蛇に会いに来た山猫・1



「カズ、ミッション完了だ。ヘリを寄越してくれ」

『了解、今から回収用のヘリを向かわせる…お疲れ、ボス』

任務を終え、回収地点まで戻ってくれば、カズがどこか安心したような声で労わりをくれる
その声にほんの僅かに緊張を解いて、フルトンの準備をする
もう5分もすれば、この上空にホーネットが操縦するヘリがやってくるだろう
だが、ここはまだ戦場だ
そんなことを考えながら、辺りに神経を張り巡らせていると

「さすがジョン、いいセンスだ」

不意に、俺しかいないこの場所に第三者の声が響く
反射的に腰のソーコムを取り、声のした方に銃口を向ければ

「久しぶりだな、ジョン」

すぐ側の茂みの中から、久しく会ってない友人が姿を現した




「ここが、俺達のマザーベースだ」

突然姿を現した俺に、ジョンは一瞬ポカンと口をあけたものの

『アダムスカ!久しぶりだな』

俺だとわかると、ぱぁっと表情を明るくして俺の方へ駆け寄ってきた
その反応に気付かれないようにほっと息を吐き、俺も彼の方へと足を進めた
ジョンに会ったのは、あの日以来だ
もしかしたら拒絶されるかも、と密かに恐れていたのだが…ジョンは以前のように親しく声をかけてくれた
そのことが、嬉しくて、嫌われていないことに安堵した

『どうした、こんなところで』

『いや、少しな。話がしたいんだがいいか?』

『俺は構わないが…』

俺の急な申し出にジョンは少し考え込むような仕草をし

『カズ、客人だ。茶の用意をして待っていてくれ』

そう、無線機に向かって言葉を発したとほぼ同時にヘリの爆音が空気を揺らした

『せっかくだ、俺達のマザーベースに案内する』

その爆音の中でも、ジョンの声ははっきりと聞こえた

「…凄いな」

ジョンと共に降り立ったマザーベース…ヘックスタイプのプラントは、確かに見事としか言いようがない出来だ
ヘリポートには戦闘用のものや、おそらく捕虜回収用のヘリが所狭しと並んでいる
海上に目をやれば、物資運搬用の船に混じって戦闘艦もちらほらと見える
そして隣のプラントは生活棟なのか、くつろいでいる兵士達の姿もちらほらと見える
あれが非番の兵士の一部だとすれば、ここには随分とたくさんの兵士達がいるのだろうと簡単に予想できる
すでに一国家の軍隊と言っていいほどの規模

確かに、この組織にはゼロが金銭的にかなりの援助をしている
だが、それを差し引いてもこの短期間でこの規模まで成長させるのは、並大抵のことではない
ジョンは、確かに軍事方面には精通している
だが、こういった組織管理、特に経営の面において秀でているかと言えば、決してそうではない

「よう、お帰りボス!」

そんなことを考えていると、不意に爆音に混じってよく響く男の声が聞こえてきた
その方向へ視線をやれば、金髪にサングラスをした、おそらく俺と大して年が変わらないであろう男がこちらへ歩いてきていた
後ろに兵士を従えて笑みを浮かべるこの男を、俺は一方的に知っている

「あぁ、ただいまカズ」

ジョンもその男に気付いたのだろう、ふっと表情を和らげてその男に向かって笑いかけた

「客人ってのは、そいつか?」

「あぁ。、アダムスカ、俺の古い友人だ。アダムスカ、こいつはここの副指令をやっているカズだ」

「初めまして、アダムスカだ」

「初めまして、カズヒラ・ミラーだ。よろしく」

知っているよ、お前のことはゼロから聞いている
喉まででかかった言葉を飲み込んで、にこりと笑みを浮かべる男…ミラーの手を取って笑って見せた

カズヒラ・ミラー
ゼロが選んだ、ジョンの監視役
どこで知り合ったかは知らないが、ゼロが随分と評価していた
ビジネスとして付き合いの出来る、頭がよく物分りのいい男だと
この組織をここまで成長させたのも、おそらくはこの男の手腕なのだろう

「客間を用意して置いた、そこでゆっくり話せばいい」

「すまんな、急に」

「いいって、俺とアンタの仲じゃないか」

だが、俺はこの男が気に食わない
ジョンと親しげに話す男に食って掛かりたくなるのを堪え

「ジョン」

「あぁ、すまん」

声をかければ、ジョンは俺のほうを見て少しだけ眉を下げた
その瞬間、サングラスの向こう側の瞳が面白くなさげに歪められた気がした

「すまないなジョン、任務帰りで疲れているのに」

「いや、構わんさ」

通された部屋は、傭兵集団というには似つかわしくないほど小奇麗なで、おそらくあの男が用意したであろうコーヒーとサンドイッチが用意されていた
普通は菓子なのだろうが、任務帰りの彼を気遣ったのだろう
実際品のいい皿に載せられたそれに、ジョンはあからさまに目を輝かせた
食い意地がはっているところも、変わっていないらしい

「で、話って何だ?」

ジョンは早速サンドイッチにかぶりつきながら、
俺も一度落ち着くために、コーヒーを口に含む
豆が上等なのか、それとも淹れた人間の腕の賜物か、いい香りがふわりと漂ってくるそれは、中々の味だ
その香りと味が、俺の心を落ち着けていく

「ジョン…戻ってこないか?」

コーヒーをテーブルに置いて、本題を切り出した
その瞬間、美味そうにサンドイッチを頬張っていたジョンの表情が一気に険しくなる
その表情に一瞬気圧されそうになるが、ぐっと腹に力を入れてジョンを真っ直ぐに見つめる

「あの双子のことは、ジョンが怒っても仕方ないと思う。だが、帰ってこないか?」

「…それは、ゼロの命令で言っているのか?」

ごくり、とサンドイッチをコーヒーで流し込んだジョンが、ゆっくりと口を開く
そのプレッシャーに、自然と息が詰まりそうになる

「…いいや、俺個人の判断だ」

1つでも嘘が混じれば、ジョンは二度と俺を信用しない
直感的にそう感じ、正直に自分の感情を口にする
ジョンとゼロが袂を別つ直接のきっかけは、あの双子だ
だがそれ以前から、ジョンとゼロの間でズレが生じ始めていたのは知っていた
ゼロのたくさんの嘘が、ジョンの信頼を奪っていった

「ゼロは関係ない、あくまで俺個人がジョンに戻ってきて欲しいだけだ」

だからこそ、ゼロがジョンに正直に全てを話せば、互いにもっと話し合えば互いの溝は埋められると思っている
意識の統一された内なる世界こそ、彼女の意思である
俺は彼女をよく知らないが、彼女をよく知るゼロがそう考えるのなら、それも1つの見解なのだろう
だが同じくらい彼女を知るジョンがそれは違うというのなら、それもまた1つの見解だ

2つの見解を持つ人間が話し合えば、より彼女の意思に近づけるのではないか
俺は、そう思っている

「ゼロも、ジョンに戻って欲しがっている」

それに、ゼロも内心ではジョンに戻って欲しいと願っている
そのために、ジョンの監視役と称してあの男を引き入れたのだろう
自分のビジネスのためなら、相棒であるはずのジョンを売り渡す最低の男に

「ここにいるより、戻った方がいいに決まっている」

アイツはジョンを利用し、食い物にしている
相棒として親しげに接しながら、その裏で舌を出しジョンを嘲笑う
そんな男が、ジョンの相棒でいいはずがない
ろくに戦場も知らないあんな男に、ジョンが食い物にされていいはずがない

ジョンは、そんな安い男でもちっぽけな存在でもないのだから

「あんな男に…!」

「…アダムスカ」

ヒートアップしかけた俺を、ジョンの低い声が制する
その表情は驚くほど真剣で、出掛かっていた言葉が思わず引っ込んだ

「俺は、ゼロの元へ戻るつもりはない」

「どうして!?」

「悪いが、俺はゼロの思想には賛同できない…それに、俺にはこのMSFがある。ここは俺達の唯一無二の家だ、離れるつもりはない」

そういってすぅっと目を細めたジョンの表情は、まるで何か愛おしいものを思い出しているようで
俺達、という単語がMSFで生きる者たち、何よりあの男を指しているように聞こえた

「…どうしても、か?」

「あぁ、お前の気持ちはありがたいが…俺達はここで生きる」

そうきっぱりと言い放つジョンの瞳には、迷いなど欠片もなくて
本気でここを離れるつもりがないことが、イヤというほど伝わってきた

「…そうか」

それほどまでに、この組織に愛着があるのか
それとも、それほどまでにゼロの思想を嫌悪しているのか
どっちにしろ、俺の言葉ではジョンは戻ってこない

「…そうしょげた顔をするな。久しぶりに会ったんだ、飯でも食っていけ。カズに用意させる」

沈んだのが伝わったのか、ジョンはどこか困ったような顔で笑いながら身を乗り出し、俺の頭に触れた
ぽんぽんと頭をなでる大きな手は、俺が憧れたあの日のままで
同時に、あの日と変わらずに子ども扱いされていることがもどかしくて

「あの男…副指令なんだろう?食事まで作るのか?」

「あぁ、アイツは何でもやるが、特に飯は最高に美味い」

言葉の節々からあの男…ミラーに対する信頼が滲み出ていて

「そうか…それは、楽しみだ」

酷い苛立ちを抱えたまま、屈託のない笑みを浮かべるジョンに笑いかけた






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