8月6日 僕が生まれた日・1



1945年8月6日
人類初の原子爆弾が、一瞬にして多くの人間の命を奪い
多くの人間に、地獄のような苦しみを味合わせた
そのことを知ってから、僕はこの日…自分が生まれた日を、素直に喜べなくなった

「…ふぅ、何とか抜け出せた」

毎月恒例の、兵士達の誕生会
つい先ほどまで自分がいた輪の中心を眺めながら、ホッと小さく息を吐いた
今月は、僕の誕生月でもある
そのことを戯れにミラー君が兵士達の話したらしく、つい先ほどまで酔っ払った兵士達から大いに祝福を受けていた
ここの人達のことは、嫌いじゃない
むしろ歩けない僕を気遣ってくれたり、僕の研究を評価してくれたり、いい人達ばかりだ
けど、ずっと研究室に篭っている僕に、彼らの祝福は少々荒っぽすぎる
こちらが車椅子ですぐには動けない事をいいことに頭をぐしゃぐしゃに撫でてきたり、半分締まるくらいに抱きしめられたり、僕には痛すぎるくらいの力で背中を叩かれたり、
ついには、悪乗りした兵士達に空中に放り投げられた…ちなみに、胴上げという祝福方法らしい
歓迎だとわかっているけれど、宙に放り投げられた瞬間本気で死ぬかと思った
本気で泣きそうになっている僕にスネークが気付いて怒ってくれなかったら、今でもあの中心で投げられていたのかと思うとゾッとする
祝福してくれるのは嬉しいけど…もう少し、穏便に祝福して欲しい

「…誕生日、か」

これ以上彼らの荒っぽい祝福を受けないために甲板に出て、こっそりすくねてきた酒瓶を傾けながら空を見上げる
1945年、8月6日
僕がこの世に生を受けた日
そして、父が参加したマンハッタン計画の集大成…原爆、リトルボーイが広島に投下された日
僕が生まれた日に、十数万人もの人間が死んだ
父が加担した悪魔の兵器で、数え切れないほどの人間が不幸になった
そのことを知った日から、僕は自分の誕生日を祝う気持ちがなくなった
もう祝うような年でもないけれど、それでもその事実は僕の心に重石となってのしかかる
その日に生まれたからといって、僕に直接関係あるわけじゃない
それでも、僕が祝福されて生まれた日に、父の携わった研究の成果が人をたくさん殺した
そのことに、どうしようもないほどやりきれない感情を抱いてしまう
普段は気にしないようにしているけど、この日、誕生日だけは、どうしても考えてしまう

「ヒューイ」

輝く星空を眺めながらそんなことを考えていると、不意に聞きなれた声が聞こえてきてそちらにしせんをやる
すると、僕と同じように酒瓶を片手にしたミラー君が立っていた

「ミラー君。どうしたんだい?」

「いや…ヒューイに謝ろうと思って…」

「僕に?」

「さっきは悪かった。俺が連中をたきつけちまったばっかりに、酷い目に合わせて」

ボスにもこってり絞られた、とミラー君は小さく肩を竦めて、どこか困ったように笑った
そんなミラー君に、僕は慌てて首を振った
確かに僕には荒っぽかったけど、それでも祝福してくれる気持ちは嬉しかった

「いいよ、僕を祝ってくれてたんだし…ちょっと、荒っぽかったけど」

「連中加減を知らないからなぁ…後で俺からも言っとく」

「あはは、ほどほどにね」

そのまま戻るのかと思ったけど、ミラー君は僕の隣にくると腰を下ろし、酒瓶に口をつけて瓶を傾ける
このまま、ここで飲むつもりらしい

「いいのかい?あっちに行かなくて」

「いや、ちょっと静かに飲みたくてさ」

「珍しいね。君、騒がしいの好きだろう?」

「好きだけどさ。俺だって、たまには静かにゆっくり飲みたい時があるんだよ」

どこか楽しそうに笑うミラー君に、僕も自然と笑顔になる
そういえば、こうしてミラー君と2人で話をするのは初めてかもしれない
年は近いけどミラー君と僕はタイプが違うし、ストレンジラブのように個人的に親しいわけでもない
なによりミラー君の周りにはいつも人がいるし、研究室に篭りきりの僕とは違って忙しく動き回っている
同じ場所で暮らしているのに、僕らにはあまり接点があまりない

「…何か、こうしてヒューイと喋るのは、初めてかもしれないな」

ミラー君もそう思っていたのか、小さく苦笑を浮かべながら僕を見上げた
外が暗いせいかサングラスを外した瞳が、夜警の光を僅かに反射していて
そういえば、こうしてサングラスを外した姿を見るのもはじめてかもしれないと、何となく思った

「うん、僕も今そう思ってた」

「同じ場所で暮らしているのに、おかしな話だな」

「そうだね、何だかおかしいや」

こうして話してみると、ミラー君は話しやすいし、とてもいい人だ
どうしてもっと早くこうして話さなかったんだろう?
彼が研究室に訪れるのは、結構頻繁なはずなのに

「ヒューイが俺に話しかけるのも、珍しいしな」

「え?そうかい?」

「あぁ。いつも俺が行くと、どっかにいっちまうからな」

どこかからかうようなミラー君の視線に、自然と頬が熱くなる
自分では意識していなかったけど、言われたら確かにそうかもしれない
そういえば、研究室にやってきたミラー君を一番に見つけて声をかけるのは、ストレンジラブだ
ストレンジラブと仲のいい彼に、少しやきもちを焼いていたのかもしれない
少し、もったいなかったな
こんなに話しやすくていい人なら、もっと早く話してみればよかったかもしれない

「ごめん、意識してなかったんだけど…」

「いや、気にしてないって。博士と仲いい俺にやきもちやいてるんだろ?」

「ち、違うよっ!」

「ほほ〜う、なら俺が博士とどうこうなってもいいんだな?」

「そ、それは…」

「…ぷ、くくく…冗談だって、そんな深刻な顔するなよ」

にやにやと楽しげに笑うミラー君に、ようやくからかわれていたのだと気が付いた
むっとして軽く睨みつけてみるけど、ミラー君は特に機にしていないように笑い続ける

「…初めて知った、君結構意地悪いんだね」

「俺も、ヒューイがこんなに面白いとは思わなかったよ」

新たな発見に乾杯、とふざけた風に瓶を差し出してくるミラー君の笑みに、少しだけ複雑な感情が渦巻いたけど
けれどなぜだか悪い気はしなくて、持っていた瓶を軽く差し出されたそれにぶつける
ちんっと小さな音がして、互いに小さく笑って同時に瓶を傾けた


- 12 -


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -