白い煙に乗せて



キルハウスでの射撃訓練からの帰り
夕日が赤く燃え、もう間もなく日も沈むという時間
キツイ海風に混じってふわり、とどこからか何かが燃えるような匂いが漂ってきて、俺は自然と眉をしかめた

「…何だ?」

ビニールやオイルの混じっていない、草木が燃える時の匂い
こういった匂いを、このマザーベースで嗅ぐのは珍しい
糧食班が外で料理をすることもあるから、煙の匂い自体を嗅ぐのはそれほど珍しくないが…純粋な煙の匂いは滅多にしない
どこかで火の手でも上がり始めているのか、それとも誰かが勝手にゴミを燃やしているのだろうか
それなら、大問題だ
ここは洋上プラント、万が一火事でも起きたら目もあてられないことになる
そう考え、辺りを観察しながら風上へと歩いていく

「やはり、何か燃えているな」

風上に行くにしたがって、どんどんと煙の匂いが濃くなっていく
ざっと煙が出ているであろうあたりを見渡すが、建物からは煙が出ている気配はない
やはり、誰かがゴミを燃やしているのかもしれない
全く…火事が起きたらまずいからゴミは個人で燃やすなと、規律にも書いてあるのに
見つけたらとっちめてやらなければ、と思いながら、匂いの強くなる方向へと足を向けると

「…カズ?」

白い煙が発生している場所
甲板の上の、建物に囲まれた場所
そこで、カズが座り込んで何かを燃やしていた

「…おいカズ、何を燃やしている?火事になったらどうする気だ?」

副指令の癖して何をしている、と怒鳴ってやろうかとも思ったが、その背中に何となく哀愁にも似たものを感じ、近くまで歩み寄ってから声をかけた

「あぁ、スネークか。訓練お疲れ様」

俺の声にカズは振り返り、まるで廊下ですれ違ったときのように小さく笑って俺を見上げた

「…一体何を燃やしているんだ?」

その隣に腰を下ろし、ちろちろと小さく燃える火を眺めながら、わざとらしくため息を吐いてみせる
ここは建物に囲まれているおかげで風は弱いし、水を汲んだバケツを用意してはいるが、それでも何かに燃え移らないとも限らない
咎める意を込めてカズのほうを見ると、カズは少しだけ困ったように頬を掻いて、へらりと笑って見せる
カズがこの仕草をするときは、大抵何か言い辛い事を隠そうとするときだ

「あ〜…すまん、すぐ終わらせるから…」

「いや、少しなら構わん。一体何故火を焚いている?」

すぐ側のバケツに手を伸ばしたカズを制して、カズの目を見ながらそう訊ねる
単にゴミを燃やしているなら素直に謝るか逃げるかするだろうし、何より普段からカズは火の気には十分すぎるほど気をつけている
それによく見れば、火にくべられているのはゴミではなく、何か植物の茎のようなものだ
多分、何か意味があるのだろう

「…迎え火だ」

俺の視線にカズは目をそらし、言い辛そうにしながらも曖昧に笑って、聞きなれない言葉を口にした

「ムカエビ?何だそれは?」

「日本の古い風習でな、大体はお盆…あ〜、アメリカでは何て言うのかな〜…」

カズはまた聞きなれない単語をなにやら呟きながらがしがしと頭を掻き、あれじゃない…これでもない…とぶつぶつ呟いて

「…日本ではお盆って言って、8月に先祖が天国から帰ってくるっていう言い伝えみたいなもんがあるんだよ」

何かにたとえるのを諦めたのか、ため息混じりにそう言い、ちょいちょいと居心地悪そうにまだ数本残っている植物の茎らしき物を弄り始めた

「天国から?どうしてだ?」

「里帰りみたいなもんだ。何で帰ってくるのかとかは長くなるからまた今度な。で、その時先祖が迷わずに帰れるように道しるべとして火を焚くんだ」

これが迎え火な、とそれをぽいっと火に投げ込み、カズは白い煙を追うように空を見上げる
同じように空を見上げれば、白い煙が風にとけて空へと消えていく
赤く染まった空にとけていく白が、俺の目には妙に綺麗に映った

「…死んだ連中が、もしもお盆だけでもこのマザーベースに帰りたいって思ってるなら、迷わないように焚いてやりたいな〜と」

「ほう…」

「や、土地柄キリスト圏の連中がほとんどだから、お盆なんて皆知らないだろうけど…何となく、な」

そう、どこか困ったような、それでも慈愛を漂わせる笑みに、何故だか胸が締め付けられるような感覚を覚える

「…優しいな、お前は」

この感情をどういったらいいのかわからないままに、手を伸ばしてカズの髪をやや乱暴に撫で回す
カズはどこか照れくさそうに頬を染めながらも、セットが乱れるだろ?と俺の手から逃げるように手を伸ばしてくる

「よせよ、ただの自己満足だ。それよりアンタもどうだ?我らがボス直々に火を焚かれたら、連中喜んで帰ってくるんじゃないのか?」

「帰って来るのはいいが、ずっといつかれたら困るんじゃないのか?」

「大丈夫だ、そのために送り火っていう風習もある。火を焚いて帰って来た先祖を送り出すんだ」

「帰って来たのをわざわざ送り返すのか?」

「だから言っただろう?里帰りみたいなもんだって」

カズに手渡されたそれを、火の中へと放り込む
赤い炎がそれを焼き、白い煙に変えて空へととける
それを眺めながら、じゃれあうように小さな攻防を繰り返す
カズは日を目印に帰って来るといっていたが、もしかしたら俺がここへみたいに煙の匂いも頼りにしているんじゃないかと一瞬思ったが、口にすることなく俺の中へと秘めておく
口にしたら、馬鹿にされるのはわかりきっているからな

「暗くなってきたな」

「あぁ、もう日も沈みきったしな」

だんだんと辺りが暗くなっていく中、明るい火が俺達を照らし出す
これくらい暗くなれば、確かに目印になるかもなとどうでもいい事を考えながら

「…お袋さんには、焚いてやらないのか?」

最後の一本を弄っていたカズに、何気なくそう訊ねた
俺の言葉に、それを弄っていたカズの動きがぴたりと止まり

「…焚いたって、お袋は帰って来ないだろうさ」

ほんの一瞬、どこか寂しげな目で火を眺めた
けれど次の瞬間には、ほら、俺不肖の息子だし!とどこかおどけたように笑いながら、またそれを火の中へくべた
一瞬火が強くなり、白い煙が濃く立ち上る
それと同時に、強い風が俺達を包み込むように吹き
まるで、巻き上げるように煙を空へと攫っていった

「風強くなってきたな…そろそろ消すか」

「いいのか?目印なんだろう?」

「夕方に焚けばいいんだよ、一晩中火をつけっぱなしってわけにもいかないしな」

そう言って立ち上がろうとしたカズの服の裾を引っ張って、強引に座らせる
あの攫われた煙が火を目印に、カズの大切な人達を連れて帰ってきてくれるんじゃないか
ガラにもなくそんなことが、頭の中を過ぎった

「何?どうしたの?」

「もう少し、お盆とやらの話を聞かせてくれないか?」

「珍しいな、アンタがこういうことに興味持つなんて」

「たまにはな…火が消えるまでは話さないか?」

何それ口説いてるの?とどこかおどけたように笑うカズに、そうかもしれん、と笑って返す
火のせいか、それとも照れているのか、ほんのりと頬を染めたカズは少し居心地が悪そうに視線をさ迷わせ
けれど、少しだけ距離をつめて俺に体を預けてきた

「そうだな…ご先祖様が帰って来るための乗り物に、ナスやきゅうりで馬作ったりするのは当然知らないよな?」

「あぁ、初耳だ。どうしてだ?」

「詳しくはわからないが…季節の野菜を供えるってことからじゃないかって言われてる。俺の部屋に置いてるけど、後で見に来る?」

「あぁ、見せてもらおう」

ぱちぱちと音を立てて燃える火を眺めながら、こつりと頭を預けてくるカズの髪をなでる
この明るさを目印に、カズの大切な人達が帰ってくればいい

そんなことを考えながら、火が消えるまで2人でカズの故郷の話をしていた















日本人でありながらお盆ネタをスルーしていたとは…不覚の極み…!!
という心境かつ見切り発車感満載で書いたので、全体的にわけがわかりません
そして毎度の事ながらオチが尻切れトンボorz

もちっとお袋さんネタを絡ませたかったのに、書いてたら絡まなかった
どうしてこうなった…

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