浮気?それとも…



「バッッッカスネェェェェク!!!!!」

「いだだだだ!おいカズ誤解っ…いだだだ!!俺の話を…!!」

「バカスネーク!バカスネーク!!バカスネェェェク!!!」

「だからカズ!俺の…ごぶぅっ!!!」

机の上にあった物を手当たり次第にスネークに投げつけ、頭を庇いながら部屋中を逃げ回るスネークにさらにソファーにあったクッションやらを投げまくり
最後にこの前スポンサーから貰ったでかい彫像がスネークの顔にめり込んだのを視界の端に捕らえながら、俺は自分の部屋から飛び出した

(バカスネーク!バカスネーク!!バカスネーク…!)

苛立ち、哀しみ、絶望、裏切り
いろんな感情がごちゃ混ぜになって、自分でも何が何だかわからない
止まったら滲む涙が溢れてしまいそうで、唇をかみ締めたまま必死で廊下を走る
すれ違うたびに驚いたように兵士達が俺を見るけれど、そんなことを気にしている余裕もない
さっき見た光景と、スネークの表情
その2つが頭の中をぐるぐると回って、視界すらぐにゃりと回って歪み出す

『おいカズ、暑いから脱いでいいか?』

『おいこら、人の部屋で脱ぐな…ってもう脱いでるし…』

スネークが俺の執務室に書類を持ってきたのは、ほんの少し前
訓練の帰りなのか、うっすらと汗をかいていたスネークはここが俺の部屋だというのにも関わらず、というか俺が返事をする前に上を脱ぎ始めた
いや、スネークが脱ぎたがりなのは今に始まったことじゃないし、今日は確かに気温も高く蒸し暑かった
まぁここは俺の執務室だ、書類をチェックしてサインするのにも少し時間がかかるし、戻る前に着るならいいか…
と半ば諦めにも似た気持ちになりながら、ふと何気なく気持ち良さそうに上を脱いでいるスネークに目をやり…

(…え?)

我が目を、疑った
スネークの背中に、派手な引っかき傷があった
傭兵という稼業上スネークの体は生傷が耐えないが、そこにあったのは確かに爪で引っかいたような傷
それはすでにかさぶたになってはいるが、その具合から最近付いたものであることは間違いない
だがスネークが長期任務から帰ってきたのは、4日ほど前
そのときには、背中にそんな傷はなかったはずだ

何で?どうして?
どうしてスネークの背中に、そんな傷が?
ぐるぐると頭の中を、そんな言葉が回りだす
背中に爪で引っかいたような傷を作る理由なんて、1つしかない

『スネーク…その傷…』

『ん?どうした?』

『その…背中の…』

嫌な予感を信じたくなくて、スネークを信じたくて
意を決して、スネークに声をかける
何かの間違いだと、これは爪痕なんかじゃないと、スネークに笑って否定して欲しくて

『……あぁ〜…』

けれど、俺のそんな淡い期待をあっさりと裏切るように目に飛び込んできたのは
スネークのしまった、といわんばかりの表情と、何かを誤魔化すようなバツの悪そうな唸り声
その瞬間、最悪の予感が確信に変わった

『その、カズ…これは…』

『…っ!バカスネーク!!』

それ以上聞きたくなくて、これ以上スネークの顔を見ていたくなくて
反射的に手近にあった物を投げつけて、逃げ出した

逃げたって、どうにかなるわけじゃない
俺は副指令で、スネークは司令官だ
顔を合わせる機会なんて嫌というほどあるし、何より俺達は恋人で…

いや、もう恋人ですら、ないのかもしれない
そう思うだけで、じくりと胸の中の一番柔らかな部分が酷く痛む
ぎゅうっと胸を押さえて、痛みから逃げるようにただ走る
どんなに走ったって、痛みからも悲しさからも逃げられるわけがない
でも、俺1人じゃ胸の中を暴れまわる感情をどうしたらいいのかわからない
もうわけがわからなくて、
本格的に零れ落ちそうになる涙を必死で堪えていると

「おいカズ、何をしている?」

ふと聞きなれた声が鼓膜を揺らし、その声に反射的に足が止まった
途端に酸素を欲しがる体が一気に空気を取り込もうとし、咽てしまう
咳き込みながら辺りを見回せば、そこはさっきまでいた司令塔とは様子がすっかり変わってしまっている

「この時間、お前は仕事だろう?どうしてここにいる?仕事が嫌になって脱走か?」

ぱたぱたと、屈強な兵士達よりも軽い足音が背後から近づいてきて、呆れたような…けれど僅かながらに心配そうな色を含んだ声が耳に届く
その声に、ゆっくりと振り向くと

「博士…」

呆れたようなストレンジラブ博士が、腕を組んで立っていた
そういえばここは博士の私室の前だと、そのときようやく気が付いた
どこをどう走ってきたのかはよくわからないが、いつの間にか住居棟にまで来てしまっていたらしい

「全く…どうしたのだ?随分と情けない顔をしているぞ」

どこか突き放すような、少し棘のある口調
けれど、そのサングラス越しに見る瞳は柔らかくて、その声は優しくて
じわりと、ぐちゃぐちゃになった心に染みこんでいく
彼女の細い指先が、俺の頬に触れた瞬間

「は…はがぜぇぇぇ!!!」

堪え切れなくて、人目もはばからず彼女の胸に飛び込んだ



「…なるほど、ボスの背中に引っかき傷ねぇ…」

かちゃり、と上品なティーカップを傾けながら、博士はぽつりとそう呟いた
その言葉に小さく頷いて、俺も小さく鼻を啜りながら博士の入れてくれた紅茶を一口含む
上等な紅茶の香りは、ゆったりと心を落ち着けてくれる
それに博士に全部話したこともあって、俺は少しだけ考える余裕が出てきた

スネークの、浮気
多分あの背中の傷は、その証拠だ

そう考えて、また滲みそうになる涙を誤魔化そうと紅茶を飲む
今ここで泣いたって、博士に迷惑しかかけない
それに、浮気されて泣く、なんて女々しいこと、したくない

「女相手という事ならば、お前はとやかく言えないだろう?」

「う…」

当然、といわんばかりの博士の言葉に、とっさに言葉に詰まる
確かに俺は、前は女の子には手を出しまくってたし、それが原因で問題を何度か起こしたけれど
でも、スネークとちゃんと付き合うようになってからはきちんと自制してるし、誘いだって泣く泣く断っている
…ちょっとだけ、危ないことは何度かあったけど
そのたびにスネークに何故かばれて、ガッツリお仕置きされたけど
でも、浮気はしていない

「でも…俺スネークと付き合ってから浮気は…」

「けど、何度かはギリギリのところだったろう?」

「…何で知ってんの?」

「まぁそれはともかく…というか、スネークが浮気をすると思ってなかったのか?」

何となく誤魔化されたのが気になるけれど、博士の問いかけに今更なことに気が付いた
俺は、スネークが浮気するなんてこれっぽっちも思ってなかった
スネークはいつも俺に…いやまぁ独占欲強いしドSだし理不尽だしドSだし嫉妬深いしドSだけど…でも、いつも優しかった
いつだって俺のわがままに付き合ってくれたし、甘やかされている自覚もあった
スネークはいつだって俺を愛してくれていると、無意識に自惚れていた
結構わがままだし、素直になれないし、我ながら面倒な人間だと、自分でも思う
それでも俺を好きだといってくれるスネークに、甘えすぎていたのかもしれない

…だから、スネークはもう俺似愛想尽かしたのかもしれない
そりゃそうだ、俺は素直じゃないし可愛くないし、何より男だし
愛想付かされる要素は、たくさんある
それに元々スネークは結構もてるし、その気になれば可愛くて優しくて素直な女の子と付き合う事だって簡単だ
いや、男にだって慕われてるし、スネークすごくかっこいいし、優しいし、カリスマだってあるし…

