花嫁を染める・1



「うぉっ」

「あ、すみませんボス!」

「いや、構わんが…緊急時以外は通路を走るな」

1時間ほど前から続く、もう何度目になるかわからないやり取りを繰り返し、はい!といい返事を返したにもかかわらず全速力で走り去っていく兵士を眺めながら、俺は盛大にため息を吐き出した
さっきから通路を歩いているだけなのに、やたらと兵士にぶつかりそうになる
何故か女ばかり、しかも不特定多数と

今日は、何か特別な行事でもあっただろうか?
いや、そんな話はカズから聞いていない
忙しいなら男女問わず走り回っているはずだが、何故か走り回っているのは女だけだ
わけがわからずに首を捻っていると

「スネークどいて!!」

今度はカズが、物凄い勢いで角から飛び出してきた
何故か、半裸に涙目で

「スネーク!ミラーさん捕まえて!!」

それから一拍遅れて、今度は必死の形相のセシールが飛び出してきた
半裸、涙目、そしてセシールに必死の形相で追っかけまわされる
まさか、また女関連で揉め事を起こしたのかと、隣を通り過ぎようとしたカズの腕を取った

「ちょ、離せよ!」

「おいカズ、お前今度は何をやらかした?」

「俺悪くない!やらかされそうになってんの!!」

「…はぁ?」

だが、カズの様子がおかしい
普段から都合が悪いことは誤魔化そうとする悪い癖があるが、今にも零れおちそうなほど目に涙を溜めるカズの顔はどこか絶望すらしているように見える

「ふふふ…追いついたわよ…」

頭の中を疑問符で埋めつくしていると、少し息を荒くしたセシールがゆっくりと俺達に歩み寄ってきた
その声にカズは小さく声をあげ、ぎゅうっと俺の服を掴んでセシールに恐る恐る視線をやる
まるでこの世の終わりといわんばかりの表情で自分を見るカズを前に、さぁ追い詰めたといわんばかりの、たとえるなら獲物を前にした獣のような笑みを浮かべ

「みんなー!ミラーさん捕まえたわよー!」

廊下中…いや、MSF中に響き渡るような大声でそう叫んだ
その瞬間…廊下の角という角からワラワラと女性兵士達が姿を現し、カズと俺を取り囲んだ
その数、ざっと20人
前後の流れを考えれば、おそらくカズを探していたのだろうが…MSF全体の女性のほぼ半数がカズ(と俺)を取り囲むという異様な光景

「さぁ副指令、観念してくださいね?」

「安心してください、ちゃーんと可愛くしてあげますから」

「大丈夫、安心して私たちに全て任せてください」

「怖くないですよ?ちょっとの間目を閉じていればすぐ終わりますからね?」

しかも、取り囲む奴ら全員が満面の笑みを浮かべ、その口からは何かしら不穏な単語が飛び出している
何が何だかわからずにカズを見ると

「うぁ…あ、ぁ…」

俺の服を握り締め、絶望しきった表情のまま、まるで生まれたての小鹿のようにプルプル震えていた
普段なら絶対に見られない怯えきったカズの姿に、コイツ可愛いなぁと半ば現実逃避じみたことを考えていると

「ボス、ミラーさんを確保してくださってありがとうございました!」

にっこりと、実戦部隊でもかなりの腕利きの女性兵士がいっそすがすがしいとも思える笑みを浮かべて俺に敬礼をし

「はいミラーさん、お部屋へ戻りましょうねー」

まるで幼児に語りかけるように優しい声でそう言いながら、まるで正反対な強引な手つきで俺からカズを引っぺがし、それを合図に他の実戦部隊所属の奴ら数人がカズを取り囲み、一瞬で手足を縛り上げると、カズの体を担ぎ上げた

「い、いやだぁぁぁ!助けてスネークぅぅぅぅ!!!」

囲まれて固まっていたカズもようやく我に返ったのか、何とも情けない声を上げながら必死で暴れだしたが、さすがに手足を縛られた状態で女とはいえ腕利きの実戦部隊数人に抱え上げられていては脱出できないらしい

「ボス、ご迷惑をおかけしました!」

「あ…あぁ…」

「いやだぁぁぁぁぁ!!!」

「もうミラーさんったら、男らしくないわよ!」

そして、何が何だかわからない状況のまま、まるで生贄か何かのように担ぎ上げられたカズと、それをと取り囲んだ女性陣は廊下の角に消えていった

「…なんだったんだ?」

まるで嵐のような出来事に、俺はただ呆然とその背中を見送り…誰にでもなく呟いた



その原因がわかったのは、それから数時間…正確には日もとっぷりと暮れた頃
あれ以来カズの姿を一切見ないから心配になって、書類を口実にカズの部屋を訪れると

「おいカズ、書類…を……?」

カズは、疲れ果てているのか、ソファーに項垂れて座っていた
たとえるなら、真っ白な灰になって燃え尽きていた

何故か、ウエディングドレス姿で

「…あぁ、ボスか…どうした?」

いや、お前がどうした
虚ろな瞳のまま俺に口の端だけを上げて笑うカズに、そんな言葉が舌の先まででかかったがどうにか飲み込み
だが、何を聞いたらいいか、何から離してもらうべきか判断に迷い

「…お前、それどうした?」

結局、飲み込んだはずの言葉を口にした

虚ろに笑うカズの話を総合すると
事の始まりは、数ヶ月前に行われた結婚式にあるらしい
MSFは稼業上男が多いが、女がいないわけじゃない
ほぼ300人にる隊員のうち、1割から2割は女だ
いつ死ぬかわからないという戦場の中だ、当然色恋沙汰も生まれやすいし、目の前の花嫁姿の副指令とは違って真剣な交際をしているやつも多数いる
だが、俺達は何にも縛られず、闘いの中でしか生きられない奴が、自分のために戦うという信念を持ってここにいる
当然国家には属していないし、結婚という制度もこのMSFにはない
だが、それでもやはり女というものは結婚式に憧れるものらしい
綺麗なドレスを着て、愛しい恋人と結婚式がしてみたいという呟きを聞いたのが、目の前の花嫁姿のお祭り男

『結婚式?いいじゃないか!ここも小さいとはいえ国みたいなもんだしな』

その一言で、毎月に行われる誕生会を急遽結婚式に変更
元服職人だったという諜報班所属の女性がドレスを作り、それっぽい装飾品を仕入れ、糧食班がそれっぽい料理を作り、それっぽい飾りつけをして結婚式となった
まぁ最終的にはいつもの飲み会と化していたが、それでも幸せそうに微笑む2人は微笑ましかった
牧師の真似事をさせられたのはいただけなかったが…俺達らしくて言い式だったと思うし、プロデュースしたカズも満足そうだった

問題は、その後
布の仕入れ等は普段の仕入れの合間にやったのだが、基本的にここはドレスなんて無縁な野郎どもの集まりだ
祝い事だからと珍しくカズが金に糸目を付けなかったのも関係してか、足りないよりはいいだろうと、布を仕入れすぎて大量に余ってしまったというのだ
普通なら、次の結婚式を挙げたい女のために残しておくのが筋だが、博士がなにやら悪巧みを考え付いたらしく

『どうせだ、もう一着作ってみないか?…男性向けのサイズでな』

そんな、何の目的があるのかすらよくわからないことを言い出した
それに便乗したのが、カズと同じく楽しいことが大好きなセシール

『ねぇ、どうせならミラーさんに着てもらわない?』

その提案に、女性陣が満場一致で賛成したというのだ
密かにカズの服のサイズを調べ上げ、密かに縫い上げ
そして今日、いきなり呼び出されたと思ったら集団で服を剥かれそうになったらしい
どうにか逃げ出したところに俺と出くわし、捕獲され、剥かれ、磨かれ、着せられ、飾り立てられ、挙句の果てに写真まで撮られ

そして、ついさっきようやく開放されたらしい

「…スネーク、俺…もうお婿にいけない…」

何をされたのか、自虐的な笑みを浮かべながらぼんやりとそう呟くカズに、もうどこから突っ込んだらいいかよくわからない
顔立ちはいいが立派な野郎であるカズにどうしてドレスなんか着せたがったのか、そもそも何故野郎サイズのウエディングドレスを作ろうとしたのか、色々問いただしたいところはあったが
とりあえず、その対象が俺でなかったことに密かに息を吐いた

「笑えよ…こんなごつい男にドレス着せて何が楽しいんだ…」

半分泣きそうになっているカズには悪いが、すらりとしたシルエットのドレスはあまりレースなどは付いていないが上品で、カズによく似合っている
頭の上にはキラキラとした銀のティアラが乗っていて、曖昧に笑う顔をレースで出来たヴェールが覆っている
首元には繊細なデザインの金色のネックレス、そして同じデザインのイヤリングが耳元で揺れている
よく見るとほんのりとだが化粧も施されているし、白いヒールを履いている

恋人のよく目もあると思うが、とてもよく似合っている

「いいじゃないか、似合ってるぞ?」

「お世辞とかいらない、っていうか笑ってくれた方が気が楽なんだけど?」

当然だが、カズはこの格好がよほど不服らしく、不満げに唇を尖らせて俺を睨みつける
その瞳も、白いヴェール越しでは迫力などなく、可愛らしいだけだ

「お世辞じゃない、似合ってる」

「うっさいバカスネーク。というか、別にアンタのために着たわけじゃない」

ぷいっと完全に不貞腐れてしまったカズの何気ない一言が、じわりと胸に刺さる
そう、カズは別に俺のためにこんな格好をしているわけじゃない
俺のために着たのではないドレス
俺のために飾られたわけじゃない花嫁
何もかもが、俺のためではない
そう、まるで愛しいカズが俺ではない誰かと結婚式を挙げるかのようで…
その瞬間、腹が焦げ付くかと思うほどのどす黒い感情が湧き上がり

「カズ…」

同時に、酷く欲情した

欲情に突き動かされるままに白い手袋に覆われた手を取り、顔を隠すヴェールをそっと持ち上げ
グロスを塗っているのか誘うようにつやつやと光る、俺のために輝くわけではない唇へと噛みつく
カズの口から驚いたような声が上がるが、それを無視して舌をねじ込み、酸素を根こそぎ奪い取るほど深いキスを仕掛ける

カズが、俺ではない誰かの花嫁になる
そう考えるだけで、灼熱の炎にも似た嫉妬が胸を焦がし、このまま攫ってしまいたいような衝動に駆られる
だが同時に、俺のものではないカズというシチュエーションに酷く興奮している
本来ならば、永遠の愛を誓う相手のために彩られた唇
それを俺が奪っているという、甘い背徳感と優越感
染めてしまいたい、俺ではない誰かの色に染まるという意味の白を
汚してしまいたい、俺ではない誰かのために飾られた花嫁を

カズがこれから誰かの花嫁になるわけでもないし、第一男だ。結婚するとしても、ドレスは着ないだろう
ドレスは着せられただけ、おもちゃ扱いに等しい理由で飾り立てられた花嫁の恋人は、間違いなく俺だ
わかっているからこその余裕が、欲情を加速させる
他者と結婚するために美しく整えられた愛しい花嫁を、直前に汚す
趣向としては、悪くない

「なぁカズ…その格好は、誰のためだ?」

ぐったりと力が抜け、弱弱しく縋るように抵抗を繰り返すカズから唇を離し、化粧が落ちないようにゆっくりと顎のラインを撫でる
酸欠からか、とろんとした瞳が不思議そうに俺を映す
カズの瞳に映る俺は、随分と悪い顔で笑っている

「俺のために着たわけじゃないんだろう?」

その笑みを崩さないまま、痕を残さない程度に首筋に吸い付けば、グロスの取れかけた唇から小さく声が上がり、その場所に俺の唇についたグロスが淡く残る
それを汚した証のように塗りこめながら、カズを見上げる
まだよくわかってないのか、その瞳が戸惑いに揺れている

「…怒って、る?」

小さく不安に震える声が、心地よい
小さく首を振って、ちょっとした趣向だと告げれば、まだわからないらしいカズの目が不安と緊張で一杯になる

「なぁ…これは誰のための、ウエディングドレスだ…?」

堪えきれずに小さく吹き出し、舌先でイヤリングを転がすように舐める
するとようやく俺の言葉の意図に気付いたのか、カズの瞳が甘く潤んだ

「俺のためじゃないんだろう?カズ」

念を押すように耳元で囁くと、カズの頭が小さく上下に揺れた
その素直な反応に自然と口の端が上がっていくのを感じながら、もう一度グロスまみれの唇に噛み付いた





- 27 -


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -