一度目の偶然



…早くアメリカに帰りたいな

沈みゆく夕日をぼんやりと眺めながら、俺は小さくため息を吐いた

ここは、日本の横須賀
ここの進駐軍の講師役として招かれたボスにくっついて来たはいいが、どうにも居心地が悪い
まだ10代な俺を、進駐軍の兵士達は1人の兵士として扱ってはくれないし、ここの土地の人間は友好的な奴も多数いるが、俺達米兵を毛嫌いしている人間もかなりいる
まぁ、それも仕方がないことだと思う
ほんの7年ほど前まで、この国とアメリカは戦争をしていた
結果的に勝ったのはアメリカで、敗戦国であるこの国の人間が、敵だった国の軍人への嫌悪感を拭えないのは当然のことだ

だが、やはりどうにも居心地が悪い
この国を去るまで、あと1週間
寝て起きたら、1週間たっていないものだろうか

夕日を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていると

ドンッ

突然、足に軽い衝撃を感じた
とっさに身構えて振り返ると、すぐ側に4〜5歳くらいの子どもが倒れていた
おそらく、前を見ずに走っていて俺にぶつかったのだろう

…いかんいかん
いくらオフで、ここが比較的平和な国だといっても、小さな子どもがぶつかるまで気がつかないなんて
ここが戦場なら、死んでいていもおかしくはない

「おい、大丈夫か?立てるか」

自分の未熟な面を見せ付けられたようで、多少のふがいなさと苛立ちを抑えながらしゃがみこみ、倒れてる子どもに手を差し伸べる
俺の言葉に、子どもは顔を上げてきょとんとした顔で俺を見つめてくる
柔らかそうな金色の髪、まんまるい蒼い瞳
この国では、まず見ない色
進駐軍の連中の家族だろうか?

「悪かったなチビすけ、怪我はないか?」

そう思いながら、出来るだけ優しく子どもに話しかける
あまり自覚はないが、俺の顔は子どもには怖い部類に入るらしい
眼光が鋭すぎるんだよ、と、子どもに泣かれて困り果てた俺に、からかい混じりに奴らがそう言ったのはつい最近のことだ

子どもに泣かれるのは、面倒だ
特に進駐軍の家族なら、明日には面白おかしく広まっているに違いない
ぎこちなく口の端を上げて、鋭いといわれた目をできるだけ優しいものになるよう意識する
…今鏡を見たら、きっと叩き割りたいくらいの顔をしているに違いない

けど、子どもは泣くでもなく、何も言わずにじぃっと俺を見ている
真っ直ぐで幼い、無垢な瞳
その目に心の奥まで見透かされそうな不思議な感覚を覚える
…泣かれるのも困るが、こうしてじぃっと見つめられても、正直困ってしまう

「カズヒラ」

困り果てていると、不意に若い女の声が辺りに響いた
それと同時に俺を見ていた瞳がくるりと振り返り、なにやら声を上げながら声のしたほうへと走っていった

助かった…

そう思いながら俺も声のしたほうへ視線をやると…子どもが、子どもに抱きついていた
いや、子どもは言いすぎかもしれないが…小柄で髪の長い、俺よりも年下に見える少女の足に、先ほどの子どもが抱きついている
少々年が離れているが、姉弟だろうか?
そんなことを考えていると、子どもの頭を撫でていた少女が俺のほうを見た
この国特有の、暗い色をしたきれいな瞳が俺を捉えた

「ゴメンナサイ、ムスコ、ナニカシマシタカ?」

少女はどこか申し訳なさそうな顔をして、片言の英語でそう口にした

その言葉に、俺は目を丸くした
息子…だと…?
俺達から見れば、日本人は年よりも幼く見えるというが…
それにしても、この女は若すぎないだろうか?
驚いて足元の子どもへと視線をやれば、子どももじぃっと俺を見つめている

その母親とは違う蒼い瞳に、金の髪に
ふと、あることに思い至る

GHベビー
日本は戦争に負けてからしばらくの間、マッカーサー率いる部隊の支配下にあった
その間、米軍相手の日本人娼婦がかなりの数いたのだと聞いたことがある
その時日本人娼婦と米兵との間に出来た、子ども
米兵が娼婦との間に出来た子どもを、自分の子どもとして国に連れ帰るのはとても稀で、そのほとんどが娼婦だった女の元にいるとも