どんどんと暗い思考にはまっていると、少し苛めすぎたか、と博士はなにやらため息交じりに呟き

「カズ、最後にスネークと寝たのはいつだ?」

そう、いきなりわけのわからない事を言い出した

「はぁ!?いきなり何!!?」

「いいから答えろ、最後にスネークと寝たのはいつだ?」

この状況でいきなり何言い出してるんだよ!?と思ったけれど、あまりに真剣な博士の表情に気圧されて

「…よ、4日前…」

つい、本当のことが口から漏れた

「ほう…ボスが帰ってきた日か…」

なにやら考え込む様子の博士に、物凄くいたたまれない気持ちになる
戦場で生存するためにありとあらゆる本能を全開にするせいか、スネークがマザーベースに帰ってきた日に俺に迫るのは、割とよくあることだ
特に長期任務ともなれば、溜まっているせいもあるのか十中八九押し倒される
4日前も、3週間近い長期任務から帰ってきたスネークが部屋に来て…まぁ一通りいたしたわけだが…
その日の事を思い出して、顔から火が出そうになっていると

「で、その時意識はいつまで保てていた?」

博士は、さらに俺の羞恥心を煽るような質問を真顔でしてきた

「ななな何でそんなこと博士に言わなきゃいけないんだ!?」

「いいから答えろ、大事なことだ」

「やだよ!っていうか今はそういうの関係ないだろ!?」

「あるから聞いている。何処まで覚えている?もしかして、いつもより激しかったのではなかったか?そのせいで記憶が曖昧だったりしないか?」

「何で知ってんの!?」

淡々と、まるで尋問でもするかのように問い詰めてくる博士に、段々と彼女はエスパーなんじゃないかと一瞬頭を過ぎる
確かに、4日前のスネークは…その、激しかった
今回は任務期間自体も長めだったのにくわえて、大規模な戦闘もあった
そのせいでいつもよりテンションが高かったのか、いつもなら報告の1つや2つ終えてから俺の部屋に来るスネークが、帰って早々俺を自分の部屋に連れ込んだ
その時のスネークは、まるで飢えた獣という表現がぴったりの目をしていた
俺の全てを喰らい尽くすような激しさに、ついていくのもやっと…いや、ついていくことすらできなくて、ただスネークにされるがままになっていた
おかげで途中の記憶はかなり曖昧で途切れがちだし、いつ気を失ったのかも覚えていない
さすがにスネークもやりすぎたと思ったのか、俺が目を覚ましてからはかなりちやほやされて甘やかされて、仕事も…

そこまで考えて、重大なことに気が付いた
俺は医者というわけじゃないけど、それなりの医療スキルは持っている
傷がいつ頃できたかくらいは、ある程度判別が付く
スネークの背中の引っかき傷のかさぶたはすでに完成されていて、一部剥がれかけていた
昨日か一昨日にできたものならばもっと生々しいはずだし、3日前は動けなくなった俺の分の書類まで四苦八苦しながら整理していたから、そんな余裕ないはずだ
…スネーク事務仕事苦手だから結局全部終わりきらなくて、次の日俺が片付けたし
ということは、スネークの背中に傷が付く機会なんてそれより前しかないわけで
一応スネークの体はいたす時に見たけれど、あの時は多少傷はあったのものの引っかき傷なんてなかったし…

…え?
っていうことは、あの背中の引っかき傷の犯人は…俺?
ただ単に記憶が飛んでて、覚えて無かっただけ?
それじゃあ、俺は自分でつけた引っかき傷に嫉妬して絶望して怒って落ち込んであんなに泣いて…

「……ぎゃあぁぁぁぁ!!!!!」

理解した瞬間、今まで感じたことのないほどの恥ずかしさが全身を襲い、さっきとは違う意味で涙が滲んでくる
それだけじゃない…そんな理由で、あんな顔を兵士達に見られて…
このマザーベースは洋上プラント、いわば閉鎖空間だ
そういった空間で噂が広まるのは、驚くほどに早い
きっと今頃、俺が情けない顔で廊下を駆け回っていたことは、知らない奴はいない位の勢いで広まっているだろう
そして、それに対する推測という名の噂も、光の速さで広まっているに違いない

