嗚呼愛シキ箱庭世界



もうすぐ鳴るはずの終業の鐘の音を待ちわびながら、一応は仕事をする振りをする退屈な時間
コッソリと開いた携帯の画面には、愛しい人の姿
どうやら、暇を持て余しているのか床にへたり込んでテレビを見ているらしい

早く、その愛しい体を抱きしめたい
そう思っていると鳴り響く終業の鐘

「ソリッド!今日飲みに行かないか?」

「悪いな、また今度」

鐘と同時に帰宅の準備を始めた俺に、比較的仲のいい同僚が話しかけてきたが
そいつの顔をチラリとだけ見て、俺は鞄を肩にかけた

「おいおい、最近付き合い悪いなぁ…なんだ?女か?」

そう、ニヤニヤと笑う同僚に、小さく手を振って
困ったような表情を作って、小さな嘘を吐いた

「違う…猫だ」

「猫?」

「あぁ、最近飼い始めたんだ…美人だが気難しくてな、俺以外に懐かないんだ」

同僚に少しの嘘を織り交ぜながらそういうと、同僚は意外そうな顔をして俺を見た

「意外だな、猫飼ってるなんて。俺猫好きなんだ、今度写真見せてくれよ」

「いいのが撮れたらな」

どこか楽しそうな同僚の声を背中に受けながら、俺は鞄を持って仕事場を後にした

夕食の買い物を済ませ
レンタルビデオ屋で、愛しい人の好きそうなDVDを選んで
その間も、携帯の画面に映される愛しい人を眺め
愛しい人が待つ我が家へと帰ってきた

ガチャリと、差し込んだ鍵で扉の鍵を外す
そのまま、扉を引けば

―ガシャン

聞きなれた鎖の音、それから鎖を結ぶ南京錠が姿を現す
ポケットからその鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回せば、カチャッという音がして錠が外れ
輪ではなく一本となった鎖がジャラリと音を立てて床に落ちる

「ただいま、マスター」

落ちたそれを拾い上げ、扉の鍵を先ほどと同じ状況に戻しながら、奥に向かって声をかける
帰ってきたのは、愛しいマスターの声
その声に自然と緩む頬を押さえないまま、リビングへと足を踏み入れると
携帯の画面の姿のまま、マスターがこちらを見上げてきた
その唇が動いて、マスターの声が耳に届く
手に持っていた袋を床に置いて、セットされていない柔らかな金髪を撫でれば、その目が猫のように細まった

「めずらしいな、こんな番組見てるなんて」

チラリとテレビを見れば、画面に映されているのは環境破壊をテーマにしたドキュメンタリー番組
バライティ番組が好きなマスターにしては、珍しいチョイス

すると、マスターは困ったように眉を下げ、沈んだ声と共に床を見た
その視線の先には、床に落ちて電池が飛び出たテレビのリモコン

「あぁ…リモコン使えなくて番組変えられなかったのか」

そう声をかければ、こくりとマスターは頷いた
そういえば、朝テレビをつけた後、リモコンを机の上に置いてしまったような気がする
きっと、取ろうとして落としてしまったんだろう

「すまない、俺がリモコンを机の上に置いたせいだな…今度から、気をつける」

ふるふると首を振り、いたわるような声を上げながら俺を見上げる
本当に、マスターは昔から優しい
床に落ちたリモコンを拾い上げ、電池を入れてテレビに向ける

「何が見たい?マスター」

けど、マスターはふるふると首を振り
床に置きっぱなしのレンタルビデオ屋の袋に腕を向ける
俺が何を借りてきたのか気になるらしい

「あぁ…今日は恋愛映画を何本か借りてきた。どれが観たい?」

袋からDVDを取り出してマスターの前に広げると、マスターは少し悩んだ後少し前に流行った映画に腕を向ける

「これだな?」

一応確認を取れば、マスターはこくりと頷く
それをプレイヤーにセットし、すぐ側にあった夕食の材料が入った袋を持ち上げる

「今日は、マスターの好きな和食にしようと思うんだが」

そう言えば、マスターの顔がぱぁっと明るくなる
その様子が、年上のくせに何だか子どもっぽく見えて、自然と笑みが浮かぶ

日本出身のマスターは、日本食が好きだ
この国ではなかなか美味い日本食にめぐり合えないと、以前嘆いていた
だから、俺は必死で日本食の作り方を覚えた
マスターに、喜んでもらいたくて
今では、マスターが認めてくれるほどの腕前だ

