、卵焼きと唐揚げ
その2つを作っていると、どれだけ追い払っても足元でうろうろしまだかまだかとそわそわし
出来上がったものを、キラッキラした目で見つめるのだ
その目に負けて、いけないとは思いながらもつい1個やってしまう
出来合いのものとか、他人が作ったものは欲しがらないのに

「アンタ、ホントにボスなんだな…」

「最初からそういってるじゃないか」

「犬が人間になるとか、そう簡単にあってたまるか」

「あぁ、犬神様も特別だといっていた」

その犬神様がなんなのか
何でボスが人間になっているのか
これからどうするつもりなのか、どうしたらいいのか
聞きたいこと、確かめたいことは山ほどあったが

「とりあえずボス、服着るか」

とりあえず、いくら犬とはいえ耳と尻尾以外人間なのに、全裸はいただけない
俺の服で入るだろうか、あぁ尻尾のとこ切らなきゃいけないからいらないズボンじゃないとダメだな
あ〜、後風呂にも入れたいな
冷静になって気づいたが、ボスちょっと獣臭いし…そろそろ洗おうと思っていたからちょうどいいか
ついでに、飯も作ってしまおう
ちょうど買い物をして帰ったところだから、材料はふんだんにある
服を選んで、一緒に風呂に入って、飯でも食って

話を聞くのは、それからでも遅くは無いだろう

とりあえず、数時間後までの計画を立てながら
機嫌良さそうに尻尾を揺らすボスに合う服があるかどうか、クローゼットの中を漁り始めた



















以前チャットで話したスネークわんこパロ
書きかけが出てきたので、完成させてみた

うん、俺得でしかないな

カズのダメなところを考えているのが一番楽しかったとか言えない(コラ)






以下、どうでもいい補足説明

ボス(スネーク)…推定年齢4歳の大型犬、ゴールデンくらいはありそうだと思っている
元野良犬だが、半年ほど前から半ば住み着く形でカズの飼い犬になった
カズへの愛情表現が激しくいつも怒られている
今回、犬神様によって人間に
人間時の外見は30代半ばっぽく見える

カズ…結構いいとこのお坊ちゃん、でも死んだ母親は愛人という少々複雑な家庭環境で家族と折り合いは悪い
現在1人暮らし、大学生やってます
半年ほど前、うっかりボスを餌付けしてしまい飼うハメに
けど何だかんだでボス溺愛してる飼い主、基本躾は厳しいけど甘い(どっちだ)
彼女が片手じゃ足りないほどいる

むちゃくちゃどうでもいいですね、はい

続くかもしれないし、続かないかもしれないです

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