初体験は博士の私室で・1



「はぁ〜…」

俺は出された紅茶に口を付けながら、来世分の幸せまで逃げていきそうなほどのため息を吐いた

原因は言わずもがな、この間のスネークとの行為のせいだ

研究開発班に予算をおろしたら、一部の記憶を飛ばしてくれる薬を作ってくれないかと本気で思うほどに思い出したくはないが
悲しいかな、行為自体には大分慣れてしまった
そりゃ、4回も…しかもこんな短期間でヤられればイヤでも慣れる

今回悩んでいるのは、行為そのものについてじゃない
行為中に、感じてしまった自分の気持ちについて

目隠しをされて、不安になって
パニックになった時



スネークじゃないとイヤだ
俺に触れるのも、こんなことをするのも
スネークじゃないとイヤだっ!



そう、思ってしまったのだ
それだけじゃなく、スネークを一瞬でも愛しいと思ってしまったのだ
そりゃ、スネークは好きだし大事な相棒だと思っている
それなのに、たとえ一瞬でもあんな感情を持ってしまうなんて

『ミラーったら最近つれないわね…よっぽどボスにきついお仕置きでもされたの?』

そして、体の関係のあった女兵士から冗談交じりにそう言われ
最近、そういった衝動が起こらなくなっていることにも気がついた

最初は、我慢していた
女兵士と寝れば、またあんな目にあわされるんだと
ボスが怖かったから、我慢していた

けど、今はそういう衝動そのものが起こらない

それがどうしてなのか、わからない
自分のことなのに、わからない
こんなこと、初めてだ

「はぁ〜…」

「…おいミラー、私の部屋でため息をつくのはやめてもらえないか?私の幸せまで逃げていきそうだ」

どっぷりと自分の世界につかっていると、不意に正面から呆れたような声が聞こえた
それで、思い出す

そうだ…ココはストレンジラブ博士の部屋だった
ジークに関する書類を届けにきたのだが

『ちょうど上物の紅茶を淹れたところだ、よかったら一緒にどうだ?』

と、ものすごく珍しいお誘いを受け、一緒にお茶をしていたところだった
博士の前でみっともない姿を見せてしまった…
頬が、僅かに熱くなるのを咳払いで誤魔化した

「あ…あぁ、すまない博士」

「まったく、副指令ともあろうものがそんなため息だらけでどうする。悩みがあるのならボスにでも相談したらどうだ?」

博士の言葉に、胸の奥がチリっとした
悩みの原因であるスネークには、言えない
何故か、と言われればわからない
でも、何故かスネークにだけは言う気がしない

きっと、スネークが原因で悩んでるからだ

そう自分を、納得させる

「あ〜…ボスにはちょっとな〜」

「何だ、珍しいな…なら、私でよければ話を聞こう」

「へ?博士が?」

突然の提案に、ぽかんと口を開けてしまう
自他共に認める男嫌いで、他人というものにあまり興味がなさそうに見える博士が、悩み相談?

…明日は、ヤリか何かが降ってくるのか?
いや、職業上ミサイルかもしれない
どうしよう、見張りの兵士を増やすべきか?

「…ミラー、今とてつもなく失礼なことを考えていないか?」

「い、いや?別にそんなこと考えてないさ!」

「勘違いするな、お前があまりにも情けない顔をしているからイライラしているだけだ」

「…俺、そんなに情けない顔してるか?」

「あぁ、まるで迷子の子どもだ」

機嫌の悪そうな博士にきっぱりと言い切られ、軽く凹む
確かに、普段得意のポーカーフェイスを維持できているとは思ってなかったが
まさか、そんなに情けない顔をしているなんて

「…わからないんだ」

ぽつりと
思わずもらしてしまった言葉に、博士は不思議そうに俺を見つめる

「何がだ?」

「自分のことが…自分のことなのに、自分のことがわからない」

「それは深刻だな」

「あぁ…どうしたらいいのか、わからない」

「何があったか話してみろ…安心しろ、私はこう見えて口が堅い」

「でも…」

「悩みというのは、話すだけでも楽になるものだ。それに、私は多少なりとも心理学を心得ている。ミラーのいう、自分がわからない原因もわかるかもしれないぞ」

小さく笑う博士に、心がぐらりと揺れる
もしかしたら、博士はこの悩みの相談相手に適任かもしれない
AI…人工知能の専門家で、心理学も心得ていて
同性愛者で、口も堅い

そしてもう、1人で悩むのは限界だった

「……実は…」

俺はポツリポツリと、スネークとの間にあったことを話し始めた






「…なるほど、つまりはボスに掘られてから悩んでいる、と」

「…身もふたもない言い方だなオイ」

全てを話し終えた後、博士は小さくため息をついて俺の悩みをスッパリと切り捨てた
たしかに、大まかに言えばそんな感じだが…もう少し、オブラートに包んでくれ

「事実だろう。お前もケツの穴の小さい男だな、たかが男に一度掘られたくらいでウジウジと」

「たかがって何だよ!?男に掘られるんだぞ!?」

しかも、俺の悩みをたかが呼ばわりされて、一瞬ムカッときた

「私から言わせれば小さいことだ。人生は長い、一度くらい同性に掘られることくらいある」

けれど、あまりにもきっぱりと、自信満々な博士に
もしかして、俺が間違っているのか?という気になってくる

「まぁ、そんなことはどうでもいい」

「俺はどうでもよくないんだが…むしろ、じゅうよ」

「問題は、ミラーがボスに抱いている感情だ」

俺の言葉をさえぎり、博士が発した言葉に
俺は、頭の中がハテナマークで一杯になる

「そうだ、聞いているかぎり、お前の悩みの根本はボスにされた行為そのものというより、その行為に抱いてしまった感情にある」

「はぁ…かんじ」

「そもそも、お前は行為そのものについては不快感を感じてはいない」

「いや…十分かんじ」

「行為が恥ずかしいとか、快楽を感じてしまう自分がみっともないとか、そういう感情はあっても行為そのものを拒絶する意思が感じられない」

「いや、それは行為が」

「その感情は行為そのものの拒絶ではない。例えばボスとの行為が気持ち悪くて仕方ないとか、トラウマになったとかそういうことではないだろう?」

博士…少しは俺の話も聞いてくれ
俺の話を遮りながら話を続ける博士に、少しだけでいいから俺の話を聞いて欲しいと思う

けれど、その言葉に気づかされる
俺は、スネークとのセックスが、イヤじゃなかった
そりゃ、恥ずかしいし、ものすごくいたたまれなかったけど

気持ち悪いとか、本気でイヤだとは思わなかった

何でだ?
男に、抱かれて…イヤじゃなかった?
1回目は合意だったけど、後は半ば無理矢理だったのに

1度も、気持ち悪いとか思わなかった

「え?あれ…?何でだ、俺…別に、ゲイじゃないのに…」

「それどころか、最低の女好きだな」

「…自覚は、ある…」

「そんなお前が、男とセックス…しかも、抱かれる側でだ、不快感を感じない」

ふと、サングラスの向こうの博士の目が真剣みを帯びる
その目に、俺の全てが見透かされてしまいそうな気がして
何か、とてつもないことを言われる気がして怖くて
誤魔化すために、紅茶を口に含んだ

「それはもう、恋ではないのか?」


予想外すぎる博士の言葉に、俺は含んだ紅茶を一気に噴出しそうになった

「こ、恋!?誰が、誰に!!?」

「お前が、ボスにだ」

「そ、そんなわけないだろ!!俺男だし、スネークも男だし!!」

「同性であろうと恋はする、私がそうであるようにな。それとも、ミラーは女でないと惚れないのか?相手の性別しか見ずに恋をするのか?」

「そ…それは…」

「…まぁ、ミラーに恋愛経験があるとは思えないがな」

「何だよソレ、俺だって恋の一つや二つ…」

「体だけの関係と恋は違うぞ。誰かを1人を愛して、特別に求めることこそ恋だ…誰かを1人を求め、愛したことがあるのか?」

その言葉に、ガッツリと図星を突かれ言葉に詰まってしまった
体の関係なら、数え切れないほど持ってきた
けど、博士が言うように誰かを特別に求めたことも、愛したこともない

けど、だからって俺がボスに恋をしているだなんて!

「男に、しかも半分無理矢理掘られて不快感を感じないのは、お前がボスに惚れてるからだ」

「け、けどそれはボスを信頼してるからであって…!」

「ほう?信頼している相手に迫られれば誰にでも股を開くのか?」

「そ、そんなわけないだろ!!だって、それは約束でっ」

「たかが、ポーカーの賭けでか?」

「や、約束は約束だ!!」

「お前ほどの口の持ち主なら、簡単に逃げられただろう?」

俺の言葉を否定し続ける博士に、心臓がドクドクと脈打ち始め
汗が止まらなくて、口の中が緊張で乾いていく

いやだ、やめてくれ
お願いだから、やめてくれ!
これ以上、真実に気づかせないでくれ…!

…真実?何が真実だというんだ?

ぺりぺりと
心の中で、何かが剥がれていくような音がする
大事に、厳重にたくさんのオブラートで包んであった
俺すら知らなかった、知りたくなかったから無意識のうちに隠していた感情

見えてしまう
感じてしまう
厳重に隠してきたものが
ずっと、目を背けてきたものが

「頼む、博士…もう、やめてくれ…」

「…そうやって、一生目を背けているつもりか?」

「やめてくれ…頼むから…」

「ミラー…」

気づいてしまう
俺が、スネークを心の底から拒まなかった理由に
見えてしまう
スネークに対する、俺の感情が

「もう、気づいているのだろう?」

「博士…」

「気づいていないなら、何故泣く?」

博士に指摘されて気がついた
俺の頬を、涙が伝っている

あぁ、そうさ
気づいてしまった
目をそらし続けていた感情に
ずっと、気づかずにいようと決めた想いに

スネークの側にい続けるためには、決して抱いてはならない愛情に

「スネークが…好きだ」

口に出しすと、その言葉がすとんと心の真ん中に落ちてきて
まるで、最初から存在していたかのように馴染んだ

「博士、どうしよう…俺、スネークが好きだ」

「あぁ」

「抱かれてもいいと思うくらい、好きだ」

「そうか」

「どうしよう、博士…俺…」

「ミラー」

ボロボロと涙を零しながら呟く俺に、博士は小さくため息を吐き

「そういうことは、本人に直接言ってやれ」

そう言った
その瞬間、部屋の隅…座っているソファーからは死角になる場所
そこから、スネークがひょっこり顔を出した

何故か、満面の笑みで

「す、スネーク!?な、何で!!?」

本来いるはずのない場所から、いるはずのない人物が現れたことに頭が混乱して、あれほど流れていた涙すら一瞬で引っ込んだ

「いやぁ、すまなかったな博士!無理を言って!」

「まったくだ…男同士で乳繰り合うのはかまわないが、厄介ごとを人に押し付けるもんじゃない…ミラーの手綱くらい、しっかり握っておけ」

「え?え??何で?ねぇ何で??」

「あぁ、これからはしっかりがっつり握っておくとしよう」

「そうしてくれ。さて、これからは2人で話し合え…私は席を外す」

「なぁ、何でスネークが?というか博士??」

「ありがとう、そうさせてもらう」

「かまわないさ…あぁ、私の部屋で乳繰り合うなよ?もししたら来月のわが研究班への開発費を5割増しにしてもらうからな」

「わかった、5割増しだな」

「え?え??」

俺が混乱している間に、あれよあれよという間に話が進んでいく
というか、誰か俺の話を聞いてくれ!

博士は俺たちに軽く手を振り
混乱して呆然としている俺と、満面の笑みのスネークを残して

扉の向こうへ、消えていった




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