消えぬ過去と欠けた心



シャワールームで、肌が赤くなるほど香水のついた場所を擦り
胸糞悪い匂いのついた服を捨て、新しい服を兵士に持ってきてもらい
葉巻に火をつけて、まだ鼻の奥に残る匂いを消し
どうにか気を落ち着けて副指令室前に戻ってきたとき、部屋を飛び出してから1時間ほどたっていた

「カズ、入ってもいいか?」

コンコンと、少しだけ震える手で扉を叩けば

「ようスネーク、入れよ」

カズが扉を開けて出迎えてくれた
その表情はいつも通りの見慣れたもので
そのことにほっとしつつ、部屋の中へと足を踏み入れる

「ほんとにシャワー浴びてきたんだな…珍しく香水なんかつけたんだから、もうちょっと堪能すればよかったのに」

けれど、カズの軽口に近いその言葉に
ふわりと、まだその場にあの匂いが残っている気がして
自然と、眉間に皺がよる

「なぁスネーク…何か怒ってる?さっきもすぐ出て行ったし」

そんな俺に、カズはどこか困ったような表情をする

いかんいかん…さっき、カズにこの怒りをぶつけてはいけないと、あれほど自制したばかりなのに

どうにか表情を戻そうとするものの、腹の中で燻る怒りと苛立ちから、どうにも表情を戻せない

「…俺が怒ってるとして、何で怒っていると思う?」

少しだけ、怒りと苛立ちの欠片をカズに放り投げてしまう
すると、カズはますます困った表情になって黙り込む

あんな表情をさせたいわけじゃないのに

その表情に、幾分か気持ちが冷静になる
この苛立ちも怒りも、カズのせいではない
カズのせいでないなら、たとえ少しでもぶつけるべきではない

「……悪かった、なんでも…」

ない、といいかけたとき

「…俺が、親父と同じ匂いだって言ったからか?」

そう、確信をついた言葉が耳に届き
反射的に黙ってしまう

お父さんといわなかったことに、多少の安堵感を覚えるが
それでも、心臓が嫌な感じで脈打ち始める

「あ、その顔は図星だな?」

「あ、いや…」

「アンタがそうやって歯切れ悪いときは図星なんだ。そうだな…」

焦りだした俺とは対照的に、カズは少しだけ表情を明るくしてさらに考え込む

もしも、俺が怒りと苛立ちを覚えている原因を
父親との関係を問いただせばカズは話してくれるかもしれない
けれど、それがカズにとって辛い記憶でしかないなら、思い出すことすらさせたくない

口に出さずとも、ほんの少し思い出すだけで
心を傷つける記憶は誰にでもある

それが、カズの今すぐにでも克復しなければならないトラウマだというのなら
傷つけてでも思い出させて、それからゆっくりと癒してやればいいが
俺が想像しているものは、今すぐにどうこうしなければならないものではない
むしろ、ゆっくりと時間をかけてやらなければならない類だろう

カズの心をむやみやたらと傷つけるマネはしたくないのに

「まさか、親父に嫉妬してんの?」

グルグルと考え込んでいる最中
わかった、と言わんばかりに俺の目を見たカズは
そう、真剣な、何の裏もない表情で
どうにも、ズレたことを言った

「…は?」

さすがに俺も、こんな答えは予想していなくて
思わず、ぽかんと口を開けてしまう

「…あれ?違った?」

相当自信があったのだろう、カズも俺の反応にきょとんとしている

「…いや…何がどうなって、そうなった?」

「え…だってスネーク俺が他の奴といたりすると機嫌悪くなるじゃないか」

「いや…それは…」

「だから、親父に嫉妬してんのかと…あれ?じゃあ何だ?」

本気でわからないという風に、さらに考え込むカズの表情に
すっと、心が冷静になっていく

カズは、俺が嫉妬しているのだと言った
父親と同じだといわれて、父親扱いされたと思ったとか
それはもう俺がオッサンだということか?と思ったとは考えつかなったようだ

俺は確かに、カズが他人といて不機嫌になったことが何度もある
だがそれは、全員がカズに邪な感情を抱き、それをカズに対して露わにしてきた連中
つまりは、カズに想いを告白したり、あまつさえ関係を迫ってきた奴
あるいは、明らかにカズと関係があった奴だ
誰彼かまわずに不機嫌になるわけじゃない

カズも、それは知っている
知っているからこそ、カズの答えは俺の中の想像を確信に変える

父親扱いされたことでもなく、オッサン扱いされたことでもなく
真っ先に、嫉妬したという考えが浮かぶということは
俺が嫉妬するような関係が、父親との間にあったということだ

それをカズは、ぺろっと口にした
まるで、何でもないことのように

強い怒りや苛立ちは未だ消えない
だが、それ以上に苦しくて哀しくなる

カズは、心の中の大事な何かがぽっかりと欠けている節がある

最初にそのことに気付いたのは、ほんの偶然だった
小さな偶然が重なって出来た、大きな偶然
それがなければ、俺は今頃カズと恋人になるどころか、心を開いてもらうことすら出来ず
カズを少し負けず嫌いだが、人懐っこい陽気な男だと、今だに思っていただろう

それくらい、カズの他人に対する演技は徹底している
いや、演技というのは違うのかもしれない
カズは、相手によって自分を変える
まるでカメレオンのように、自分を見る相手の視線や態度から、相手が望み心に潜り込むのに一番都合のいい自分を瞬時に作り出す
陽気さや人懐っこさは、そのうちの1つ
陽気で人懐っこい人間は、基本的に誰にでも好かれるからだ

そうやって、相手の心に入り込み
自分の心には、一切入り込ませない
だから、どれだけ親しくなっても、親友といえる関係になっても
自分にとって必要がなくなればあっさりと切り捨てるし、必要があれば他人に売り渡す
そのことに罪悪感も苦しみも何も感じない
相手が怒り狂おうが泣き叫んで縋ろうが、情などなくばっさりと切り捨てて
次の日には何もなかったように笑うのだ
そして、それを誰にも悟らせない

それに、貞操観念の極度な薄さ
いや、貞操観念なんてものはカズの中では存在すらしていない気すらする
求められれば、大抵誰とでも寝る
欲しくなれば、ある程度の好みはあるものの誰でも誘う
いつか、物にした女の数=恋人の数なのかと気まぐれに聞いたとき
一度恋人を作って、他の相手と寝たら烈火のごとく怒られたからそれ以来恋人は作らないようにしてきた
なんて話を聞いて、開いた口が塞がらなかったのは今でもよく覚えている
けど、当のカズはそんな俺を見てきょとんとしていた

今は俺以外相手はいないようだが、それだって
『俺以外と寝たくない』というより
『俺が怒るから他の相手と寝ない』だけだ
俺が怒らなければ、誘うことはなくても誘われれば寝るだろう
その行為に、罪悪感も何も抱かないままで

他にも、カズに欠けているモノを上げればきりがないが
そのほとんどが、人間関係に起因する

誰も信用しない
ぬくもりや愛情といった曖昧なモノを求めない
自分以外の誰も必要とせず
他人は、自分のために都合よく使う存在だとしか認識していない

それが、偶然気付いた本当のカズ
あまりにも強くて逞しく、だが孤独で寂しくて哀しい
ある意味、無垢で幼い子どものような男

もしかしたら、父親とのことも同じだと思ってるのかもしれない
今までの奴らと同じように利用していた存在なのだと
身体を対価に、大学を出るだけの金を出させたのだと思っているのなら
それが、あまりにも哀しいことだと理解していないのなら

たとえ、俺がいくら怒り狂ったところで
泣きながら抱きしめたところで
カズは、何ひとつ理解しないのだろう
なぜ俺が怒っているのかも、泣いているのかも
理解しないままで、ただ困るだけなのだろう

カズにとって、それが当たり前のことで
そうやって、今まで生きてきたのだ

それが哀しいことだとも、辛いとも、苦しいとも、寂しいとも
何ひとつ知らないまま、それらを感じることもなく生きてきたのだから

「え〜…ん〜、何だ?スネークが怒ること…え〜?」

未だにうんうんと唸りながら必死で考え込んでいるカズを、衝動のまま抱きしめる

「わっ…何だよスネーク?」

驚いたように、けれどほんのりと頬を染めて俺を見上げるカズの額にキスを落とし
その体を、しっかりと腕の中に収める

カズの心がいつどこで欠けたのか、俺にはわからない
父親との関係がそうさせたのか、日本にいた頃の生活がそうさせたのか、それらが複雑に絡み合っているのか
知るすべは、存在しない

けれど、カズは少しずつ変わっている
本当の姿を知った俺に、少しずつ、時間をかけて心を開いてくれた
誰も信頼しようとしなかったのが、俺のことは信じると言った
恋人という関係にわずらわしさを感じていたのに、俺の想いに答え恋人になってくれた
最初は嫌そうにしていた行為の後のじゃれあいも、今は自分から望むようになった
少しだが、最近は甘えることも覚え始めた
今も、俺のくだらない質問に真剣に答え
俺がなぜ怒っているのか、理解しようと必死になっていた


「も〜何だよ…やっぱり親父に嫉妬してたのか?」

「あぁそうだな、今はそれでいい」

初めて出会ったときは、誰も必要とせず、何も望まず、他人に歩み寄ることなんてしようとしなかったカズが
今は俺を必要とし、愛情を望み、理解して歩み寄ろうとしてくれている

あの頃からは、考えられないほどの進歩

「今はって何だよ、気になるじゃないか」

「気にするな…ようするに俺はお前が好きだってことさ」

今すぐに、欠けてしまった全てを埋められるとは思わない
だが、抱きしめて愛して一緒にいて
ほんの少しずつでも埋めていけたなら
いつかは、欠けた全てが元に戻るかもしれない
そうしたら、過去の痛みや苦しみを知ることになるかもしれない
その頃を思い出して苦しみ、怒りを覚えることもあるだろう
だがその時は、一緒に泣いて一緒に怒ってやればいい

そのために、俺がこうして側にいるのだから

「…わけわかんないんだけど」

頬を赤く染め、照れたように口を尖らせる
心の欠けた…けれど愛おしい恋人の唇に
愛情と密かな誓いを込めて唇を落とした



消えぬ過去と欠けた



カズの生きてきた過去は、誰にも変えることはできない
だが、これから先の未来なら俺の力で変えられる
俺が変えた未来の先
そこで、カズが幸せそうに笑っていてくれることを
ただそれだけを、その時俺は願っていた


















パパカズ前提ネイカズ一応完結編!
言いたいこと多すぎで軸がぶれている
文才の神様降りて来い!!

カズは、今の時点でパパとの関係について特にトラウマとか感じてない
多分スネークが問いただせば、多少嫌がりそうな予感はしますがふっつーに教えてくれます
だって、カズにとって当たり前のことだったから

辛いとか、哀しいとか、寂しいとか、全部全部欠けてるカズ
そんなカズをでかい懐と愛情で包んで癒してあげるスネーク
そんな関係が、パパカズ前提の理想

うん、そんなことを書きたかったけど全体的に軸がぶれている
なんかこう、文章をうまく纏められる才能が欲しい

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