愛し君の子守唄



廊下を歩いていると、不意に歌声が聞こえてきた
柔らかくて、とても優しい歌声

「…カズ?」

その声は、確かに聞きなれたカズのもの
音痴だと自覚しているカズが歌うのは、とても珍しい

「〜♪」

知らない言葉で紡がれる、優しいメロディ
その歌声に誘われるように、ふらりと歩く

カズの私室
そのうっすら開いた扉の隙間から漏れる声
その隙間から、そっと部屋をのぞくと

ベットに腰掛けたカズが、ニュークを撫でながら歌っていた

いつもはペンを握る手が、ゆっくりと優しく毛皮を撫で
愛おしい人を見るような穏やかな瞳で、小さな命を見つめ
唇からもれるのは、慈愛に満ちた柔らかな声

その姿に
一瞬、母親というものを重ねた

歌が止み、苦笑を浮かべるカズに

「それは、何という歌だ?」

俺は思わず、声をかけてしまった

「す、スネーク!?どうして!!?」

よほど驚いたのか、カズは勢いよく立ち上がり
膝の上のニュークを落としてしまった

驚いたように部屋から走り去っていくニュークに少し悪いことをしたような気になりながらカズを見ると
呆然とニュークを見送った後、そろりと俺を見た

「もしかして、聞いてた?」

「あぁ、なかなか悪くない歌声だった」

ニヤリと笑ってやると、カズの顔がまるで音を立てるように一気に赤くなった
この男は、皮肉屋の癖して実は結構な恥ずかしがりやだ

「はずっ…盗み聞きなんて悪趣味だぞ!」

「勝手に聞こえてきただけだ…なぁ、さっきのは何という歌なんだ?」

拗ねたように唇を尖らせ、サングラス越しに俺を睨みつけながら音を立ててベットに腰掛けるカズ
そんなカズを見て、自然と笑みがこぼれ
開きっぱなしの扉を閉めてやってから、隣に腰を下ろした

「あ〜…日本の子守唄だ」

もう、恥ずかしさの頂点は越えたのか
どこか困ったよう風に、軽くため息を吐きながら言う
その言葉に、俺は少しだけ驚いてしまった

「子守唄?」

優しいメロディだと思っていたが、まさか子守唄だったとは
そう思いながらも、先ほどのカズの表情を思い出せば、不思議と納得がいった

だから、あんなに優しい顔をしていたのか

「あぁ。小さい頃、母親がよく歌ってくれた…ニュークを見ていたら、何となく思い出してな」

そういって、カズはほんの少し目を細めた
その表情は、どこか昔を懐かしむようで、とても優しい
きっと、それはカズにとって幸福な思い出なのだろう

「…カズが、自分のことを話してくれるのは珍しいな」

カズは、あまり昔の話はしたがらない
生い立ちから、あまり幸福な子ども時代を送っているとは思えなかったが
カズにも、幸福な思い出があったのか

そう思うと、何故だか妙にホッとした

「そうか?」

「あぁ…お前は、あまり自分の過去を話してくれないからな」

「それを言ったら、アンタこそ何も話してくれないじゃないか」

その言葉に、思わず黙ってしまう

その言葉が、いつもの皮肉混じりの軽口だとわかっている
けれど
カズには、カズにだけは、俺の過去を話せない

俺の過去は、死んだボスと共にあるから

カズは、俺がボスを殺したことを知っている
でも、俺がどれほどボスを愛していたか、きっと知らない
10年生死を共にした師であったとしか、俺はカズに話していない
あの頃、俺がどれほどボスを愛していたか…カズは、知らない

俺の半身…いや、全てはボスのものだと思えるほどに愛していた
俺の命はボスのものだと、何の疑いもなく信じていた
今でも、心の奥底で、ボスを捨てきれていないほどに

カズは、俺がボスを捨てきれていないことを知っている
知った上で、俺の全てを受け入れて愛してくれた

そんなカズだから、俺はもう一度人を愛することができた
だからこそ、カズにだけは知られたくない

俺は、それほどまでに愛した人間を
いくら、ボスがそれを望んだとはいえ
他人の命令で、殺してしまえる人間だ

そんな人間であることを
愛するカズにだけは、知られたくなかった

どこか、嫌な沈黙が部屋を支配する
カズも、俺に何と言っていいのかわからないんだろう
どこか、辛そうな顔をしている

俺も、何と言っていいのかわからない
どうすれば、カズにそんな顔をさせない言葉が吐けるだろうか

「なぁ、俺にも歌ってくれるか?」

どれほどの時間をそうしていたのか
不意に、あの子守唄が聴きたくなった

俺は一度ベットから立ち上がり、カズの腹に顔を埋めるように膝をつき、その腰に腕を回した

「す、スネーク!?」

「聴かせてくれ、お前の子守唄」

どんな表情をしているかはわからないが
カズが、酷く困っているのが伝わってくる
『音痴だからイヤだ』
てっきり、そういわれると思っていたのに

「〜♪」

さっきと同じ、慈愛に満ちた歌声が降ってきて
優しい手つきで、髪を撫でられる

カズは今、さっきのような表情で俺を見ているのだろうか
そう思うと、自然に腕に力が入り
こみ上げてくるものを誤魔化すために、大きく息を吐いた

この温もりに、依存といえるほど甘えていることを自覚している
どれだけ皮肉を言っても、結局は全てを許し、受け入れてくれるカズに、俺はいつも甘えっぱなしだ

「〜♪」

だからこそ、これ以上甘えてはいけないと、いつも自責している
俺は、戦場でしか生きられない…戦うことしかできない、不器用な男だ
でも、カズはきっと違う
戦場でしか生きられないと口では言っているが、戦うことしかできない俺とは違う

その気になれば、戦場以外でも生きていけるだろう

「〜♪」

だからこそ、カズが望むなら手を離さなければと思う
俺は戦場でしか生きられない
カズより先に死なないとも、生涯共にいるとも、決して裏切らないとも
何一つ誓ってやれない、約束もしてやれない
そんな薄情な男の側にカズを縛り付けておく権利は、俺にはない

「〜♪」

あぁ、けれど…
今だけ、今だけは
この温もりに甘えていいだろうか?
お前の側に居てもいいだろうか?

いつか、離れなければならなくなるその日まで
お前を愛していてもいいだろうか



愛し君の子守唄



いつか来る別れの日まで
お前のその優しい歌声を、独占させていてくれ

















前も言いましたが、こういった1つの話を2つの視点で書くというのが好きです

途中、方向性を見失いかけたのがバレバレですね
しかも、思った以上にシリアスになってしまった

それより何より、コレはネイカズ何でしょうか…
カズネイに見えなくもないというか、カズネイじゃ…
もう、どっちでもいいや!
皆様、お好きなほうで!!

あ、オチを見失うのは常時発動スキルです

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