もう嫌だ…死にたい…
生まれて初めて、俺は心の底からそう思った

そんな俺を尻目に、博士はまぁそんなことだとは思ったが…と若干他人事のようにカップを傾けていた



「…どこにいった?」

いまだに痛む額を擦りながら、俺はカズの逃げた場所を探してマザーベース中を歩き回っていた
つい数時間前、カズと喧嘩をした
いや、カズが一方的に怒って出て行ってしまった
理由はよくわからないが…あれほどカズが興奮して怒り狂ったんだ、多分俺が何かしたんだろう
カズは意外と怒りんぼだが、大抵は恥ずかしさの裏返しだ
だがあの怒り方はそういう類のものではなかったし、むしろ怒っているというより悲しんでいるという方が近かった気もする

『ボス…副指令が先ほどとても辛そうな顔で走って行ったんですが、何かあったんですか?』

それに廊下で会う兵士達が口々にと俺に聞いて…一部の奴らは非難がましい目で俺を睨みながらだが…くるくらいだ、酷い顔をしていたのだろう

『バカスネーク!!』

部屋を出て行く直前の、涙混じりの声が蘇る
あの頑固で意地っ張りなカズが泣きそうになるほどのことを、俺はしてしまったに違いない
理由を聞いて、謝らなければ
そう思いながらカズを探していると、不意に腰の無線機がコールを知らせる
一瞬カズか?と思ったが、表示されている周波数はストレンジラブ博士のものだった
珍しい、博士から俺にコールするなんて
そう思いながら無線機のスイッチを入れる

「こちらスネーク。どうした博士」

『あぁ、ボス。さっそくだが私の部屋でお前の恋人が今にも自殺しそうだ。引き取りにきてくれ』

「…は?」

『ほら、今も私の部屋で大騒ぎをしている。煩いから早いとこ引き取ってくれ』

あまりに突然のことについマヌケな声で返事をしてしまうと、どこか呆れたような博士の声が一瞬遠ざかり

―いやだぁぁぁ!俺死ぬ!!もう死んでやる!!っていうか死ぬしかないほぼそうだ!!!
―副指令落ち着いてください!何があったんですか!?あぁ窓からそんなに乗り出さないでください!!危ないですから!!
―俺死ぬからいいの!っていうか離して!!
―離したら飛び降りるでしょ!?お願いだからやめてください!!

次いで無線の向こう側から、なにやら涙声でわめくカズの声と、何故か必死でカズを止めるマングースの声が聞こえてきた
何が何だかよくわからないが、カズが博士の部屋でなにやら死ぬとわめいていて、それをマングースが止めているらしいという事は何となくわかった

「…博士、何が何だかさっぱりわからないんだが」

『【恥ずかしすぎてもう生きていたくないから死ぬ】だそうだ』

「…そうか、さっぱりわからん。とりあえず今から迎えに行くから、カズが死なないように見ていてくれ」

本当に何が何だかわからないが、俺が探しているカズが博士の部屋にいることはわかったから、とりあえず迎えに行くとするか
カズは自殺する、とは言っているものの、連絡してきた博士はとても楽しそうだからとりあえず命の危険はないだろう
それに、どうしているのかはわからないが、マングースもいるならまず大丈夫だろう

―よかったなカズ、今からボスが迎えに来てくれるそうだ
―いやあぁぁぁ!!!マングース離してお願いだから!!!!!
―ダメに決まってるでしょ!!?よくわかんないですけど、ボスが来るまで大人しくしてください!!
―いやあぁぁぁ!!俺海に帰るんだから離してぇぇぇ!!!
―何わけのわかんないこと言ってるんですか!!
―ほう、お前は人魚姫だったのか
―いやあぁぁぁ!!!

無線機の向こう側から聞こえてくる大騒ぎに首をかしげながらも、とりあえず博士の部屋に向かうべく俺は走り出したのだった


















Q.コレは何のつもりですか?
A.ギャグです

色々とすみません…自分でつけた引っかき傷覚えてなくて怒る阿呆なカズが書きたかったんです
博士がふざけすぎですみません、カズが女々しくてすみません
でも書いてて楽しかったんだ…
きっとスネークが部屋に現れた瞬間、これ以上の大騒ぎが起こるに違いない

え?博士が色々知ってる理由?
禁則事項です(コラ)

- 3 -


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -