初体験は博士の私室で・2



「…スネーク、今の話…」

数分ほどの沈黙の後
ようやく冷静さを取り戻した俺は、今の状況を理解して顔が青くなった

俺が部屋に入ってきてから、博士の部屋の扉は開かなかった
いくらスネークがスキーニングミッションのプロフェッショナルだとしても、すぐ背後にある扉が開いたことに、気づかないわけがない
ということは
スネークは、俺が部屋に来る前からあの場所にいたことになる

それは、話を全部聞かれていたということだ
俺の悩みも、ずっと眼をそらし続けていた想いも
全部、聞いていたのだ

「すまない…全部聞いた」

「そう、か…」

どこか嬉しそうなスネークとは逆に、俺は無性に泣きたくなってきた

気づかれてはならない想いだったのに
スネークの側にいるには、抱いてはならない想いだったのに

「ごめん、スネーク」

「どうしたカズ?何故謝るんだ?」

「ごめん、ごめん…ごめんなさい…」

また、ボロボロと涙が零れてくる
泣いたら、ダメだとわかっているのに
涙で男を引き止める、女みたいな真似したくないのに

「どうした?何故泣く?」

そんな俺に、スネークは驚いたように目を丸くし、俺の頬の涙を拭う
その優しい仕草に、また涙が零れだす

そんな風に、優しくしないで欲しい
勘違いしそうになる
スネークが、俺と同じ思いでいてくれるなんていう、途方もない勘違いを

だから、手を払わなければいけないのに
けど、その暖かさが心地よくて、どうしても振り払えない
スネークの顔を見たくなくて、俺は俯いた

「…なぁ、カズ…俺は、嬉しかったぞ?」

そうやって、俯いたままただ涙を零す俺に、スネークは困ったように笑いながら口を開いた

「お前が、俺を好きだと言ってくれて…俺になら抱かれてもいいと思うほど想われて」

「別に…気、つかわなくていい」

「気なんか使ってないさ、本当に嬉しかった」

ふっと、顔に影がかかる
思わず顔を上げた瞬間
スネークの唇が、俺のそれに触れる

「カズ…俺も、カズが好きだ」

その、信じられない言葉と共に

「う、嘘だ…」

「嘘なものか。カズ、お前が好きだ…経験がないといえば嘘になるが、今はお前しか抱いていない」

「だって、スネーク妙に手馴れてるし」

「言いたかないが、俺も四十手前…いい年のオッサンだ。酸いも甘いも知ってるさ」

「だって、他に相手いるだろ…その、寝てる相手」

「…誰が、そんなことを?」

不機嫌そうに、スネークの眉が寄る
僅かに低くなった声に、少しだけ怯える自分を叱咤して言葉を続ける

「だって、スネーク慣れてるし…それに、兵士が…スネークの背中に、爪痕があるの見たって」

『俺見ちゃった!ボスの背中に爪痕があるの!』

前に抱かれたとき
あの後すぐ、兵士がそう興奮気味に話しているのを聞いてしまった

それはつまり、俺以外にも相手がいるということだ
背中に、爪痕が残るような

体だけの関係なら、そんなの気にならない
俺だって、沢山の人間と関係を持った
けど、好きだと自覚した途端、急に苦しくなる

スネークは俺だけのものじゃないのに、独占したくなる
俺以外抱かないでとすがってしまいそうになる

俺だけを見て欲しい
俺だけを愛して欲しい

そんなの、俺のわがままなのに

けれど、俺の言葉を聞いたスネークは小さく噴出し

「…何だ、覚えてないのか?」

そう言って、おかしそうに笑みを深めた

「何がだよ」

それが気に入らなくて、軽く睨みつける
スネークはそんな俺の耳元に、唇を寄せ

「記憶が飛ぶほど、よかったか?」

そう、まるで情事の最中のような甘い声で囁いた
その声に、ずくりと腰が重くなるような感じがして
同時に、その意味を理解して一気に顔が熱くなる

え…も、もしかして
爪痕付けたの…

「お、俺が…つけちゃった、とか?」

「お前以外に誰がいる?」

「ほ、他に抱いてる奴とか…」

「いないさ…俺は、好きな奴しか抱かない」

「で、でも…」

「何度でも言う…カズ、お前が好きだ、今はお前しか抱いてない」

ちゅ、ちゅ、と
顔中に、唇が落ちる