「今から作るから、それ観ながら待っててくれ」

こくりと頷いたマスターの髪を軽く撫でてから、夕飯の準備に取り掛かる
既製品なんかじゃなく、きちんと出汁をとってそれらを3等分に分ける
1つは煮物、1つは味噌汁、最後の1つは茶碗蒸しに
それに、青菜のおひたしも作ろう
どれも、マスターの大好物

ちらりとマスターを見れば、まるで子どものようにテレビの画面に見入っていて

可愛いなぁ、と思いながら夕飯の支度に没頭した

「マスター、夕飯が出来たぞ」

ちょうど、DVDが佳境に入る頃、夕飯が完成した
ほこほこと湯気を立てるそれをお盆に配置し、日本風の机の上にセットし床に座ってマスターに声をかける
マスターはくるりとこちらを振り向き、こくりと頷いて嬉しそうな声を上げて
器用にリモコンを操作して、DVDを止めた

おぼつかない様子で立ち上がったマスターが、俺の隣にちょこんと腰を下ろす
目をキラキラと輝かせた、まるで急かすような声を上げるマスターに苦笑が漏れる

「何だ、そんなに腹が減っていたのか?」

けれど、マスターはそんな俺の言葉にこくこくと頷きながら笑う
相当、腹が減っているらしい

「ほら、マスター口開けろ」

箸でおひたしをつまみ上げ、マスターの口元へ持っていけば、ひな鳥の様にぱくりとそれを口に含む

「うまいか?」

もぐもぐと咀嚼するマスターに問いかければ、こくんとそれを飲み下して頷き、続きを促すように口をぱかりと開ける
まるで餌付けしてるみたいだな、と食事のたびに飽きず思う感想を抱きながら、今度はスプーンを手にとって味噌汁を掬う
ふぅふぅと、軽く息を吐きかけて冷ましてからマスターの口へと運ぶ
それを含んだマスターの顔が、嬉しそうに綻ぶ
それを見ながら、俺も味噌汁を口に含む
マスター好みの味加減のそれに、俺の顔も綻ぶ

「次は茶碗蒸し食べるか?」

俺の言葉に、マスターはニコリと笑って口を開けた






「ごちそうさま」

空になった食器を前に、手を合わせてからお盆を流しへと持っていく
食器を洗いながらリビングを見れば、腹が膨れたらしいマスターが機嫌が良さそうにごろりと床に転がっている

「もうDVDは観ないのか?」

食事の前に見ていたDVDは止まったままだ
あれだけ夢中で見ていたのに

マスターはごろりと転がって俺のほうに顔を向け、にこりと笑いながら画面に腕をむけてねだるような声を向ける

「一緒に観たいのか?」

そう問いかければ、目を細めて頷く

そんな様子に今すぐ抱きしめたい衝動に駆られつつも、風呂に湯を入れるために壁についているボタンを押す

「じゃあ、今から風呂にいこう。出たら一緒に観よう」

洗い終わった食器を籠に入れ、手についた水をふきんで拭いながらマスターに近寄る
そして、マスターは俺に腕を差し出す
その腕を優しく掴んで、マスターの体を起こしてやって
その腕を引いて、風呂場へと向かう

着ている服を手早く抜いて、マスターの上着に手をかける
ボタンを一つ一つゆっくりと外して、その腕から袖をゆっくりと抜き取る
露になった白い体に欲情を覚えながらも、それを堪えてズボンのベルトに手をかける

「マスター、下脱がすぞ」

そう声をかければ、マスターは慣れた様子で俺に体を預け、腕を俺の首に回して片足を上げる
そこからズボンと下着を片足分抜き取る
完全に抜き取ったのが伝わったのか、マスターは上げていた足を下ろして、もう片方の足を上げる

