ただいま、おかえり・2
「…疲れた」
すっかり疲れ果てた体を引きずりながら、俺はカズに頼まれた土産を片手にマザーベースへと戻ってきていた
カズのこれまた任務の前によく聞く【いってらっしゃい】という言葉と満面の笑みを背中に受け、別に行きたくもない街へ行くためにマザーベースを出たのが、今朝のこと
意気揚々と街へ繰り出していく兵士達の背中を眺めながら、俺はすでにマザーベースへと戻りたい気持ちでいっぱいだった
このあたりで一番大きな街は画期もあって人も多く、店も数え切れないほどある
その中には葉巻を取り扱う店や、美味い物が食えるが小洒落ていない店など、俺が楽しめる店のあるのだろうが、それがどこにあるのか全くわからないし、探すことすら面倒くさい
元々そういった物を探すのが得意でない俺には、ただの苦行でしかない
兵士達に聞くことも出来たが、奴らも自分なりの楽しみ方があるだろう
それなのに、俺につき合わせるのも悪い気がする
カズでもいれば、どんな場所に行きたいといわずとも俺を引っ張りまわすだろうな、と考えながら、兵士達に促されるままに人ごみに足を踏み入れ…
結局、カズに頼まれた土産を早々に買った後はぼんやりと葉巻をふかしていた
というか、カズに頼まれた土産を探すだけで力尽きた
ああいった場所は、俺には難易度が高すぎる
なんなら泊まって来てもいいぞ?泊まりの奴もいるからな、なんてカズに言われていたが、一刻も早く戻りたくて昼過ぎに街を出る船に乗ってマザーベースへと戻ってきた
今度ああいった場所に行くときは、絶対にカズを連れて行こう
そう心に誓いながら、カズの執務室の扉を叩く
「開いている、入れ」
すると、いつもの開いてるよ〜というのん気な声とは違う、副指令の威厳たっぷりの声が返ってきて、疲れているのも忘れてつい吹き出しそうになってしまう
そういえば、今日は疲れ切っているせいでいつもよりノックの音が弱かった気がする
なるほど、いつも俺のノックを見分けていたのはそういうことか
長年、というわけではないが謎が1つ解けて何となく得したような気分になりながら扉を開けると、カズが机にかじりついて書類を書いていた
おそらく執務に集中しているんだろう、扉を開けたのが俺だというのも気づいていない風だ
ちょっとした悪戯心が沸きあがって、出来るだけ足音を立てずに近づいて
「カズ、土産だ」
筆が止まったのを確認してから、書類の上にどんっと買ってきた土産を乗せてやった
「うわっ!?」
途端、カズが弾かれたように顔をあげ、俺を視界に入れると同時にぽかんと口を開けた
そのマヌケな表情につい噴出すと、ようやく俺を認識したのかどこか緊張すらしていた表情がふっと緩んだ
「あれ?スネーク、帰って来たの?」
「あぁ、ああいう場所は性にあわなくてな」
「【おかえり】スネーク…お、ちゃんと土産買ってきてくれたんだな」
ありがと、これ欲しくてさぁ〜と嬉しそうに笑うカズの言った言葉が、ふと引っかかった
いつも俺が戻るたびに使われている【おかえり】という言葉
ずっと気になっていたこの言葉の意味は、全くわからなかったが、いつも任務から戻ってきたときに言われていたから、何かしら任務の成功を褒める言葉の類だと勝手に思っていた
だが、土産を買うのは頼まれただけで任務ではないし、それにきちんと礼も言われている
おそらく褒める類の言葉ではなかったようだが、そうなるとこの言葉の意味が全く想像できない
「カズ、それはどういう意味だ?」
「ん?何が?」
「ほら、お前がよく言う…【おかえり】という言葉だ」
今日はしなければならない報告もないし、緊急に話しておくこともない
気になったついでに聞いてみれば、カズはあぁ〜と小さく唸り
「なんて言ったらいいんだろう…英語には決まった言い方がないからなぁ…そうだな、家に帰ってきたりした相手に言う言葉だ」
顎に手をやりながら少し考え、思ってもみなかったことを口にした
「帰って来た相手に、言う言葉?」
「あぁ、日本語で帰るは【かえる】って言うんだ。だから無事に家に帰って来た相手に、よく帰って来てくれたっていう意味で【おかえり】って言うんだ。大体そんな…」
「それは…俺に対して使う言葉か?」
家に帰ってくるから、【おかえり】
それをカズは、俺へと向けていた
その理由が何となく気になって、カズの言葉を遮ってそう訊ねると
「…はぁ?何言ってるんだ?アンタは帰ってきてるじゃないか、このマザーベースに」
カズは至極当然といった顔で、呆れたような目で俺を見た
そのどこか優しさすら含む視線が、当然だろうといわんばかりの態度が、俺の中の柔らかな部分へ突き刺さり
ゆっくりと溶けて、暖かな膜となって包み込むように広がっていく
「……なぁカズ、帰って来た奴は何か言うのか?」
そうか
カズは俺が帰って来るから、【おかえり】というのか
俺が帰るから、【おかえり】と言ってくれるのか
ただ、それだけのことだったのか
「ん?帰って来た奴は【ただいま】って言うんだ。これはただいま帰りました、が語源と言われて…」
「【ただいま】、カズ」
どこか得意げに何かを説明しようとするカズに、教えられたばかりの言葉を口にする
俺の言葉に、カズは一瞬きょとんとしたような視線を向けてきたが
「あぁ、おかえりスネーク」
すぐにふわりと目元を柔らかく下げ、いつものように笑って俺に腕を広げて見せた
「あぁ…ただいま」
もう一度舌の上で転がすように、その言葉の存在を確かめるように、ゆっくりとその言葉を口にし
俺からの抱擁を待っていてくれる温かな体を、力の限り抱きしめた
「ちょ、スネーク…痛いって…」
「なぁ、【いってらっしゃい】はどういう意味だ?それもよく言うだろう?」
「う〜ん、これも英語には特に決まった表現がないからなぁ…気をつけて行って来いとか、帰ってくるのを待ってますって感じか?ちなみに行く方は【いってきます】って言うんだ」
「そうか、【いってきます】か」
「あぁ。っていうかスネーク、痛いってば…一体なんなのさもう…」
身じろぎをしながらどこか呆れたように、わけがわからないと言わんばかりにため息を吐くカズとは逆に、俺は浮かぶ笑みが抑えきれないままにカズの肩に顔を埋める
理由は、よくわからない
けれど、笑い出したいほど楽しいような嬉しいような、少しくすぐったい気分だ
カズの言葉に包み込まれた俺の奥の柔らかな部分が、酷く暖かい
「そうか…ただいま、に、いってきます、か」
「そうだけど、ほんと何なの?日本語に興味出てきたのか?それなら教えてやるから、いい加減離してくれ」
「いや、もう少しこうしていたい」
「…どうしたんだスネーク?まぁ、別にいいけど…せめてもうちょっと力緩めてくれないと痛いし苦しいんだけど…」
もぞもぞと腕の中で居心地悪そうに身じろぐカズをしっかりと抱きしめたまま、俺はカズにばれないように笑う
暖かい、気持ちがいい、落ち着く、愛しい
色々な感情が湧き出てきて、自分でも上手く整理が出来ない
だが、ちっとも不快だとは感じない
むしろ、もう少しこのまま感情の波の中で漂っていたい
「いたた…もう、俺の話聞いてた?っていうかホントどうしたのさ…」
カズの主張とは逆にさらに力を込めた俺に、カズは小さく苦笑をもらしながらも、呆れたように俺を抱きしめてくれた
その温かさに、心地よさに
幸福、という言葉が胸の中に浮かんで、ゆっくりと溶けていった
「ボス、ご武運を!」
休暇も終わり、いつものように与えられた任務へと旅立つために俺はヘリポートに立っていた
ヘリの爆音が響く中、大勢の兵士達が敬礼をし俺を見送ってくれる
その兵士達の、ほぼ中央
カズも、いつものように俺を見送りにきてくれている
「カズ、いってきます」
ヘリに乗り込む寸前
後ろで見送ってくれているカズへと振り返り、俺はカズへと教えてもらったばかりの言葉を、この場所へ帰るという誓いの言葉を口にした
この爆音の中、カズの耳に届くかどうかはわからなかった
けれど、どうしても言っておきたかった
だがカズの耳にはちゃんと届いたらしく、ふわりと柔らかな笑みを浮かべ
「あぁ、いってらっしゃいスネーク」
優しい目で俺を見ながら、俺に帰って来いと言ってくれた
その言葉は爆音に邪魔されることなく、真っ直ぐ俺の耳へと届いた
その言葉を、カズの笑顔をしっかりと耳と目に焼き付けて、俺はヘリへと乗り込んだ
上昇していくヘリの中で、俺はゆっくりと目を閉じて任務に向けて気分を高めていく
『おかえり、スネーク』
カズのおかえりを、聞くために
カズに、ただいまと言うために
カズの待つこのマザーベースへ、生きて帰ってくるために
メモ帳を整理していたら
ネイカズで挨拶の魔法
という一文が出てきまして
何を書くつもりだったのか完璧にぽぽぽーんしてしまっていたので、改めて考え直したら何だかよくわからないものになった
あれですよ、ただいまもおかえりも素敵な言葉だよね!って話を書きたかったはず
完全に軸がぶれている、人としても話としても
あ、いつものことですねすみません…
最後が完全に蛇足っていうレベルじゃないくらいいらない気もします…っていうかそんな気しかしませんが、どうしてもいってきます、いってらっしゃい、なやり取りが書きたかったんです
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