その合間、何度も甘く優しい言葉が降ってくる

まるで、夢の中みたいにほわほわとした感覚
スネークの唇が触れた場所から、ゆっくりと甘いものが侵食してくるような気すらする
とても、気持ちよくて心地いい

「愛してる、カズ」

真っ直ぐな目で、俺の瞳を覗かれて
ハチミツみたいに甘い声で囁かれ
唇を、ゆっくりと重ねられる

「ん…」

咥内を蹂躙する舌の甘さに
ハチミツみたいな甘い声に
とろりと、思考と心が溶けていく

「カズはどうだ?俺が好きか?」

「スネーク…」

ゆるりと、俺の髪を撫でるその動きすら、とても甘いものに感じる
とろとろと、甘いものに包まれて溶けきった心と体
でも、それが気持ちよくて、どうしようもなく心地よくて

「愛してる、スネーク…」

自然と、そんな言葉が口から零れた

その言葉に、スネークはすっと目を細めると
もう一度、俺に口付けた

深い深い口付けと、甘い言葉に酔い痴れた俺は
スネークに倒されるまま、ソファーに沈んだ







「…あの調子では、私の部屋で事をいたすなといっても無理か」

私は閉じた扉を振り返り、小さくため息を吐いた

…まぁいい
あのソファーはさほど上等なものでもないし、気に入っているわけでもない
いくらボスでも、さすがに私のベットの上ではしないだろうし
まぁどっちにせよ、汚れていたらミラーにもっと上等なものを買わせればいい
それに、来月の研究費アップもボスに約束させた

対価としては、上々だ

「それにしても、ボスも人が悪い」

『少し、隠れさせてくれ』

この後、ミラーが来ると言った時、ボスはにまりと笑ってそう言った

『カズが何か相談を持ちかけたがってるだろうからな…できれば聞いてやってくれ』

そう付け加えて、部屋の隅へ隠れた直後ミラーがやってきた
そして、ちょっとつついてやればあっさりと悩みを告白した

つまりは

「全て、ボスの思い通りというわけか」

私の専門はAI…人工知能についてだ
つまり、心理学も多少なりとも心得ている

そんな私から見れば、ミラーは幼い子どもだ
豊富な知識と頭の回転の良さ、計算された人懐っこさで年齢より上に見られがちだが、その裏側にいるのは寂しがり屋の小さな子ども
それでいて警戒心が強く、臆病なのだから始末に終えない

まるで、迷子の子ども
誰かにすがりつきたいのに、怖くて誰にも近寄れない
泣きたいのに、必死に笑ってなんでもないと虚勢を張る

特定の相手を作らず、誰とでも寝る気質もそこから来ているのだと、勝手に思っている
あれは性欲が強いというよりは、ただ寂しいのだろう
誰かのぬくもりが欲しくて、誰かに愛してもらいたくて、甘やかして欲しくて
でも、特定の相手を作るのは怖い
だから、不特定多数の女の間を渡り歩く

要するに、母親が欲しかったのだあのマザコンは
母親のように、無条件で自分を守ってくれて甘やかして、愛してくれる存在が

実際、ミラーと関係のある女は全員母性本能が強い、甘えられることに弱いタイプだ
私のように、甘えられると殴ってやりたくなるタイプの女にミラーは手を出さない
冗談交じりに口説かれることはあっても、決して手は出してこない

「まったく…ボスも男の趣味が悪い」

そんな男、私なら願い下げだが、ボスはどうしてもミラーを屈服させたくてたまらなくなってしまったらしい

まぁ、他人の性癖にも趣味にも口を出すつもりはないが

「あの難儀な男の、どこがいいのやら」

特定の相手を作るのが怖いということは、つまりは裏切られることを極度に恐れているということだ
好きになった相手に、捨てられることが怖い
自分が傷つくことが、何よりも怖い
だから、好きになろうとしない
だから、人の間を渡り歩く

誰よりも愛して欲しがっているくせに、愛を与えられそうになると途端に自分の殻にこもる

めんどうなこと、この上ない

まぁ、ボスはそこがいいのだろうが…

「子どもを懐かせるのも、楽じゃなかったろうに」

子どもというのは、とても厄介な生き物だ
甘やかしてばかりだと調子に乗って、いいように利用されてしまう
かといって叱ってばかりだと、不信感を与えてしまい懐かなくなる

ましてや、相手は図体のでかい、無駄に頭のいいとてつもなく臆病な子どもだ
一度でも下心を感づかれれば、二度と懐くことはないだろう

それを、2年という歳月をかけ
彼を頼り、甘やかし、時には叱り、じっくりと時間を掛けて信頼関係を築きあげ
見事ミラーを懐かせることに成功したボスに感服する

おそらく抱いたのも、今なら嫌がらないだろうと踏んだからだ
しかも、ポーカーで負けたから…という、口実までミラーに与え、さらには己の非の制裁という問題にすり替えるあたり用意周到だ
ただ抱くだけでは、ミラーは体だけの関係と割り切ってしまう上、信頼関係も崩れてしまう恐れがある
そこに、多少なりとも強引な口実を与え、さらには優しくしてやれば、ミラーは体だけとは割り切らず、信頼関係も崩れない
なおかつ、ミラーの心を自分に向けることができる

おそらく、ミラーはボスに抱かれるまで、ボスを信頼し好意を持ってはいたが、それを恋愛感情と認識していなかっただろう

けれど
心を開いた相手に体を暴かれ
みっともない、自分ですら知らなかった己の全てをさらけ出してしまい
けれどそんなみっともない自分を、優しく受け入れてくれた相手を見て
そんな相手なら、自分の全てを受けいれてもらえるかもしれないという期待を抱き
その相手にこそ、己を守って欲しい、甘やかして愛して欲しいという願望を持つ

それはやがて、恋愛感情へと変化し
あたかも、最初から恋愛感情であったように錯覚する

全ては、相手の仕組んだことだというのに

「全ては、ボスの手のひらの上」

途方もない時間と計算に裏付けられた、信頼
その信頼に基づいた、完璧な計画
ボスが、ミラーという人間を知り尽くしているからこそできた
侵食にも似た愛情表現

さて、それほどまでしなければ手に入れられないミラーという男に惚れたボスと
そんな男の手のひらの上で転がされ、まんまとボスに惚れてしまったミラーと
どっちがややこしいのだろうな

「まぁ、どうでもいいか」

誰が誰と乳繰り合おうが、私には関係ない
これでミラーが女兵士達に手を出さなくなるというなら、MSFの為にもなる

というか

「この思考も、私の想像でしかないのだからな」

何が真実か
それは、ボスとミラーにしかわからない
私が今しているのは、ただの好奇心による邪推に過ぎないのだから

私も、こう見えて人並みには他人の恋愛に興味がわくのだ
まぁ、見世物としてはなかなか面白いものだった
これからも、観察する対象ができたと思えばなかなか楽しいかもしれない

「さて、ヒューイと来月の開発について話し合うか」

せっかく、来月はいつもよりおおく費用が落ちるのだ
今から話し合って、無駄なくきっちり使いたい
それに、来月はそれに見合った結果も求められるだろう

万が一にも余らせたり結果が不十分であれば、後で冷静になったやり手の副指令殿に仕返し代わりに開発費を減らされかねん
それだけは、何としても避けねば

来月に向けて、私はもう1人のウジウジした男の下へ足を進めるのだった

















佐川さんが頑張ってCD届けてくれた
それを聞いたら、萌えすぎて吐きそうになった
鬱憤がスッキリと晴れたから、2人を幸せにしてやった
後悔も反省もしていない

CDパワーすげぇ…萌えすぎた…
だからシリアスと見せかけて、最後砂糖吐くくらい甘くしてみた
甘すぎて、自分が吐きそうになったのは内緒です

まぁ、何といいますか
策士スネークとまんまと踊らされたカズのお話だったとさ、ということです
最後の博士の邪推は、かなり私のカズヒラ像入ってます、軽く流してください
まぁ、最後の博士の邪推が真実か否かは、皆様の心の中で判断してください

以下、さらにどうでもいいあとがき

カズが可愛い、と何故かよく言われる初めてシリーズ
別名・むしゃくしゃしてやったシリーズ
実は、まだまだ終わりません!
え?だってカズまだ初めていっぱいあるじゃん!
フェラーリとかしてないし、きじょーいとか、ガンシャとか、自分で慣らしてみろよとか(オイ)
お道具もお薬もまだじゃん!
あ、ド変態ですみません、脳内常にピンクな管理人、朔夜です

またむしゃくしゃしたら、続きを書きますよ!
第二部、恋人編を!
恋人になっても、カズの受難は続くのさっ

あ、爪痕トーク件副司令室編の軽いオマケを小ネタにUPします
よかったら見てやってください

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