狭間の楽園で会いましょう・1



霧散していく意識
消えていく体の感覚
あぁ、死ぬのかとどこか他人事のように思った

もう死ぬのかという思いと
やっと死ねるのかという思い

2つが混じりあって、消えゆく意識の中を支配していく
そして、完全に消える瞬間瞼の裏にみたものは…

「ここは…」

完全にブラックアウトした意識が再び浮上すると
俺は、知らない場所に立っていた

雲一つない青い空
足元で咲き乱れる美しい花々
どこまでも続いている地平線
吹き渡る心地よい風
どこからともなく聞こえてくる小鳥のさえずり

地獄というところは、随分と平和そうで美しい場所なんだな
真っ先にそんなことを思った

俺は、おそらく死んだ
何者かの襲撃を受けて、隠居生活をしていたアラスカでなすすべもなく死んだ
俺が今までしてきた所業を思えば、天国へ行けるとは思わない
けど、幼い頃見た地獄の絵とは、随分と違う場所だ

もっとこう、殺伐とした場所だと思っていたのに

「地獄ってのは、案外綺麗で平和なところなんだな」

「そりゃそうだ、ここは地獄じゃないからな」

独り言のつもりで呟いた言葉に、思いもよらなかった返事が返ってきた

その声は、とても懐かしい…聞き間違えるはずのない、人物の声
驚いて、声がしたほうを振り向けば

「案外早かったな、カズ」

8年前、死んだはずの男が
出会った頃と同じ姿で
懐かしい笑みを浮かべて、立っていた

「す…ねー、く?」

突然現れたスネークに、頭が真っ白になる
何で、アンタがここにいるんだ?
どうして出会った頃の姿をしてるんだ?
地獄じゃないなら、天国ってやつか?

たくさんの言葉が、頭の中を駆け巡ったけど
震える喉から漏れたのは、懐かしい男の名前
8年前から、口にしていなかった名前
口にするだけで、泣きそうなほど愛しい男の名前

「どうしたカズ、随分なさけない顔してるぞ?」

そんな俺に、スネークは少しだけ呆れたような顔で笑った
まるで、あの頃に戻ったみたいな笑顔に
疑問も、驚きも、全部吹き飛んだ

「すねーく…スネーク!!」

震えて縺れる足をどうにか動かして、スネークに駆け寄って
そのまま、精一杯の力で抱きついた
目の前にいるスネークが、幻なんかじゃいと確認するように
懐かしい、葉巻と硝煙の匂いがする体が消えてしまわないように
その背に腕を回して、その存在を確かめる

「おい、痛いぞカズ…」

スネークは少し困ったような声を上げながらも、俺の背中をゆっくりとあやすように撫でる
その優しい腕は、まだ生きていた頃と、俺達が若かった頃と何ひとつ変わらなくて
ボロボロと、感情が決壊するのと同時に涙が零れ落ちた

「すね…スネーク…会いたかった…会いたかった、スネーク…!」

もう、2度と会えないと思っていた
スネークと別れてから10年間、ずっと夢見ていた
スネークが死んでから8年間、ずっと願い続けてきた

夢でもいい
もう一度、アンタに会いたいと

「泣くな、カズ…昔から、お前が泣いたら俺はどうしたらいいのかわからない」

そんな俺の頬をゆっくりと手で包み込み、困ったような、でも優しい瞳でスネークが俺の顔を覗き込む

「む、り…とまら、ない…」

けど、10年間溜め込み続けた感情は
8年間我慢してきた涙は、そう簡単には止まらない
ふるふると、スネークの手を振り払ってしまわないように少しだけ首を振る

ふ…とスネークの目元が柔らかく緩み
ちゅっと、瞼に唇が落ちる
そのまま音を立てながら目元から頬へ
そして、唇に何度もキスが落とされていく
唇が触れるたびに、その場所からじぃんと甘い痺れのような感覚がして
愛しいという感情が、その場所から甘く広がっていく

零れ落ちる涙は止まらない
けれど、10年ぶりに感じる、酷く満たされた感情に
また出会えた喜びが、ようやくやってきて
自然と、口の端が緩んでいく

「…やっと、笑ったな」

唇を離して、こつりと額をあわせたスネークが
少しだけからかうような…でも、俺と同じ感情を持った声で囁いた

「…会いたかった、スネーク」

「俺も会いたかったぞ、カズ」

互いに視線を合わせて小さく笑い
どこか、夢見心地にそう呟いて
ゆっくりと、甘い口付けを交わした





再び出会えた感動が落ち着けば、ここはどこなのかという疑問が湧き上がってきた
スネークは、ここは地獄ではないといった
なら、ここは天国なのだろうか

「いいや、天国でもない」

俺のそんな疑問を、スネークはあっさりと断ち切ってくれた

「じゃあ、ここはどこなんだ?」

「ここは、狭間だ」

「狭間?」

「あの世とこの世の境目…どちらでもあって、どちらでもない場所だ」

スネークが言うには
ここは、あの世とこの世の境目…狭間の空間
死んだ人間の魂が、あの世に逝くための通り道のようなものらしい
それならば、このやたらと平和じみた光景も納得できる
死んですぐに見る光景が地獄じみたものじゃ、あの世にも逝きたくなくなるというものだ

「だから、俺はここに?」

「あぁ…ここは広い、まさかカズに会えるとは思っていなかった」

「広い?みんなここを通るんじゃないのか?」

「通るには通るが、この地平線の向こう側までの広い場所のどこかを通るんだ。俺も、滅多に人を見ない」

今も人が通らないだろ?というスネークの言葉に妙に納得し
スネークのどこか嬉しそうな言葉に、奇跡というらしくない単語が頭を過ぎった

「…じゃあ、アンタはなぜここにいるんだ?」

それと同時に、新たな疑問が浮かんでくる
ここがあの世とこの世の狭間なら、なぜスネークはここにいるんだ?
スネークが死んだのは、8年前だ
俺を待っていてくれたのかという、まるで乙女みたいな思考が一瞬頭を過ぎったが
それなら、出会えるかどうかすらわからない、このとんでもなく広い場所のど真ん中みたいな場所にいることはない
入り口か、さもなくば地獄でのんびり待っていればいい
どうせ、俺もアンタも天国なんてもんに縁のない一生を送ったのだから

「…俺はまだ、死んでいない」

けれど、どこか諦めたような、けど真剣な表情で思ってもみなかったことを言われ
よけいに疑問符が頭の中を埋めつくしていく

「…どういうことだ?アンタは確かに、ソリッドに…」

「あぁ…その時、一度死んだ。だから、ここにいる」

「スネーク…わかるように説明してくれ。死んでないといったり、死んだといったり…」

「その後俺の体が、あいつらに回収された…無理矢理、生かされた。今も、俺の体は死んではいない」

けど
あいつらという単語で、一瞬で状況を理解する
あいつら…愛国者達、ゼロ
かつての俺のビジネスパートナーで、俺からビジネスを奪いとった奴ら
そして、世界を動かしている巨大な組織

「…知らなかった」

ぎりっと、無意識に拳を握り締める
生きている間だけでは飽き足らず、死んでもスネークを苦しめるなんて
近くにいながら、その事実を知らなかった自分が情けない

知っていたら、命を懸けてでも助けに行ったのに
たとえ、俺に出来たことなんか何もなかったとしても
それでも、知っていたら…

「だから、俺はここから動けない…体が、生きているからな」

けど、スネークは少しだけ困ったように笑って
若かった頃のように、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた
まるで、俺の心を見透かしたように

「だからカズ…お前はもう逝け、魂が逝くべき場所へ」

「スネーク…」

「俺は、後からゆっくり逝く。先に逝って待っててくれ…地獄で、また会おう」

その言葉と共に、とんっとスネークは俺の背中を押して
穏やかな顔で、微笑んだ

その言葉が
その笑顔が
10年前…生前、最後に見たスネークと重なった

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