スネにゃんとカズにゃん・梅雨の話1



柔らかな色をした葉っぱが濃い色に変わり始める頃
雨がたくさん降る季節がやってきました
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雨がたくさん降る季節…飼い猫たちが【ツユ】と呼ぶ季節は、ノラ猫たちにとってあまりいい季節とはいえません

ノラ猫たちの獲物である小鳥も魚も、雨の中ではなかなか獲りにくくなってしまうし
人間のごみをあさりに行こうにも、雨の日はごみも少ないのです

それに何より、雨に打たれてしまいます

雨に打たれれば、体が冷えて病気になりやすくなってしまいます
病気になるということは、ノラ猫にとって死活問題です
病気になってもご飯が出てきて、病院に連れて行ってもらえる飼い猫とは違って
ノラ猫は病気でも自分でご飯を獲りに行かなければなりませんし、自分で病気も治さなければいけません
病気になったまま死んでしまうノラ猫も、たくさんいます

「また雨か…」

なので、スネにゃんもここ数日は縄張りの中にある橋の下で大人しくしていました
スネにゃんは、元流れ者の猫です
桜が咲く頃にここにやってきて、とある猫の縄張りを半分奪ってここに住み着きました
長い間流れ者だったスネにゃんは、雨の怖さをよく知っていましたし、何度もこの季節を経験しています
ですが、さすがにこう何日も雨が続くとうんざりしてしまいます

ご飯を食べにいけないので、おなかも大層空いていましたし
何より、雨が降ってからとある猫がやってこないのでものすごく暇でした

その猫は、名前をカズにゃんといいます
スネにゃんがやってくるまでこの地域のボス猫だった、まだ若い金色の猫です
カズにゃんは、スネにゃんに縄張りを取られてからというものの、毎日のように勝負を挑んできました
最初はケンカで、桜が散る頃からはいろんな勝負を仕掛けてきています
スネにゃんも、面倒くさそうにしながらも毎日カズにゃんがやってきて勝負を仕掛けてくるのを楽しみにしていました

ですが、ここ数日雨が降り続いて、カズにゃんがやってくるのに使っていた川の中のコンクリートの道が、増えた水で消えてしまっていました
なので、ここ数日スネにゃんはカズにゃんの姿を見ていません

流れ者だったスネにゃんにとって、お腹が空くことはいつものことだったので我慢できます
しかし、退屈なのはあまり我慢できません

なので、今日はカズにゃんに会いに行ってみようかと思いました
幸い雨も小降りになってきているので、あまり濡れずにカズにゃんの縄張りまで行けそうです
ついでに、どこかでゴミでもあさってご飯にしようと思いながら、スネにゃんは立ち上がってぷるぷると身震いをしました

「さて…向こうへ行くには、この橋を渡らないとな」

スネにゃんは自分の上にある橋を見て、そう呟きました
カズにゃんがこちら側へ来るのに使っているコンクリートの道が水に消えてしまっている今
向こう側へ渡るのには、人間達とそれが操るギラギラ光る化け物…飼い猫たちが【クルマ】とよんでいる怪物…がたくさん通る、橋の上を通るしかありません
まぁ大丈夫だろう、とスネにゃんは思いながら土手を駆け上がり、出来るだけ橋の端っこを急いで渡ります
幸いなことに、スネにゃんが渡り終えるまで、人間も化け物もやってきませんでした

「さてと…カズはどこにいるんだろうな」

化け物たちが遣ってこない場所まで早足で橋から離れ、スネにゃんはあたりをきょろきょろと見回します
縄張りを取ったとき、縄張りはこの川のこちら側と向こう側だとカズにゃんは言っていました
なので、カズにゃんはきっとこの近くの雨をしのげるところにいるのだろうと、スネにゃんは思いました
けれど、初めて川のこちら側へ来たスネにゃんは、どこに雨をしのげる場所があるのかわかりません
とりあえず、雨をしのげそうな近くの木の下に逃げ込み
体をブルブルと震わせて、体についた雨粒を払って毛づくろいをしながら考えていると
ガサガサと、近くの茂みが揺れる音が聞こえてきました
その音に、スネにゃんは毛づくろいを中断してそちらに集中します

