ただ一度抱きしめられたなら



小さな洋上プラントでの拘束生活は、そう悪いものではなかった
見張りの兵士達は気さくであったし、KGBであったせいか待遇も悪くはなかった

それに
彼が、いた

「ようザドルノフ、気分はどうだ?」

毎日ほぼ同じ時間、コーヒーを持ってやってくる金髪の男
MSFの副指令であり、このマザーベースの実質的な運営者
そして、我々サイファーの協力者でもある、カズヒラ・ミラー

訓練をつんだとはいえまだ若い彼女…パスは、おそらく彼が協力者であることは気付いていない
だが、長くKGBに身を置き数多の諜報戦略に携わってきた私には、彼が協力者であることは丸わかりだった
そもそも、今回のサイファーの策は、この組織のトップクラスの人間に協力者がいなければ成り立たないものだった

我々に知らされていなかったということは、サイファーの仲間というわけではないだろう
おそらく、MSFを拡大したかったミラーと、ビッグボスを監視したいというサイファーの思惑が合致した協力関係、あたりが妥当なところだろう

『君が我々の協力者かね?』

ここに来てしばらくたった頃、こっそりと彼に耳打ちをした
すると彼は、驚いたように私を見て
一瞬、イタズラがばれた子どものような顔をした

『…契約では、俺のことは話していないと聞いていたが?』

『こう見えても軍歴は長いのでね…心配するな、ビッグボスには言わんさ』

『信じる証拠は?』

『私はサイファーの意志でここにいる。彼に話すことのメリットが何もない…そう思わないかね?』

厳しい表情で私を睨みつける彼にそう言ってやれば
彼は安心したように、ほっと息を吐いた

それ以来、彼は一気に態度を軟化させた
頭の回転が早く賢い男だが、いかんせんまだ若い
おそらく、私が全て知っていると知って緊張を解いたのだろう

私を帰順させるためという口実を手に、雑務の合間にコーヒーと共に私のところへやってきては

『こいつと話す、少し休憩してくるといい』

見張りの兵士達を笑いながらそう言って追い出し、私との鉄格子越しのコーヒータイムを楽しむようになった
彼の淹れるコーヒー腕前はかなりのもので、私もその時間を楽しみにするようになった

『いやぁ、今日のブレンドはなかなかのものだな』

『だろう?これ自信作なんだ!なのにスネークときたら…!』

私と話しているときのミラーは、まるで子どものようだった
くるくるとよく表情を変え、感情のままに笑ったり怒ったりした

相当、気を許してくれていたのだと思う
このマザーベースで唯一、嘘をつかなくてもいい私に

ひねくれていてずる賢いが、根は素直な男だ
嘘をつき続けることで、多少なりともストレスが溜まっていたのだろう
その反動のように、私の前ではとてもよく喋った
私はいつも、ミラーの話に耳を傾けていた

彼の話を聞けば、彼のことが自然とわかっていく
出生や母親のこと、父親のこと、MSFを立ち上げた経緯
そして、ビッグボスとの関係

サイファーに協力するのは、MSFを大きくして彼の力にするためだと話していた
それをサイファーの仲間である私に話すのかと苦笑いしたが
言うことでアンタにメリットはないだろ?とあっけらかんと笑われたのは記憶に新しい

彼は気付いていないが、実は相当のファザコンの気があると私は見ている
それも、私に気を許している大きな原因だろう
ちょうど、彼は私の息子くらいの年頃だ
私に、理想の父親像を見ているのかもしれないと思っている

ミラーとの時間は、とても楽しく心地よかった
こんな時間がいつまでも続けばいいと、叶わぬ願いを抱くほどに…




ある日、いつものように彼が私のところへとやってきた
最近は、ミラーが来ると見張りの兵士達は笑いながら席を外す

見張りの兵士を笑顔で見送った後
彼は、強張った表情で私を見た
もう私専用になってしまったカップにコーヒーを注ぐ間も
それを私に差し出す瞬間さえ
彼は私の目を見ようとはせず、表情を強張らせたままだ

おそらく、彼も知ってしまったのだろう
明日、何が起こるかを

「…君とこうしてコーヒーを飲むのも、これが最後だな」

おそらく最後になるであろう彼のコーヒーを啜りながら、私は彼にそう話しかけた
自分でも、驚くほど穏やかな声だ
私の声に、ミラーはビクリと体を震わせ

「…アンタは、それでいいのか?」

そう、震える声で私に問いかけた

サイファーの計画には、最初から私の死が組み込まれていた
パスとビッグボスが対峙し、どちらが生き残ったとしても
私は、その結末を見届けることなく死ぬ

最初から、わかっていた
最初から、それが私の役目だったのだから

だが、今こうして己の死を知らされたというのに
随分と、心は穏やかだ
逃げようとも、抗おうという気も起きない

「アンタもパスも…それで、いいのか?」

その代わり、目の前の男は随分と動揺している
まるで、私やパスが死ぬことを知らなかったかのように

「あぁ…それが、私の役目だ」

「役目…サイファーのために、死ぬことがか?」

「私もパスも、役目を最初から決められていた。君に出逢ったときからな」

小さく笑いながら、彼の蒼い瞳を見つめれば
その目には、今にも零れ落ちそうなほど涙が溜まっていた

私は、知っている
ミラーは、パスを嫌ってはいなかった
嫌うどころか、好意を持っていた
数日後にある祭で、彼女に歌を歌ってもらおうと考えるほどに

私ですら、今朝まで明日作戦が決行されることを知らなかったのだ
この男も、知らなかったのだろう

パスは、明日ビッグボスと戦う
私と違って、彼女は生き残る可能性を持っている
だが、その可能性は随分と低いだろう
サイファーの計画に、彼女の死が当然のように組み込まれているように

