二度目の偶然



…どうしよう、迷った

きょろきょろと辺りを見回し、俺は背中を冷や汗でじっとりと濡らしながら、どうにか落ち着こうと深呼吸した

アメリカへ…親父の元へと来てから数ヶ月
家の比較的近くにある基地に、俺に親父のことを教えてくれたあの米兵がいるという話を親父から聞いた
あいつが日本に来なければ、俺に親父のことを教えてくれなければ
俺はこうしてアメリカに来ることも、親父に会うこともなかった
だから、できるなら直接礼が言いたい
親父にその話をしたら、好きなときに行ってこいと言われた
だから、勉強の合間に基地にやってきた

日常会話レベルの英語なら何とかなるから、大丈夫だろう
そう考えていたが、甘かった
宿舎の入り口までは案内してもらったが、そこからどこをどう間違えたのかわけのわからないところに出てしまった
案内表示を頼ろうにも、俺はまだほとんど英語が読めない
誰かに聞こうにも、人がまったく通らない
戻ろうにも、どの道を通ったのかまったく覚えていない
完全に、手詰まりだ

どうしよう、ここで誰かが通るのを待っていたほうがいいんだろうか
そう考えながら、はぁ…と小さくため息を吐くと

「何をしている?ここは一般人は立ち入り禁止だぞ?」

不意に低い男の声が、頭の上から響いてきた
慌てて振り返ると、軍服を着たとても背の高い、がっしりとした体格の男がいつの間にか背後に立っていた
そのあまりのでかさに、一瞬ひるんでしまう

「そんなに怯えるな、何もしやしないさ」

男はそんな俺を見て、困ったように笑ってぽんっと頭の上に大きな手を乗せた
子ども扱いされていることに、少しだけムッとして

「怯えてなんかいない」

ぱしり、とその手を振り払えば、男は一瞬きょとんとした顔になり

「おぉ、随分と気が強いな」

と、どこか楽しそうに笑った

「で、何でここにいる?さっきも言ったが、ここは一般人は立ち入り禁止区域だぞ?」

不思議そうに俺を見下ろす男に、うっと言葉に詰まった
13歳にもなって迷子だなんて、さすがに恥ずかしい
さて、どういおうかと思案をめぐらせていると

「もしかして、迷ったのか?」

「ち、違う!」

ははぁ〜と、どこか納得したような男の声に、反射的にそう噛み付けば
男は、ニヤリと笑みを深めた

「ははは、照れるな照れるな。ここはちと複雑だからな、俺でも迷う。お前みたいな子どもならなおさらだろ」

「子どもじゃない!俺はもう13だ!」

「13なんてまだ子どもだ、チビすけ」

ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべる男に心底腹が立つが、何も言い返せない
何せ、俺の慎重は奴の胸元くらいまでしかないし、同年代の中でもやや低めだ
チビの子どもだと思われても、言い返せない

くそう、俺だっていつかはこの男みたいにデカくなってやる

そう心に誓い、男に背を向けてとりあえず歩き出す
ここは基地だ、誰か人が必ずいる
わざわざ、このムカつく男に頼らなくたっていいだろう

そう思っているのに

「おいどこへ行くんだチビすけ」

至極楽しそうな声を出しながら、男は俺の後ろをついてきた

「どこだっていいだろ!?あっち行けよ!」

「だからなチビすけ、ここは立ち入り禁止区域なんだ。俺はお前をその外へと連れ出す義務がある」

「アンタにだけは頼りたくない!」

「おぉ、威勢がいいな…で、どこへ行く気だ?」

「宿舎だよ!会いたい人がいるんだ!」

「宿舎は逆方向だぞ」

その言葉に、ピタリと足が止まった
恐る恐る振り返れば、ニヤニヤとものすごく楽しそうな顔をした男が俺を見下ろしている
くそう、その顔ものすごくムカつく!!

「…ほんとかよ?」

「嘘じゃないさ、お願いしますと一言言えば連れて行ってやるが?」

ニヤリ、と笑みをさらに深める男に、本気で殴ってやろうかと思うほどムカついたが
殴りかかったところで、どう見ても勝ち目はない
そして、今現在死ぬほどムカつくこの男以外に、頼れる存在もいない

「お願い…します…」

怒りを抑えて、どうにかその言葉を搾り出す

「そうそう、子どもは素直が一番だぞ」

男の勝ち誇ったような表情に、やはり一発殴ってやろうかと本気で思ったが、ついて来い、とくるりと振り返って大股で歩き出した男の後ろを慌てて追いかける

が、どでかい男の歩幅と、平均より小さな俺の歩幅が合うはずもなく
駆け足でついていかないと、置いていかれそうなほど男の歩幅はでかい
だが、歩くのが速いから速度を落としてくれ、何てみっともないことは頼めなくて、必死で男の後ろをついていく
長い時間基地を歩き回っていたせいか、すぐに息が切れてしまう
それを悟らせないように、息を押し殺していたのだが

「お、スマン。ちょっと速かったか?」

さすがは軍人、といったところか
俺の息が切れているのに気がついたらしい男がくるりと振り返り、ぽりぽりと頭を掻きながらすまなそうに俺を見た

「は、速くなんか…なかった…ぞ!」

ぜいぜいと、抑えきれない呼吸をどうにか抑えようと深呼吸を繰り返しながら、男を睨みつけてやる
このムカつく男に、弱みなんか見せたくない

俺の言葉に、男は一瞬驚いたように目を丸くし

「ははは!たいした根性だ、気に入った!」

大笑いしながら、俺の頭をぐしゃぐしゃとまるで犬でも撫でるように撫でまわし始めた

「やめろ!頭撫でるな!!」

どうにかその手を振り払おうとしてみるものの、男の手は俺の力ではびくともしない

「お前のその根性をたたえてほれ、チョコをやろう」

じたばたともがき続けていると、男は笑いながら俺の頭から手を離し
腰のバックから、チョコレートを取り出して俺に差し出した

「いらない、子ども扱いするな!」

「年上からの賞賛は素直に受け取るもんだぞ?」

突っ返そうとすると、ほれ、と強引にチョコレートを握らされる
その手の大きさに、大人の男という単語が頭を過ぎり

にこりと笑った顔に、手の中のチョコレートに
何かを、思い出しそうな気がした

「ジャック、何をしているの?」

不意に、綺麗な女の人の声が辺りに響いて
笑っていた男が、声のするほうへと振り向いた
つられて俺もそちらを向けば、金色の長い髪をした、綺麗な女の人が立っていた

「ボス!いや、ちょっと迷子の保護をな」

瞬時に、男の顔がどこかしまったとでもいいたげなものへと変わる
それと同時に、ずいっと俺を女の人の前に差し出した

「ちょ、何だよ!」

「立ち入り禁止区域をうろついていたからな、俺が保護した」

「そう…で、何故貴方はそんな場所にいたの?」

う…と男が言葉に詰まったのが伝わってきた
ちらり、と男の顔をうかがえば、ばつの悪そうな顔をしている

「ジャック?」

女の人が、咎めるように男をキツイ視線で見つめる

「…すまん、ボス」

数秒の沈黙の後
しゅん…と叱られた子供のような声を出した男に、女の人はあからさまなため息をついた
その様子が、先ほどまで俺をからかっていた男とはまるで別人のようで
俺は思わず、噴出してしまった

「こら、笑うなチビすけ」

男は不機嫌そうに唇を尖らせると、ぺしりと軽く俺の頭を叩いた

「で、その子はどこに行こうとしてたの?」

「宿舎だそうだ。チビすけ、あそこの扉を入れば宿舎だ。ここまでくればもう迷わないだろ?」

ほら、と指差した先には何かが書かれた扉があった

「迷うかよ」

…さっきも入り口までは案内してもらったのに、なぜか迷ったということは口にせず、べぇっと舌を出して見せれば

「ははは、そうか!さすがにここからは迷わないよな」

男は、少しだけからかうように笑った

「その…ありがと、送ってくれて」

一応、ここまで案内してくれたのはこの非常にムカつく男だ
一応、一応礼の言葉だけは口にしておく

俺の言葉に、一瞬きょとんとした表情をした男は
にやぁっと笑って、今度はぽんぽんとあやすように俺の頭を撫でた

「それじゃ、またなチビすけ」

ひらひらと手を振った男は、先に歩き出した女の人のもとへ駆けて行くと
その隣に並んで、何か喋りながら宿舎の角を曲がって、見えなくなった



二度目の偶然



あのムカつく男は結局誰だったのだろう
俺に親父のことを教えてくれた米兵に礼を言う間も、その帰り道でもらったチョコを弄んでいる間も
あの男のからかうような笑みが、なぜか頭から離れなかった

















カズヒラ13歳、スネーク25歳の出会い
時間的にはボスがいなくなる直前くらいを意識してます
…25の時にはまだいたよね、ボス(ビクビク)

いや、本当は14歳と26歳の出会いで書いていたのですが…
よく考えたらスネーク26歳の時にはボスいなかったやんけ!と重大なことを思い出しまして…
…もうひっくり返せなかったんで、年齢を下げたという情けない裏話が…

カズラジネタで、カズに迷子になってもらった
基地で迷子とかありえないとか、聞こえるけど聞こえない(コラ)
だってボスもスネークも、ショッピングとか行きそうにないんだもん…

後一話、続きます

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