鳥篭の中で生きる



夜も更け、見張り以外の兵士達はとうに眠っているであろう時間
俺の部屋に、音もなく1人の来訪者が訪れた

「ボス…」

そいつの名前は、イーグル
カズと同じ糧食班に所属している、いち兵士
俺の、ある意味右腕とも言える奴だ

「イーグルか…例の件、どうなった?」

進まない書類を机に置き、イーグルのほうへ向き直る
机の上の照明以外灯りを落としてあるせいか、イーグルの顔はよく見えない
いつもあまり表情を変えない奴だから、今も無表情なのかもしれない
声からも、感情がよく読めない

「はい…これを…」

イーグルが渡してきたのは、何のラベルも貼られていない、ごく普通の黒いカセットテープ
それをウォークマンにセットし、葉巻に火をつけてから再生ボタンを押す

まず最初に聞こえたのは、がちゃりと何かを持ち上げるような音
次に、甲高いプッシュ音
おそらく、これは無線か電話の音声なのだろう
それを裏付けるようにコール音のようなものがかすかに聞こえた後、男の声がし

「…私です」

カズの声が、静かな響いた
いつものおちゃらけた、明るい声とはまるで正反対の
冷徹にすら聞こえる、低い声
おそらく、通話口に盗聴器が仕込まれているのだろう
カズの声はよく聞こえるが、相手の男の声は、何を言っているかすら判別できないほど小さく不鮮明だ

「はい、BIGBOSSにも真実は…」

葉巻の煙を軽く含み、ゆっくりと吐き出しながらカズの声に耳を傾ける
相手の声は聞こえないが、内容はよくわかる

あいつらとの、定期通信だ

「えぇ、KGBの方も同じく…」

イーグルは、表向きは何の変哲もない、糧食班のいち兵士だ
だが、裏では俺専属の諜報員をやらせている
戦闘、研究、糧食、医療、諜報
全てに精通した、プロフェッショナル
今回、このテープを仕込んだのもこいつだ
俺の指示で、仕込ませた

「それと、例のAIの…」

2人の話は簡単な経過報告から、博士が作ったAI…ボスの紛い物へと移ろっていく
その中には、随分と懐かしい名前もあった
俺を変人と称したあの銃器マニアは元気なのだろうかと一瞬だけ思ったが、あの男のことだから元気にやっているのだろう

「それと、例の息子たちは…?」

その言葉に、ほんの僅かだが葉巻を握る指に力が篭る
俺が、あいつらと袂を別つ原因になった存在
息子とは名ばかりの、おぞましく醜い…俺の、クローン
その話題のとき、ほんの僅かだが冷徹な声が崩れ、感情が露わになった
何かを心配するような声

「えぇ、でも私はビジネスにしか興味がありません」

だが、それもすぐに消えうせ、また冷徹なものへと変わる
ビジネスにしか興味がない…何ともカズらしい主張だ

「では…また。親愛なるゼロ」

そして最後に
カズは、もう1人の古いかつての友人の名を口にし
そして、テープは止まった

「…まったく、アイツは」

小さく呟いてから、まだほとんど吸っていない葉巻を灰皿に押し付ける
イーグルが、こちらを伺っているのがわかる
おそらく、俺がなんと言うか、どんな指示を出すのか待っているのだろう

「本当に…」

俺は大きく息を吐き出し、顎に手をやって、ウォークマンを軽く持ち上げる
その時の表情が予想外だったのか、イーグルが小さく息を呑む音が聞こえた

「本当に、可愛い奴だ」

俺は、笑っていた

「可愛い、ですか?」

俺の言葉に、初めてイーグルの声に感情らしきものが混じる
相変わらず表情は見えないが、どこか戸惑ったようなものであることくらいは、容易に想像が付く

「あぁ、可愛いだろう?こんなことが、俺にばれないと思い込んでるんだからな」

ウォークマンからテープを取り出して、指先で弄りながら俺は笑う
通話口に、盗聴器
シチュエーションとしては、決して珍しくない
むしろ、ベタといってもいい
それなのに、そんなことにも気付かずこんな人に聴かれてはまずい会話をするなんて
詰めが甘いとしか、言いようがない
賢いはずなのに、その詰めの甘さが可笑しくて、愛おしい
それに、これくらいは十分想定の範囲内だ
あいつらが俺に一番近い存在であるカズに、何らかの形で手を出すことくらい予想できた
そして、カズが条件次第ではあいつらの誘いに乗ることは、もっと簡単に予想できる

認められたい、証明したい
何が起こっても消えることのない、絶対的な価値が欲しい
そういう思いが誰よりも強いカズのことだ
MSFの拡大をちらつかせれば、喜んで乗るだろう

「…ボス、私は反対です」

次の葉巻に火をつけようとしたところで、イーグルの憤りを含んだ声が部屋に響いた
イーグルが俺に意見をするのは、とても珍しい
続けろ、と顎で示して、葉巻に火をつける

「あの男が、いつあちらに寝返るかわかりません…あの男は、ボスにとって危険因子にしかなりえません」

それを、俺が意見を聞く気になったと取ったイーグルは、憤りを含んだ声のまま続ける

「ボスがいくらあの男を気に入っていても、私にはボスを脅かす存在にしか見えません。ボスが出来ないのなら、私があの男を…」

イーグルが全てを言い終える前に
腰から護身用のPMを抜き取り、イーグルへと銃口を向ける
サープレッサーの付けられたそれは、音もなく弾丸を発射し
イーグルの耳元をかすめ、壁に穴を空けた
イーグルの体が、緊張で硬くなっているのが見て取れる

「出すぎたマネをするな、イーグル…あれは、俺のものだ」

「…貴方の?」

「そうだ。死ぬところだったのを俺が拾って、俺が育てた。あいつは、俺のものだ」

そう、あのコロンビアで、本来なら処刑されるはずだったカズを見込んで手元に置いたのは俺だ
今よりもずっと未熟だったアイツを、ここまで育てたのも俺だ
カズヒラ・ミラーという男そのものが、俺のものだ

「大丈夫だイーグル…カズは、あいつらの側に寝返ったりはしない。MSFが存在するかぎりな」

そう、カズはこのMSFを、マザーベースを絶対に捨てられやしない
捨てるには、あまりにでかくなりすぎた
いくらカズといえど、この規模の軍隊を作り直すには、何年…いや、何十年かかるかわからない
そんな非生産的なことを、アイツがするはずがない

「…わかり、ました」

おそらく、納得はしていないのだろう
イーグルはどこか憮然とした声のまま、何かあれば呼んで下さいと呟き
音もなく、部屋から出て行った

「本当に、カズは可愛いな」

1人きりになった部屋で、俺は葉巻をくよらせながら1人嗤う

カズは、気付いていない
MSFを拡大すればするほど、それに囚われていくことに
このマザーベースそのものが、自身を閉じ込める鳥篭になっていることに
その足に、徐々に枷がはまっていっていることに
前しか見ていないカズは、気付こうともしない
このMSFにいるかぎり、アイツに自由なんかありはしない

ここが存在するかぎり
カズは、俺の側から逃げることはできない
元々逃がすつもりもなかったが、閉じ込めておけるならそのほうがいいに決まっている
あいつらは気に食わないが、カズを閉じ込める鳥篭を作ってくれたことには感謝してやってもいい
その対価が俺の監視なら、それくらいは払ってやるさ

「…カズは、まだ起きてるか?」

カズの事を考えていたら、カズに触れたくなってきた
チラリと、机の上の時計を見る
カズが起きているかどうか微妙な時間だが、起きているなら相手をさせればいいし、寝ていようが叩き起こして相手をしてもらおう
アイツの部屋の鍵は、俺も持っている
ふっと息を吹き込んで葉巻を消して胸ポケットに入れ立ち上がる
可愛くて愚かで哀れで、何よりも愛おしい
自ら己を閉じ込める鳥篭を作り上げた、カズの部屋へと向かうために























自力盗聴テープ記念ヤッフー!!
というテンソンで書きました

以前日記でも書いたように、盗聴テープ仕込んだのはスネーク説から広げて広げて
スネークがなんだか怖い人になりました(´・ω・`)
でもこういう話は書いてて楽しいです(コラ)

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