そのことが、余計にミラーの心を痛めつけている
もしも知っていたら、彼女に歌ってもらおうとは
彼女を絶望の淵に落とすようなことは、しなかっただろう

パスもまた、MSFを嫌ってはいないのだから

「…君にとって本当に大切なのは、何だね?」

今にも泣きそうな彼に、父親のように優しく問いかけてやれば
彼は小さく体を震わせてしばらく黙り込み

「ボス…スネークだ…」

震える声で、でもはっきりとそう口にした

「ならば、彼を守ることだけを考えればいい。私やパスのことは気にするな、最初から決められていたことだ」

「ザドルノフ…」

「君は本当に大切なものだけを、守ればいい」

彼は今、揺らいでいる
私とパスの死…避けたいけれど避けられない未来に、心が不安定になっている
不安で泣きそうで、でも誰にも頼れない
でも、誰かに頼りたい、背中を押して欲しい

自分は間違っていないのだと、誰かに言って欲しいのだろう

それは誰にも、彼が愛し守りたいと思っているビッグボスにもできない

全てを知っている、私以外には出来ないことだ

「…すまない、ザドルノフ」

私の言葉に、ミラーは少しだけ眉尻を下げ
少しだけ、笑った

この言葉で、少しでも彼の心が傷つかずにすむのなら
それだけで、私は満足だ

「ただ、少しでも哀れと思うなら、私の頼みを1つだけ聞いてくれないか?」

だが、どうせ明日には死ぬのだ
少しだけ、わがままになってもいいだろう

私はKGBに、サイファーに人生を捧げてきた
最期に、少しくらいワガママを言っても許されるだろう

「…俺に、出来ることなら」

「…私には、息子がいた」

「へぇ、アンタ息子がいるのか?」

ミラーは、意外だといわんばかりに目を丸くする
そういえば、彼に自分のことを話すのは初めてだ
いつも、私が彼の話を聞くだけだったから

「あぁ…生きていたら、君と同じ年頃だった」

「生きていたら?」

「死んだ…病気で、まだ10歳にもならなかった」

「…気の毒、だったな」

「だから最後に、君を息子と思って抱きしめてもいいだろうか?」

すっと腕を広げて見せれば、彼は驚いたように一瞬目を丸くし
少しの間何か考えるように視線をさ迷わせ
ゆっくりと、私を見た

「…話したと思うが、俺の父親はアンタくらいの年に死んだ」

「あぁ、そうだったな」

「だから…一度だけなら、息子としてアンタに抱きしめられてもいい」

彼はそういって
いつものニヒルな笑みを作って、腕を広げて見せた

「ありがとう」

鉄格子ぎりぎりまで近づいて、その隙間から腕を伸ばして彼の体を抱きしめる
彼も、隙間から腕を伸ばして私の体を抱きしめた

ここでの生活は、なかなか悪くなかった
処遇も悪くなく、兵士達も気さくでいい奴らばかりだった

そして、彼が、ミラーがいた
彼と共にコーヒーを飲む時間は何物にもかえがたかった
まるで子どものような彼を独り占めできる時間が愛しかった

本当は息子ではない
1人の人間として、愛している
この年になって誰かを愛するなんて、それがミラーだなんて思っていなかった

だが、彼にはもうビッグボスがいる
いくら私に心を許しているとしても、彼以上には到底なれないだろう
ならば、せめて彼の心に
彼の中に、理想の父親として残りたいと思う
できるなら、彼が私と同じ場所に来るその瞬間まで

だから、これは私の最期のわがままで

「愛しているよ、私の愛しい息子」

最期の、嘘

息子といいながら、最期に愛しい人を一度だけ抱きしめる
ありったけの、想いを込めて

「俺も愛している…父さん…」

頭の上から聞こえる、少し震えた声に
腕に感じる、確かな温もりに
ただ一度でも、この愛しい人を抱きしめられた私の人生は
そう悪いものではなかったなと、そう思った



ただ一度抱きしめられたなら



「カズ、ザドルノフを…」

体を支配する痛みの中
彼の愛する人が彼の名を呼ぶのを聞きながら
ただ一度抱きしめたその温もりを思い出しながら
どうしようのない幸せを感じながら
私はゆっくりと、意識を手放していった














企画用に書いてたけど、どう考えてもエロ発展しなくて没
もったいない精神でUP

ザドルノフに理想の父親を見ているカズと、カズを愛しながら父親を演じてたザドルノフ
そんなのが書きたかったはず

ただ一度でも愛する人を抱きしめられたなら、それは幸せなことだと思いませんか?(何)

- 82 -


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -