お仕置きと後悔とお怒りと・1



「…カズ、すまなかった」

すっかり熟睡しきっているカズの体を清め、そう耳元で囁いてから俺は部屋を出た
起きるには少し早いが、少し早く目が覚めてしまったといってもおかしくない時間だ
これくらいの時間なら、うろついていても不審に思われないだろう

「ボス、おはようございます!」

「今朝は早いんですね!」

予想通り、兵士達も俺がいることに驚いてはいるようだが、さほど不審には思われていないようだ

「あぁ、少し早く目が覚めてな」

声をかけてくれた兵士達に返事を返しながらも、俺はカズのことが気になって仕方なかった
一応一通りの事はして出たが、カズが目を覚ましたらどう思うだろうか
昨夜は謝らなくてもいいといっていたが、カズも混乱していたようだった
目を覚まして冷静になったカズは、一体どんな反応をするのだろうか
キルハウスにいる間も、朝飯を食っている間も
そのことが、気になってしかたなかった

「よ、おはよスネーク」

昼過ぎに現れたカズは、意外にも向こうから話し掛けてきた
まるで、昨日のことなどまるで覚えていないように

「あ、あぁ…おはよう」

「あ、おはようって言うには、ちょっと遅いか。いやぁ、ちょっと寝坊しちゃってさぁ」

あんな酷いことをしたのだ、怒るなり避けられるなり、そういったリアクションは覚悟していたが…逆に普通に接されても、どう返していいかわからない
だが、困惑する俺の側で、カズはいつもどおりに…むしろ機嫌が良さそうに俺に話しかける
もしかしたら、カズはあのことをなかったことにしたいのかもしれない
俺達は、この組織の指令と副指令だ
万が一俺達が不仲だという噂でもたったら、そこから組織が崩れる原因にもなりかねない

「おいおい、だらしないな。副指令ともあろうものが」

「うるさいなぁ、俺だってたまには寝坊するっての」

そう思い、俺も出来る限り普通に接するように心がけた

「あ〜…疲れた」

そうして、互いにまるであの夜の事がなかったように接するようになって2週間
俺は終わりの見えない書類の山を眺めながら、小さくため息をついた
数日仕事をサボれば、そのぶん書類は溜まる
わかってはいるが、どうにも書類整理というのはやる気が出ない
MSFを立ち上げるまでは、報告書ぐらいは書いたことがあってもこんな本格的な書類を書いたことがなかったからなおさらだ

『ボス、いい加減書類を片付けてくれないか?そろそろサインをしてもらわないと俺達皆食いっぱぐれることになるんだが?』

今日もカズに物凄い笑顔でそう迫られて、渋々と書類にサインをしているが、その書類のほとんどがもうサインをすればいいだけの書類
カズが出来るだけ俺の負担が少ないように気遣って纏めてくれているのはわかるが、これならもう全部カズに権限を譲って、俺は実戦専門になった方がいいんじゃないか?
そのほうが早いし効率的に違いない
そう、カズが聞いたら嫌味と説教と皮肉をたっぷり1時間は聞かされそうなことを考えながら書類を書いていると、ぐぅと腹の虫が音を上げた

「…腹減ったな」

そういえば、まだ昼飯を食っていない
気分転換もかねて、昼飯を食いにいくか
そう思い、ペンを机に投げ出して立ち上がり、食堂へと足を運ぶと

「…カズ?」

ちょうど昼飯を食い終わったところなのだろう
カズとマングースが、真剣な顔で何かを話しながら食堂から出てきた
声をかけようと口を開いた瞬間、カズが不意に俺のほうへと視線を向けた

「お、スネーク!今から昼飯か?」

視線がかち合った瞬間、カズはふわりと表情を緩めてこちらに歩み寄ってきた
何となく、2週間前のやり取りを思い出す
あの時も、食堂から出てきたカズと鉢合わせた

「あぁ、腹が減ってな」

「ちゃんと真面目に仕事してるんだろうな?」

「やってるさ、息抜きついでに飯を食いにきたんだ」

「ホントに?息抜きばっかじゃないだろうな?」

「俺だって真面目に仕事をするときはする」

ただ、あの日とは違うことが1つ

「それじゃスネーク、サボらずに仕事しろよ〜」

カズが、俺に触れようとしなくなった
普通に話しかけてくるし、一緒に飯を食ったりはするが、あの奇行とも呼べるセクハラの類が一切なくなった
今も俺に触れることなく、適当に雑談を切り上げてマングースの元へ戻っていってしまった
にこりと笑って俺に会釈するマングースに軽く片手を上げて見せ…自然とため息が漏れた

自分でもどうしてため息が漏れるのか、よくわからない
2週間前は、カズの過剰なセクハラに疲弊していた
カズなりのコミュニケーションだと理解していても、もう少しマトモなコミュニケーションは取れないのかと思っていた
その頃の状況から比べれば、今の状況はまさに理想といってもいいはずだ
むやみにセクハラもしてこないし、カズからのコミュニケーションも健全そのものだ
これをずっと望んでいたはずなのに
遠慮なく触れてくる時の、あの満面の笑みが見たいと思ってしまう
触れ合ったときのあの体温を思い出しては、何となく寂しいような気分になる
今の平和そのものなカズとの関係が、何となく物足りなく感じてしまう

多分、俺も俺なりにあのコミュニケーションを楽しんでいた
ああ見えて、カズは結構な人見知りだ
誰にでも親しく接するように見えて、心を開いてもらうのには随分と時間がかかった
そんなカズからの過剰とも言えるコミュニケーションが、鬱陶しい反面嬉しかったのかもしれない
この物足りなさも、少し距離が出来てしまったように感じているからだろう

「…そのうち、慣れるだろ」

あの過剰なセクハラに慣れてしまったように、この距離感にもそのうち慣れるだろう
あのセクハラが異常だっただけで、今が普通なのだ
そのうち、この普通にも慣れて気にならなくなる

「そのうち、慣れるさ」

誰にでもなく、そう呟いて
俺は当初の目的であった昼飯を食うため、食堂へと足を踏み入れた


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