「終わったぞ」

その白い肩に小さくキスを落とせば、少しだけ不服そうな声をしたマスターが俺を睨んでくる
今のキスで、今からそういう行為をされるとでも思ったんだろう
マスターは、DVDの続きを楽しみにしている
行為に及べば、ベットに直行で続きどころじゃなくなるしな

「そんな顔するな…風呂場ではしない」

少しだけ笑ってやりながらそう言っても、マスターはまだ不審そうに俺を見ている
そんなに信用ないのか、俺は
そう少しだけ思ったけど、今までの行動を振り返ってみれば、確かに信用されていないのも頷ける

「…DVD見終わった後に、ベットでゆっくり楽しませてもらう」

少しだけ苦笑して、耳元でたっぷりと欲情を込めて囁けば、マスターの耳がさぁっと赤く染まり
体を離したマスターが、真っ赤な顔で俺を睨みつけてくる

「イヤか?マスター?」

さらりと額にかかる前髪を手に取り、そっと口付けて
その額にも唇を落としてやれば
マスターは、ふいっと視線をそらして
小さく呟きながら、こくりと頷いた

「じゃあ、さっさと風呂に入ろう…今日は髪洗うから時間かかるしな」

髪を弄られるのが好きなマスターは、さっきまでの真っ赤な顔を一変させて
嬉しそうに笑って、俺を風呂場へと促す
その様子に、どうしようもない幸せを感じて、俺は風呂場の扉を開けてやった

マスターの髪と体を洗い、体を拭いて服を着せてやり、濡れた髪を綺麗に乾かして
一緒にソファーに座って、DVDを眺める
真剣に画面に見入るマスターの肩を抱いたまま、俺はそんなマスターを観察する
登場人物たちの心情と共にくるくる変わるマスターの表情を眺めていたほうが、この陳腐なラブストーリーよりよっぽど面白い

ふと、画面に目を映せば
ちょうどラストシーンだったらしく、主人公が恋人と抱き合ってキスをしていた
感動的なシーンだったんだろう、マスターの目が少し潤んでいる

「マスター」

たまらずに、マスターの頬にちゅっとキスを落とす
驚いたようにこちらを振り向いたマスターの唇にも、キスを落とす
一度触れるだけのキスを落とし、深く口付ける
マスターの喉からくぐもったような声が漏れ、最初は驚いたように縮こまっていた舌を舐めると、おずおずと差し出される
それを自分の舌で甘く絡めとって、互いの唾液を交換する


「…マスター」

たっぷりと甘い唇を堪能して顔を離せば、マスターの顔の瞳はとろんと潤んでいて
ほんのりと染まった頬に、ズクリと下肢が疼きだす

「…ベッド、行こう」

そう囁けば、マスターはトロリと蕩けた表情のまま小さく頷いた
俺はマスターを抱き上げて、ゆっくりと寝室へ歩き出した






「マスター…」

行為を終え、疲れて眠ってしまったマスターの髪を撫でながら、可愛らしい寝息を立てるその唇にそっとキスをする
するとその唇から可愛らしい寝言が漏れ、俺は小さく笑う

その無防備な寝顔に、ふと思い出す
最初のうちは、こうやって俺の側では眠ってくれなかったなと

一緒に暮らし始めた頃に比べ、マスターはずいぶんと俺に甘え、素直に感情を表現するようになった
というか、一緒に暮らし始めたときはずいぶんと酷かった
何かあるごとに暴れ、怯えたような目で俺を見つめ、まるで傷ついたノラ猫のように全身で俺を拒絶していた

あの頃は隣近所への迷惑も凄まじかっただろうと、菓子折りを持って謝りに行くことが半ば日課だった頃を思い出して苦笑が漏れる

けれど、一緒に暮らすうちにようやくマスターもわかってきたのか
俺を拒絶しなくなり、大人しく俺の行為を受け入れるようになり
今では、すっかり俺に依存しきりまるで飼い猫のように甘えるようになってきた

