ハロウィンの魔物



―トントン

夜もとっぷりとふけ、日付もまもなく変わろうかという頃
眠ろうとしていた俺の耳に、扉がノックされる音が聞こえてきた

「ボス〜、俺、入ってもいい?」

誰だ、と声をかける前に、聞きなれた声が部屋に響く

「カズ?どうした、入ってこい。鍵持ってるだろ」

その声は、俺の恋人のカズのもの
こんな夜更けに、カズが俺を訪ねてくるのは珍しい
声をかけてやれば、カチャリと鍵の開く音がして
ひょこりと、開いた隙間からカズが顔を出した

「すまないボス、こんな夜更けに」

扉を閉め、すまなそうに笑いながら俺に近づいてくるカズに
なぜか、ぶわりと背筋を冷たいものが走った

あまりにも、強烈な違和感
声は、確かにカズのものだ
姿も、カズのもので間違いない
でも、違和感を感じる
何かが違う
何が違うのかと聞かれればわからないが、確かに違う

こいつは、カズじゃない

まるで野生の感にも似たその直感に

「…お前は、誰だ?」

とっさに枕もとの銃を手に取りそいつに向けた

カズの姿をした男は、一瞬驚いたように目を丸くし
にぃっと、愉しそうに笑った
その笑みに、直感が確信に変わる

こいつは、俺の知ってるカズじゃない
確かに、姿はカズヒラ・ミラーのものかもしれない
けど、まとう雰囲気がまるで違う
カズのどこかいつも気を張っている、でもどこか素直なものではなく
甘くて粘っこい…一度飲まれてしまえば二度と抜け出せない、全てを受け入れ、それでいて全てを拒絶するような
そんな、不思議な雰囲気

「よく気がついたなぁボスぅ…俺に気づいたのは、アンタが初めてだ」

とろり、とまるでハチミツか何かのように粘っこい声で、カズの姿をした男は笑う
そのカズとはまるで違う笑みに、肌がゾクリと粟立った

「答えろ、お前は誰だ」

「そう邪険にしないでくれよボスぅ。やっぱり、愛の力ってやつ?アンタはカズヒラを溺愛してるからなぁ。あぁうらやましい」

「茶化すな、お前は誰だ?カズはどこだ?」

「悪かった、だから銃を降ろしてくれよボスぅ。アンタも、愛する人間の体を傷つけたくないだろぉ?」

銃を向けられているのに、男にはまるで緊張した様子がない
今も、口では銃を下ろせといっているが、その表情は至極愉快なもので
腕を広げて男の言葉に、ゆっくりと銃を降ろす

「銃は降ろした、答えろ、お前は誰だ」

銃は降ろしたが、警戒は解かないまま男を睨みつける
何かあれば、すぐにでもCQCに移れるよう足に力を込めて

「俺はミラー…カズヒラの、裏側さ」

カズに似た男…ミラーは、そう言って
にまりと、妖艶ともいえる表情で微笑んだ

「裏側…」

「あれぇ?アンタあんまり驚いてないなぁ…つまらないんだけど」

「あいにく、幽霊やらあの世やら人外なものばかり見てきたんでな…今更それくらいでは驚かんさ」

「幽霊?あの世?あはは、やっぱりアンタ面白い男だなぁ…あのカズヒラが惚れるわけだ」

「答えろ、裏側とは何だ」

俺の問いかけに、ミラーはクスクスと微笑みながら一歩コチラへ踏み出した

「俺はカズヒラの裏側、抑圧された負の感情の塊さ」

一歩一歩、ミラーは妖艶な微笑を貼り付けたまま俺に近づいてくる

「苦しみ、哀しみ、憎しみ、怒り…表に出せないありとあらゆる感情が沈んだ澱みから生まれた、もう1人のカズヒラ・ミラー」

吐息が触れ合いそうなほど、近くでミラーはようやく足を止める
飲まれてしまいそうなほどの、凄まじい何か
ソレを含んだ目で、ミラーは俺を見上げる
まるで、何かを試すように

「それが俺、わかる?ボスぅ?」

気おされてしまいそうなほどの、微笑み
思わず後ずさりそうになるのをどうにか押し留めた

本能が、逃げてはいけないと言っている
たとえ一歩でも後ずされば、この男を拒めば
きっと、カズからも逃げることになる

「…逃げないの?」

じぃっと俺を見つめていた目が、不満げに細まり
まるで、思い通りにいかないときの子どものような声が尖った唇から漏れる

「俺はカズを愛してる。お前がカズの負の感情だというのなら、俺はお前から逃げるわけにはいかない」

その不満げな瞳を見返してやりながらそうハッキリ言ってやる

その瞬間、ミラーの目が驚いたように丸くなり
張り付いた微笑が、崩れ去る

「あははは!かっこいいなぁボスぅ!カズヒラがうっかり惚れるはずだなぁ!」

腹を抱えて、けらけらとミラーは笑う
どこかバカにしたような、見下したような笑い方で

「でも、俺はアンタが嫌いだよボス」

ひとしきり笑った後
ふとミラーの笑みが引っ込み
すぅっと目が細くなる
その蒼い瞳に宿るのは、殺気すら含んだ激しい敵意

「ずっと、カズヒラは俺のものだったのに…俺だけの愛しくて可愛いカズヒラだったのに、アンタのせいで台無しだ」

するりと、その白い指が俺の顎を撫でる
まるで氷のように冷たいそれに、撫でられた場所の肌が粟立ち
それ以上に冷たい視線に、ゾクリと背筋を冷たいものが走る

「…例えカズから生まれたお前でも、カズを渡すつもりは毛頭ない」

だが、きっとミラーを見る俺の視線もとても冷たいものなのだろう
ミラーは、カズの裏側だといった
負の感情から生まれた、もう1人のカズ

カズの負の感情を否定し拒絶するつもりはない
それも全部ひっくるめて受け入れてカズを愛してやりたい

だが、そこから生まれたこいつは愛せない
俺を拒絶するということは、おそらく変わろうとするカズを拒絶している
出会ったばかりの、演技でのみ人と接し、人懐っこく見せかけてとてつもない人間不信だった
どこまでも孤独だったカズを求めている

だからこそ
2年たって、ようやく少しだけ人を信じることを知り始めたカズを
俺を愛してくれて、愛されることを覚え始めたカズを拒絶している
だから、俺を憎しみにも似た濃度で嫌い拒絶している

そんな存在を愛するわけにはいかない
たとえ、カズから生まれた存在であったとしても

「…やっぱり、俺はアンタが嫌いだよボス。なぁ、カズヒラのついでに俺のことは愛してくれないの?」

「あいにく、俺はカズ以外を愛することはない。お前はカズから生まれたかもしれないが、カズではない。お前を拒みはしないが、お前を愛することはできない」

「かぁっこいいなぁボスぅ!さぁっすが、俺のカズヒラをたぶらかしただけのことはあるなぁ」

ミラーは、にまりとまたあの笑みを貼り付けて
挑発的な瞳で俺の顔を覗き込んできた

「どうしてお前は出てきた?」

その目を睨み返してやりながら、1つだけ問いかける
俺の問いかけに、ミラーは少しだけ笑い

「さぁ?ハロウィンだからじゃないか?」

そう、おどけた様子で答えた

「というわけでボス、トリックオアトリート?」

にこりと、まるで遊びを楽しむ子どものような、けどその中に甘い雰囲気を漂わせる笑みをミラーは浮かべた

「あいにく、菓子は持っていない」

「ざぁんねん、じゃあイタズラだ」

そういってミラーは甘い笑みを浮かべ
俺の襟元を引っ張って、噛み付くように口付けてきた
抵抗せずにそれを享受していると、ぬるりとひやりとした舌先が咥内に差し込まれる

指先と同じく、冷たくて甘いキス

求めもせず、拒みもせず、させたいようにさせていると
ゆっくりと、ミラーは唇を離し

「拒めばよかったのに。アンタやっぱりムカつく」

舌打ちと共にまるで吐き捨てるようにそう言い、不機嫌さを隠しもしない表情で俺を睨みつけ
そのままドンッと突き飛ばすように俺から手を離した

「お前の思い通りにはならないさ。カズは俺のものだ」

その手で唇を拭っているミラーを挑発するように笑ってやれば、あからさまにミラーの顔が歪んだ

「カズヒラは俺のだよ?生まれてからずっとずっと一緒にいたんだ。俺が一番カズヒラを知ってるし愛してる…アンタになんか、渡さない」

憎しみの篭った瞳で、ミラーは俺を睨み
くるりと振り返って、扉へ向かって歩き出した

「ま、アンタにちゃんと会えたし、今日のところはこれでいいやぁ。あ、起きたらちゃんとカズヒラに変わってるから、安心しなよボスぅ」

扉から出る直前
くるりと、振り返って微笑んだ
憎しみと嫌悪感を隠そうともしない、とても綺麗な表情で

「それじゃあまたな、ボスぅ」

「いつでも来い…相手くらいならしてやろう」

「わぁお、やっさしい!アンタのそういうとこ、大っ嫌いだ」

その笑みと感情を深め、ミラーは部屋から出て行った
その瞬間、全ての時計の針がかちりと音を立てて重なった

















絶妙に間に合わんかったぁぁぁorz
ハロウィン当日に何かネタ書こうと思って
一度書きたかったカズヒラ二重人格を書いてみたらドシリアスになった上、ハロウィン関係なくなった…

ミラーはカズと記憶を共有でき、たまーにカズが寝てる間に入れ代わったりしてます
カズはミラーの存在を知らないけど知っていて、無意識にかなりの影響を受けています
なので、スネークがミラーを拒めばカズにもそれが伝わります
ミラーの元はカズの押し込められた負の感情
それを拒めば、相手にとって都合のいい自分しか受け入れられていないと感じ、そうなればカズは心を閉ざし、二度とは開いてくれないような予感がします
そこを本能でわかってるスネークと、自分を拒ませカズを再び自分だけのものにしようとするミラー
バッチバチ火花散ってます
うん、そんな話

微妙に過ぎたけどハッピーハロウィン!
誰かお菓子をください!!(コラ)

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