この歌声よ君へと届け



昔から、ずっと誰かを探していた
誰かの名前を叫びたかった
誰かに、俺の名前を呼んで欲しかった
けど、その誰かの名前も存在すらも、俺は知らなかった

だから俺は…





「おいカズ、歌え」

仕事中だというにもかかわらず、ノックもなしに副司令室の乱暴に扉を開けて
ドカドカと大きな足音を立てて机に近づき、書類が飛び散る勢いで机を叩き
大真面目な顔でそんなことを唐突に言い出した、相棒でパートナーで恋人な男の顔を
文句を言うより先に、ポカンと眺めてしまった

何が何だかわからずにスネークの顔をただ眺めていると、スネークは眉間に深い皺を刻んだままもう一度、歌え…と低く怒ったような声を出した

「…どうしたんだいきなり、歌えとか言い出して。俺が音痴なの知ってるだろ?」

その声に、スネークの機嫌がものすごく悪いのだと一瞬で悟り
文句をどうにか飲み込んで、諭すようにそう口にする
ココまで機嫌が悪いのは珍しい
こんな時に文句や逆切れをしようものなら、エライことになる
主に、俺が
特に性的な意味で

こんなに機嫌が悪くなおかつこんな無茶振りをする理由はわからないが、原因は俺にとっては非常にどうでもいいだろうと何となく予想はつく
大体、ここまで機嫌が悪くなりそれを俺にぶつける理由なんて1つくらいしか思い浮かばない

「お前が反政府組織にいたときの兵士が言っていた、お前は昔よく歌っていたと」

不機嫌そうに、どこか大真面目にそういうスネークに、俺は予感が的中して思わずため息を吐いた
そう、ここまでスネークが不機嫌になり、なおかつ俺にそれをぶつけるとき
それは大抵、俺にとっては非常にどうでもいい事柄で誰かに嫉妬したとき
意外に独占欲が強く嫉妬深いこの男は、時々こうしてどうでもいいことで誰かに嫉妬しては俺に無茶を言う

大方、自分の前では酔ったとき以外歌ったことがないのに
そいつの前では歌っていたとか思って、嫉妬してるのだろう
そんな些細なことで嫉妬するのは、正直やめて欲しい
ぶっちゃけその愛が重いと感じていることに、そろそろ気がついてほしい

…いや、重くても嬉しいけど、勝手に嫉妬して怒るのはやめて欲しい
いや、可愛いのならいいんだけどな、スネークの嫉妬は激しいから

「歌ってたって、別にあいつらの前で聞かせるために歌ってたわけじゃない」

「だがあいつらはお前の歌を聞いていた。ちゃんと歌えば綺麗な声をしていると…」

誰だ、そんな余計なことスネークに聞かせた阿呆は
舌打ちしたい衝動をどうにか堪えて、アイツか、それともアイツかと、教官時代から付き合いのある兵士達の顔を順に思い浮かべる
だが、皆目見当がつかない
教官職をしていた頃は…いや、昔は確かによく歌っていた
ほんの小さな空き時間や、ふとしたときに自然と口から歌が零れていた

小さい頃の俺は、時折突然泣きだしては母親を困らせた
何故泣くのかと聞かれても、まだ幼い俺はこの感情をどう言っていいのかわからなくて
優しく俺を抱きしめる母親の胸にすがって泣いた

ある程度成長すると、その感情の正体がわかるようになった
それは、孤独
時々どうしようもなく寂しくて悲しくて、寒くて苦しくて、とても怖かった
誰かの名前を呼びたくて、でもその名前を知らなくて
そもそも、そんな存在がいるのかどうかすらわからなくて
そのことが、余計に孤独感を加速させた

そんな時縋れたのは、当時母親だけだったが
商売をしていた母親は忙しく、俺にばかり構っていられなかった
誰かの名前を叫びたくて、泣きたくてたまらなかった
でも、泣き叫んで母親に迷惑はかけられなくて

だから幼い俺は叫ぶ代わりに、泣く代わりに
歌を、歌った
歌なら、いくら声を出しても怒られない
誰にも、迷惑はかけない
幼い俺が必死で編み出した、代償行動
孤独に押しつぶされないための自衛手段

母親が歌う子守唄だったり、有名な童謡だったり、時にはふと頭に浮かんだメロディーだったり
孤独を感じるたび、俺は歌った
呼びたい、誰かの名前の代わりのように
この歌声が、寂しさが、孤独が
名前を呼びたい誰かに届かないだろうか
そして、俺を見つけて抱きしめてはくれないだろうか
そんな、まるで御伽噺のような甘い願望を持ちながら

『カズヒラは歌が好きねぇ…将来は歌手になるのかしら?』

当時からあまり上手ではなかった俺の歌を聞くたび、母親はニコニコと笑って俺の頭を撫でてくれた
その優しく温かな手が嬉しくて、同時に届かない叫びが悲しかったのを今でも覚えている

三つ子の魂百までとはよく言ったもので
幼い頃から続けていたその代償行為は半ば癖になり、アメリカへ行っても、自衛隊に入隊しても、反政府組織の教官職につく年になっても、俺は時折歌った
この歌声が名前を呼びたい誰かに届かないだろうかという、祈りにも似た想いを心の奥底へと抱えたままで

『カズヒラは、歌が好きなのかい?』

『ようミラー!お前また歌ってるのか?よっぽど歌が好きなんだな』

『あら、貴方も歌が好きなの?私の息子も歌が好きなのよ、将来は歌手かしらね?』

『教官は、歌がお好きなんですか?』

誰にも届かない、願い
誰にも届かない、祈り
それでも、歌うことはやめられなかった
くだらないとわかっていても
誰かを呼ぶことを、誰かに見つけて欲しいと思うことを
誰かに、この歌声が届くんじゃないかと
願うことを、祈ることを

「あのなぁ…別にいつ歌おうと俺の勝手だろ?」

「だが、俺はお前の歌を聴いたことがない」

「歌ってるだろ、宴会のときとか」

「素面では聴いていない、あいつらは聴いたことがあるのに」

まるで幼い駄々っ子のように歌え、と繰り返すスネークに呆れていると
ふと、この男と出会ってから歌っていないことに気がついた

スネークが聴いたことがない、というのと同じように、俺もスネークの側で歌った記憶がない
スネークと出会ってから、MSFを立ち上げてから、自然と歌うことをやめてしまっていた
あれほど、歌っていたのに
届かないと知りながら、歌うことをやめずにいられなかったのに

忙しかったからだろうか
この2年間は、まるで一瞬のようにめまぐるしく過ぎてしまった
立ち上げたばかりの組織、追われる生活、その中でいかに組織を維持し拡大していくか
副指令とは名ばかりで、実質的な運営者の立場にあった俺は毎日試行錯誤しながら奔走していた
だが、その忙しさは歌を忘れるほどだっただか?
アメリカに渡ってから、英語を覚えることに夢中だった
日本へ戻ってからは、母親の世話と慣れない環境に溶け込むのに必死だった
コロンビアに流れ着いたときは、実戦経験なんかないくせに教官職につき毎日忙しかった

そこまで考えて、ふとある思いが頭を過ぎる
俺が探していたのは、スネークだったんじゃないか?
知らないはずのスネークの名前を、ずっと呼びたくて
知らないはずのスネークに、俺を見つけて欲しくて
ずっとずっと、俺はスネークを探していて
スネークに抱きしめて欲しくて、スネークに会いたくて
ずっと、歌うことで呼んでたんじゃないか
そして、スネークは俺を見つけてくれたんじゃないか?
聞こえないはずの、俺の祈りを聴いて
見えないはずの糸を辿って、俺を、他の誰でもない俺を…

自分のあまりに恥ずかしい思考に
一瞬で、顔が熱くなった

「か…カズ?」

「歌わない!絶対、絶っっっ対歌わないからな!!!」

突然叫びだした俺に、あれほど不機嫌だったスネークの表情が一瞬でポカンとしたものへと変わる
さっきとは、まるで逆だ

逃げるように席を立ち、副司令室の扉を乱暴に開けた俺に、慌てたように後ろからスネークがついてきた

「おいカズどうした?何をそんなに怒っている?」

「うるさいな、なんでもない!」

「すまん、しつこかったか?だが一度でいいから聴いてみたいんだが」

「イヤだ!!絶対イヤだ!!アンタの前だけでは絶対に歌わない!!!」

「すまん、俺が悪かった。なぁ何でそんなに怒ってるんだ?」

半ば走るように廊下を歩く俺の半歩後ろを、スネークはピタリとついてくる

言えるわけないだろ
俺の歌が、ずっとアンタを呼んでたかもしれないなんて
アンタが見つけてくれたから、俺は歌うことをやめたかもしれないなんて

頭が沸騰しそうな恥ずかしさの中
それを散らすように、俺はどうやってこの半歩後ろをついてくる男を巻こうかと思考をめぐらせた
















本来書こうと思ったのはこの話
スネークサイドはいらないなぁとか書いてて思った(酷)

ナナムジカ様のTa-lila〜僕を見つけてという曲を久々に聴いてぶわっと思い浮かんだもの
なので、けっこうまんまかもしれない…すみませんです

うん、カズが乙女でロマンチストで書いてて楽しかったです

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