いや、依存というのは少しおかしいか
なにせ、マスターは俺がいなければ何もできない
食事も、風呂も、トイレさえも
俺がいなければ、マスターは何一つ出来ない
俺がしてやらないと、マスターは生きていくことに必要最低限のことが出来ないのだ

だって…


マスターには、腕がないんだから


正確には、肘から下が存在しない

俺が、切り落とした

あの綺麗な手のひらを落としてしまうのは、とてももったいなかったけど
どうしても切らなきゃならなかったから、切り落とした

ちなみに、あの綺麗な手のひらは綺麗に保存してある
時々出して眺めては、まだ腕があった頃のマスターとの想い出を振り返る

俺は、ずっとずっとマスターを愛していた
でも、マスターの視線の先にはいつもあの男がいた
俺によく似た、あの男が

あの頃俺を受け入れたのも、きっと俺があの男に似ていたからだ
俺を受け入れたくせに、心の奥では俺を拒絶し、俺ではないあの男を想っていた

だから、その腕を切り落とした

扉と南京錠
2重に鍵をかけてしまえば、腕のないマスターはここから出ることが出来ない

ここから出なければ、マスターがあの男と会うこともない
あの男を思い出すこともない
俺以外の人間を想う事もない

この箱庭のような小さな部屋に、俺と一緒にいるしかない

俺から逃げるための腕ならば
存在しないほうがいいに決まってる

いや、腕は俺達が一緒にいるための代償だったのだ
マスターが払うべき、正当な代償

俺が払う代償は、残りの生涯全て
腕を切り落としたあの日から
俺はマスターのためだけに生きている
マスターを生かすために働き、どうすればマスターが喜んでくれるかだけ考えて生きている

マスターさえいれば、俺は他に何も必要ない

「マスター…愛している…」

俺の腕の中で、安心しきって眠るマスターと
マスターと生きるための、この小さな箱庭世界

俺には、それだけあればいいのだから



嗚呼、愛シキ箱庭世界



外の世界のことなんか、忘れてしまえばいい
あの男のことも、抱いていた想いも
全部全部、忘れてしまえばいい
今はこの部屋と俺が、マスターの世界の全てだ
だって、他には必要ないだろう?
俺がマスターを愛するから、俺がマスターを生かすから
マスターには俺だけがいればいい
俺だけを、必要としていればいい

俺が、マスターだけを必要としているように




















セーブデータ吹っ飛んで落ち込んだ気分を、暗い話書いて晴らしてしまおうキャンペーンパート2
別名・狂気月間(意味不)

ヤンデレ書くの楽しいよヤンデレくすくすくす(壊)

自分の中で、ソリッドは病むとこんな感じになるイメージ
閉じ込めて、どろどろになるまで愛して甘やかして、じっくり時間かけて自分にだけ視線を向けさせようとする
ソリッドにどんなイメージ持ってるんだ自分

本当は風呂場描写とかエロい描写とか、もっといっぱい書きたかったけど、長くなるんでカット
でも、服脱がす描写は入れたかったから入れた
というか、ここまで長くする必要はありませんが、どうしてもマスターの世話を焼くソリッドを書きたかったんです

マスターの発言が一切出てこない理由は、皆様の想像にお任せしますが
書いた本人的には、ソリッドはマスターの言葉を音としてしか認識していないせいだと思ってます
表情とか声色とかで大体何が言いたいかわかってるけど、なんて言ってるか実はわかってない
まぁ、これは自分の想像なんで、真実は皆様の胸の中におまかせします
実はマスター喉潰されてて声はソリッドの想像とか、マスターの心が完全に壊れてて声が意味を成してないとか
お好きにご想像ください
ついでに、マスターが誰に惚れてたのかも想像すると楽しいかもしれません(コラ)

ちなみに、ネイキッドさんが病んでも多分こんなにはならない
もっとバイオレンスかつ短期決戦型
息子とは真逆です

どっちがタチ悪いのかは、想像に任せます

1000hitも書きたいんですが…
まだ気分が浮かびきってないせいか、どうもエロ神とほのぼの神が降りてきません…
病み神ばかり降りてきます…


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