ここは、横須賀だ
終戦直後から米兵が溢れていたこの場所に、そんな子どもがいてもおかしくはない
進駐軍の誰かの妻と息子とも考えられるが、それにしては子どもが大きすぎる

「アノ…」

困ったような女の声が聞こえて、俺はふと我に返った
何も言わない俺に、女は困り果てた瞳で足元の息子と俺を見比べている

「いや、ちょっと、ぶつかったんだ。こちらこそ、悪かった」

慌ててできるだけ聞き取りやすいようにゆっくりとそういえば、女はホッとしたように微笑んだ
その柔らかな笑みに、少しだけドキリと心臓が高鳴り、それを誤魔化すようにしゃがんで足元の子どもへと視線を合わせる

「わるかったな」

そういって軽く頭を撫でてやれば、子どもはふふ、と小さく笑い声を上げて、ニコニコと笑いながら俺を見た
俺が何を言っているのかは、理解していないらしい

やはり、娼婦の子か

その反応に、先ほどまで考えていたことが確信に変わる
進駐軍の家族なら、これくらいの英語くらいはわかるだろう
だが、目の前の子どもは俺が何を言っているのかはわからないらしい

ふと、この国の人間の態度を思い出す
俺達米兵を毛嫌いするような連中がかなりいるような場所で、この子どもはどのような扱いを受けているんだろう
この幼い真っ直ぐな瞳を持つ子どもは、綺麗な瞳を持つ母親は

どんな風に、この街で生きているんだろう

普段なら気にもかけないことが、なぜか無性に気になった
俺の瞳を真っ直ぐに覗きこむ、この無垢な瞳のせいだろうか

「そうだチビすけ、これやるよ」

そういえば、と思い出して腰の小さなバックを探れば、目的のものが手に触れた
基地からすくねてきた、チョコレート
小腹でも空いたら食べようかと、何の気なしに持ってきたそれを、子どもへと差し出す
子どもはどこの国でも、甘いものが好きだと決まっている

子どもは俺の手の中のチョコレートをじっと見つめた後、チラリと母親のほうへと視線をやる
女は子どもの視線を受け、ニッコリと笑いながら何かを子どもに言った
その瞬間子どもはぱぁっと顔を輝かせ、ニッコリと満面の笑みを浮かべ

『ありがと、おにいちゃん』

俺にはわからない言葉を言いながら、チョコレートを受け取った

「カズヒラ、アリガトウ」

女もニコニコと笑いながら、子どもにそう言い

「アリ、ガト!」

子どもは母親の真似をするように、もう一度そう言った

「アリガトウ、アナタ、ヤサシイ」

「いや、ぶつかったお詫びだ、気にしないでくれ」

「ホントニ、アリガトウ」

女はにこりと笑って俺に深く頭を下げ

「モウ、ヒ、シズム。アナタモ、カエッタホウガイイヨ」

そう、すっかり日の落ちて薄暗くなり始めた海を指差した

確かに、そろそろ基地へ戻らなければならない
あまり遅くなれば、ボスに心配をかけてしまう

「そうだな、あんたたちも、早く帰ったほうがいい」

「アリガトウ、ソレジャ、サヨナラ」

女はぺこりと頭を下げ、子どもに何か言うとその手を繋いで街のほうへと歩き出した
何となくその背中をじぃっと見つめていると
くるり、と子どもは俺の方を振り返り

「アリガト!バイバイ!『またね、おにいちゃん』

笑いながら、大きく手を振った
軽く手を振り替えしてやれば、子どもはぶんぶんと勢いよく手を振り
やがて、母親の元へと駆けて行った



一度目の偶然



もう一度あの親子に会えないかと街をうろついたりしてみたが、結局それ以来会うことはなかった
待ち焦がれた祖国へと帰る飛行機の中
あの無垢な瞳を持つ子どもの笑顔が、なぜか瞼の裏から離れなかった
















捏造もはなはだしい!
カズヒラ5歳、スネーク17歳の出逢い
カズがちょっと人懐っこすぎたかもしれない…

地味に続いていきます

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