そして、その中からカズにゃんがひょっこりと顔を出し
お互いに、しばし呆然と見つめあい

「す、スネーク!?何でここにいるんだ!!?」

先に我に返ったカズにゃんが、慌てたようにぶわりと尻尾を膨らませてスネにゃんに駆け寄ります

「ようカズ。いや、飯でも食いに行こうかと…」

「まさかアンタ、あの橋渡ってきたんじゃないだろうな!?」

のんきなスネにゃんとは対照的に、カズにゃんはどこか怒ったようにフーッと唸ります
その剣幕に、スネにゃんは少しだけビックリしてしまいました

「あぁ、お前がいつも来るのに使ってた道は使えなかったからな」

「バカか!?あの橋は人間と化け物がたくさん通るんだぞ!!アンタ流れなんだろ!?なら化け物の怖さわかってるだろ!!?」

「あ…あぁ…」

「俺の知り合いだって、もう何匹もあそこで食われてる!!俺達だけじゃない、犬だって鳥だって人間だって、たくさんあそこで食われてるんだ!!!いくらアンタが強いからって、化け物に勝てるわけじゃないだろ!!?」

シャーと声を上げながら、まるでケンカのときのように興奮して毛を逆立てるカズにゃんに
スネにゃんは、不謹慎だと思いながらもとっても嬉しい気持ちになってしまいました

カズにゃんは、そんな危ない場所を通ってこちらにきたスネにゃんを心配して怒っているのです
もしも、カズにゃんがスネにゃんを嫌いなら怒ったりしません
死ぬかもしれないくらい危ない場所を通ってきたって、嫌いなら怒ったりしません

スネにゃんは、カズにゃんが自分を心配して怒っていることが
まるで自分を好きだといっているように思えて、心がほっこり暖かくなるような気さえしました

「おい、聞いてんのか!!?」

「あぁ、悪かった。もうあの橋は渡らないと約束しよう」

牙をむいて怒るカズにゃんに、スネにゃんは抑えきれない笑みを浮かべたままそう言って
嬉しい気持ちのまま、カズにゃんの雨のついた頬をペロペロと舐めました

「ちょ、やめろよ!毛づくろいすんなって!」

「だが、雨がついてるぞ?ほらココも」

「やめろって!自分でできるから!!」

けれど、ぐいっとカズにゃんに顔を押されて、スネにゃんはしぶしぶ毛づくろいをやめました
あまりやりすぎると、カズにゃんを違う意味で怒らせてしまうかもしれないと思ったからです

「はぁ〜…で、飯食いに行くんだろ?あてはあるのか?」

どこか不満げに自分を見るスネにゃんに、カズにゃんは大きくため息を吐いて
スネにゃんがこちら側に来たと話したことについて聞くことにしました

「いや、ないが」

スネにゃんはご飯はついでで、本当はカズにゃんに会いにきたのです
けど、そんなことを言えばカズにゃんがまた烈火のごとく怒ることは火を見るよりも明らかなので、黙っていることにしました
でも、ご飯を食べる当てもないので正直にそう答えると
カズにゃんは尻尾をたらりと垂らして呆れたようにスネにゃんをジトリと見やりました

「当てもないのにあんな危ないこと渡ってきたのか?流れの猫は随分とお気楽なんだな」

カズにゃんは、ふんっと鼻を鳴らしながらスネにゃんをバカにしたような目で見ています
そして、その目に居心地の悪そうなスネにゃんにくるりと背を向け、チラリと振り返りました

「俺も今から飯食いに行くけど…アンタも来るか?」

「いいのか?」

「あぁ。どのみち水が減るまで帰れないだろ?飯食える場所教えてやる」

「すまない、助かる」

スネにゃんは、歩き出したカズにゃんの少し後ろをついて歩き始めます
ゆらゆらと揺れる金色の尻尾を眺めながら、一緒に歩けるのは楽しいなと思いながらとことこと歩いていきました


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