甘い香りに絡む過去・2



「カズヒラ、オカアサンニニテルネ」

そして、危ういバランスの上に成り立っていた親子という関係が崩れ去ったのは
それからさらに半年ほどたった頃
珍しく酒を飲みながら、親父が俺の顔を見ながらそうポツリと言った夜のことだった

「母さんに?似てないよ」

親父の向かいで家庭教師から出された課題にペンを走らせていた俺は、親父の言葉に驚いて顔を上げた
金の髪と蒼い瞳を持つ俺は、鬼畜米兵に似ているだの悪口を言われたことはあっても、母親に似ていると言われた事がなかった
そんなことを言われたのは初めてだった俺は、戸惑いながらも親父を見た

「ニテルヨ…ハダ、キレイ。メ、キレイ。カラダ、キレイ…ソックリネ」

けれど、親父はどこかうっとりとした表情でグラスを置いて俺の隣に座り
俺の頬から口元へと指を滑らせる
その指に、何かぞわぞわとしたものを感じながらも、俺はただ親父を見つめていた
その目が、すぅっとどこか愛しげに細まり
そのまま、唇が重ねられた

「んぅっ」

ぬるりと唇や歯列を割って入り込んでくる舌に、背筋がぞわりと粟立つ
咥内をぬるぬると動き回る舌に、さすがにこれはスキンシップではないと気がついた
でも、俺にはどうすることもできない

どうして、親父がこんなことをするのか、理解できなくて
突き飛ばしてしまったら、親父に嫌われるんじゃないかと怖くて
俺はただ、その場で固まったように動けなかった

「ダニエルもアナベラも…みんなみんな、私の側からいなくなってしまった」

散々好き勝手に咥内をかき回した後唇を離した親父は、悲痛な表情をしながら英語で言葉を紡ぎ
俺のシャツの中に、手を突っ込んで体を撫で回し始めた

「お願いだカズヒラ…私の側に、いてくれ…お前だけは私の側に…」

今まで、親父が日本語を話してくれていたので、俺も日本語で返していた
もっと英語が上手になったら、英語で話しかけて驚かせようと思っていた

それが、裏目に出た
親父は、何を言ってるか俺がわからないと思っているのだろう
英語で、情けないことを言いながら俺の体をまさぐる親父に
すぅっと、心が冷えていく

不思議と、嫌悪感も悲しみも、絶望すらも沸いてこない
沸いてくるのは、どうしようもない虚しさ

俺に優しくしたのは、こうするためだったのか?
寂しさを紛らわして、こうして稚児にも似た扱いにするため?
こんなにちっぽけで弱い人間に、俺はずっと憧れていたのか
こんな男を勝者と思い、必死に探したのか
こんな男に会うために、俺はこんな場所まできたのか

寝床を出ない母さんに、行ってこいとまで言わせて

俺の胸に吸い付いてる親父は、俺の冷ややかな視線には気づかない
そのことが、余計に俺の心を凍らせる

所詮、親父にとって俺はその程度の存在だったのか
ベトナムで死んだ息子と妻の代わりの、都合のいい女から産まれた都合のいい子ども
こんな男に父親なんてものを、愛情なんてものを求めた俺がバカだったのか

親父に触れられて喜んでいた自分が
親父に褒められたくて一生懸命だった自分が
急に滑稽なものに思えてきて

俺は、自然と口元に笑みを浮かべていた

ついさっきまで憧れていた…今はただの哀れな老人にしか見えない親父を見下ろして考える
拒むのは、簡単だ
イヤだと言ってこの老人を跳ね飛ばしてしまえばいい
けれど、親父は…この男は金だけは持っている
対する俺は、この国には親父以外に身よりもないし学もない
1人放り出されたところで、俺がこの国で生きていけるのかといわれれば、答えは否だ
なら、どうしたらいいかなんて決まってる

「お父さん」

俺は、ふわりと笑顔を作って
親父にされたのと同じように、胸にある頭を撫でた
その仕草と声に、親父は驚いたように顔を上げて俺を見る

そんな親父の頬を両手で柔らかく包み込み、柔らかな笑顔を作ってみせ

「お父さん、僕がいるよ」

そう、英語で
まるで小さな子どもにするように、話しかけた

まだ完全でない俺の発音なら、俺の言葉はまるで小さな子どものそれに聞こえるだろう
だが、そのほうが都合がいい
親父は、俺を14だとは思っていない
まだ小さい子どもか何かと勘違いしている
利用できるものは、なんでも利用してやる

「僕がいるよお父さん…お兄ちゃんがいなくても、奥さんがいなくても、僕がいるよ」

親父が、この哀れな男が寂しさを埋めるために俺を必要としてるなら
それを利用してやればいい
人は寂しさや孤独にとても弱い
寂しさを埋めるために他人を必要とし、孤独を恐れるがゆえに爪弾き者を作り、攻撃することで一体感を得る
俺や母さんが、その爪弾き者であったように

孤独を埋めるためなら、寂しさを紛らわすためなら
人は何だって、それがどんな残酷なことだろうが喜んでするのだ

「僕がいるよ、お父さん…僕がずぅっとお父さんと一緒にいるからね」

親父が望む言葉を繰り返し、優しい声で囁いてやれば
親父の顔が情けないほどに歪み

「カズヒラ…カズヒラ…!」

俺の胸に顔を埋めて、みっともなく泣きじゃくり始めた
俺はその髪を優しく撫でてやりながら、顔には柔らかな微笑を浮かべて心の中で嘲笑う

俺は、親父が望むままに孤独と寂しさを埋める存在でいよう
その代わり、親父は俺が望むままに金を出してもらう
1人で生きていけるようになるためには、それなりの知識を得なければならない
知識のないものは時代に翻弄され、敗者にしかならない

俺は、敗者にだけはならない
アメリカに負けた日本や母さんのようにも
寂しさと孤独に負けた親父のようにもならない
俺はいつでも、勝者であり続ける
そのためならなんだって利用し、誰だって蹴落としてやろう

そう、心に誓いながら
顔を上げた親父に

「愛してるよ、父さん…ずっと愛してる…」

真剣に嘘だらけの言葉を吐きながら、震える唇に自分からキスをした
初めて出会った頃から変わらない、甘ったるい香水の匂いのする体を抱きしめながら…



甘い香りに絡む過去



それ以来、親父は俺の言うことを何でも聞いてくれた
俺の望みのままに金を出し、最高の教育を受けさせてくれた
そして、俺は親父の望む存在であり続けた
親父の望みのままに愛を囁き、身体を差し出した

その親子と呼ぶには狂いすぎた関係は
俺が大学を出て、日本に戻るまで続くのだった




















パパカズ前提ネイカズ続編な…というか、過去の話
ぶっちゃけチャットで、パパカズ読めるけど書くのは無理!
とかほざいたくせに書きました
ええ、所詮自分はそんな女ですよ…さぁ罵るがいいさ!(コラ)

何というか、あんまり酷い話書けんかもとか思ってたら十分酷くなった
優しくして落とすとか…パパカズひでぇよ…
何と言うか、わが家のカズでパパカズやるとこんな感じ
カズはやられっぱなしな子じゃないだろうなぁ、と
ただ、これが逞しいのか哀しいのかはご想像にお任せします
性的描写がないのは心ばかりの抵抗です

宵話とネタ被りしてる気がするけど、気にしたら負けだと思ってる

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