甘い香りに絡む過去・1



小さい頃からずっと、俺は親父に会うことを夢見ていた

俺の髪の色や目の色を笑い、母親と俺を迫害する敗者の群れの中
勝者であった、親父に会いたいとずっと夢見ていた
親父なら、この目も髪も笑うことなく
俺を認めてくれるだろうと、思っていた

それは、10歳のとき親父の写真を見つけたことで、夢から憧れへと変化した
写真で見た親父は、軍服を着こなし、真っ直ぐに堂々と立っていた
その姿は、俺の中で勝者そのものだった
見たこともない親父に憧れ
いつしか、こんな男になりたいとすら思っていた

だから俺は、小さな手がかりを手に必死に親父を探した
何年も探し続け
ようやく親父を知っているという話を聞いたとき、俺は喜びで飛び上がりそうだった
それから、親父の居場所を必死に探した

俺が俺として生きられる場所…俺の本当の祖国へ行くため
そして、一度でいいから親父に会いたいという一心で

それから奇跡のように、親父の教え子だというまだ若い米兵に出会った
その男から聞いた住所に、独学で学んでいた英語で手紙を書いた
その手紙をポストに投函するとき、指が震えていたのを今でも覚えている

その日から、まさに一日千秋の思いで返事を待った
毎日、ポストを覗くのが日課になり
そのたび、ため息をもしかして届いていないのかという不安に苛まれた

俺に住所を教えてくれた米兵は、親父が日本にいたことを知っていた
だから、俺が息子だといっても、大して驚きはしなかった
その米兵はとても気のいい奴で、時々タバコを買いに来るついでに親父の話を聞かせてくれた
鬼教官だったよ、みんなくそう、いつか目に物見せてやる!って言ってたさ
と、どこか楽しそうに親父のことを話す米兵の話だけが、俺の楽しみになっていた

そして、待ちくたびれた頃
郵便屋が運んできてくれた未来に
俺は、長年の夢が叶ったと大喜びした
母親の気持ちも考えず、その手紙を一番に見せにいった

『母さん見てくれ!父さんから手紙が来たんだ!!』

そんな俺に、母親は優しく俺の髪を撫でて

『よかったわねぇ、カズヒラ…』

そう、複雑そうな表情で笑った

そして、黒塗りの車が俺を迎えに来て

『いってらっしゃいカズヒラ…体に、きをつけるんだよ』

やはり、複雑そうに笑う母親を病院に送り届け
俺は、アメリカへと渡った

セミの声がうるさい
14の夏のことだった

生まれて初めて飛行機に乗り
黒塗りの車に連れられて、たどり着いた家
今まで住んでいた日本の家とは比べ物にならないほど、広くてデカイ家
その家に、緊張交じりに案内されると

写真より大分老いている
でも、面影の残る親父が立っていた

「お、とう…さん?はじめ、まして…カズヒラ、です」

緊張に震える声のままで
どうにか覚えた英語で、恐る恐る親父らしき男に話しかけた

「カズヒラ、オオキク、ナリマシタネ」

そんな俺に、親父は片言の日本語で話しかけて
にこりと、優しい表情で笑ってくれた

ずっと憧れていた父親の笑顔に
俺は、有頂天といえるほどの喜びで、体が震えた

「ツカレテナイ?ダイジョウブ?」

「う、うん…大丈夫…あの、父さん…」

わしわしと、俺の髪を目を細めて撫でる親父の手が暖かくて
俺は、思わず親父に抱きついた

「ずっと、会いたかった…父さん…」

ようやく会えた喜びに、零れそうになる涙をどうにか抑えて
ぎゅうっと、親父の胸に顔を擦り付ける
香水だろうか、親父の体からは甘いいい匂いがして

「ワタシモ、アイタカッタヨ、カズヒラ」

優しく抱きしめてくれる親父の暖かさも相まって
俺は、一筋だけ涙を零した

親父は突然息子だと名乗った俺に対してとてもよくしてくれた

「オベンキョ、エイゴシナイトネ」

そういって、英語の家庭教師を付けてくれた
俺は親父の期待にこたえようと、必死で英語の読み書きを勉強した

「カズヒラは飲み込みが早いですよ、さすがは貴方の息子さんだ」

家庭教師が親父と何を話しているのかはよくわからなかったが
それでも、楽しげな家庭教師の様子に悪いことは言われていないのだと安心し

「カズヒラ、ガンバテルネ。センセホメテタヨ」

家庭教師が帰った後、笑って俺の頭を撫でてくれる親父の手が嬉しくて
俺はとにかく、必死で勉強をした

すでに軍を退役した親父は、部屋からあまり動こうとしなかったが
それでも、俺をよくかまってくれた
まるで、小さい子どもにするように頭を撫でたり、ハグしたりしてくれた
もう14になっていた俺は、そのまるで小さい子どもにされるような愛情表現に多少閉口していたが
俺は髪と目の色はアメリカ人だが、当時は日本人的な容姿のほうが強かった
日本人は幼く見えると店番で米兵を相手にしてればイヤでも気づいたし
それに、栄養不足で小柄だったのでそれも相まって、親父にはまるで小さな子どものように見えるのだろう
それにアメリカ人だから、スキンシップが激しいのだろうと1人納得していた
それに、ずっと憧れていた親父に触られるのは嫌な気はしなかった

広い家に、親父は1人暮らしだった
なぜこんな広い家に1人で暮らしてるのかと、疑問に思ったが
暖炉の上にある写真に写っている幸せそうな親父と、知らない男と女性
その意味を、聞いてはいけない気がして
俺は、何も言わず黙っていた

「シャシン、キニナル?」

親父がそういったのは、ここにきて数ヶ月たった頃
写真を眺めている俺は、後ろに親父がいることに気付かなかった

「ご、ごめん…」

「アヤマル、シナクテイイヨ?コレ、ダニエル。カズヒラノ、オニイサン」

しゅんと頭を下げた俺に、親父は笑って
愛おしげに写真の男を撫でながら、そう言った

「お兄さん?俺の、兄さん?」

俺は、写真の中の男へ視線をうつす
俺より年上なその男は、確かに親父に似ている気がした

「ソウ…ベトナムデ、シンダヨ」

そう、重く静かな声に、弾かれるように親父のほうを振り向けば
親父は、悲しげに目を細め写真の男に見入っていた

「…寂しくない?」

俺は、思わず親父にそう声をかけた
写真の中の男が俺の兄貴なら、隣の女性は親父の妻であることは俺にもわかった
けど、その女性はここにはいない
死んだか、出て行ったか
それは、当時わからなかったが、それでも親父はきっと寂しいのだろうと思った
だから、俺に興味を持ったのだと、何となく理解して
少しだけ、寂しくなった

親父は、俺の言葉に驚いたように目を丸くし

「…イマハ、カズヒライル。サビシクナイヨ」

ふっと優しく笑って、いつもみたいに俺の頭を撫でた
その親父の体に、俺はぎゅうっと抱きついた
親父の寂しさが、少しでも少なくなるようにと願いながら

その日以来、親父のスキンシップが激しくなった

「カズヒラ、オフロドウ?」

今までのハグやなんかに加え、頬へキスされたり
しょっちゅう風呂に誘い、体を洗ってくれるようになった

「父さん、くすぐったい」

「オトナシクシテ、カラダキレイニシナイトネ」

時折親父の手が際どい場所を撫でたり、その手つきが妖しいもののような気はしていたが
特に、気にしてはいなかった
今まで、母親以外に触れられたことなどほとんどなかった俺は
それが、当たり前のことだと思っていた
俺がスキンシップに慣れていないだけなのだと
親父は寂しいから、俺に触れてくるのだと

その時は、そう思っていた
そこから、少しずつ狂って崩れていったのかもしれない
親子という、俺が望んでいた形が


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