親しい者なら?・1



「…何か用?俺今日オフなんだけど」

「いや、別に…単なる暇つぶしだ」

「なら他所行けよ、射撃場かキルハウスで訓練してくれば?」

「どちらも今は兵士達が使っている」

「混ざって来いよ、ボス直々に訓練つけてやれば?」

「それが面倒だからここにいる。邪魔するぞ」

そんなやり取りをしたのが、今から30分ほど前
別に用もないのにいまだに俺の部屋に居座り続けるスネークを、俺はイライラとした気分でチラリと見やる
スネークは何をするでもなく、ただボーっと葉巻をふかしている
葉巻くらい自分の部屋で吸えよ、と喉まででかかった言葉を飲み込むために、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に含んだ
普段なら、スネークが突然こうして俺の貴重なオフを邪魔するくらいじゃここまでイラついたりしない
というか、もう慣れたし
だが、今日は別だ
ここ数日、俺は物凄くイライラしているのだ

スネークにサウナで散々怒られたあの事件以来、俺はそれなりに気をつけていた
体だけだと割り切ってくれる女の相手だけをするようにしていたし、変な期待を持たせないように不必要な優しさや甘い言葉をかけないようにしていた
だが、それでも問題が起きた
スネークに怒られる以前に相手にしていた女…俺の恋人気取りだった女が、今の相手に派手に突っかかったのだ
彼女も最初は流していたようだが、あまりのしつこさにとうとうキレて、派手なケンカになったのは2週間ほど前のことだ

このケンカで、ついにスネークから
ほとぼりが冷めるまで女に一切手を出すな
ときつく言いつけられた

俺としても、こう短期間で二度も大問題を起こした手前、一応副指令として当分は自重しなければならないのはわかっている
だが、溜まるものは溜まる
自分で処理したり訓練などで発散してはいるが、やはり女を抱きたいと思うのは男として自然の摂理だ
しかも、こんな状況でもモーションをかけてくる女も結構いる
そのたびに、押し付けられるふくよかな胸やいい匂いの誘惑を振り切って断るのは、物凄く疲れる
その後自分で処理したときの虚しさは、もう言葉では言い表せない
そんなことがここ数日立て続けにあり、さすがの俺もイライラしてきている
どうして向こうから誘ってくれてんのに断って、自分で抜かなきゃならない!?
いいじゃないか、向こうが抱いてくれって言ってんだからさぁ!
これで乗ったって俺悪くないじゃんか!!

そうしてイライラしているところに、たとえ自分が今まで好き勝手してきたツケだとはわかっちゃいるが!女禁止を言いつけやがった張本人のスネークが、こうして俺の休日を邪魔しつつ部屋でのんびりしていては、イライラは最高潮に達する
苛立ちに任せるままに、飲んでいたコーヒーのカップを机に叩きつければ、さすがに俺がイライラとしていることに気づいたのか、スネークは葉巻を消して

「機嫌悪いな、何かあったか」

そう、のほほんとした顔で俺の顔を覗き込んできた

いや最初から俺機嫌悪かっただろうが気付いてなかったのかよ
そんな思いを乗せてスネークを軽く睨むが、睨まれている本人に一切堪えている様子はない

「別に」

「どうした、溜まってるのか?それでそんなにイライラしてるのか?」

さらにつっけんどんにそう返した俺に、スネークはわかった!とでも言いたげに口の端をあげて、どこか得意げにそう言い放った
いくら男同士とはいえ、もうちょっとオブラートに包めよバカ
というか、何でそんなに得意げなんだコイツは
スネークが天然なのは今に始まったことじゃないが、いつもは呆れるくらいですむ言動がストレスのせいでいちいち癇に障る

「わかってるなら、出て行ってくれないか?」

「すまん、もしかして抜くところだったか?」

「…もうそれでいいから出てってくれ」

いつもなら脱力程度ですむ微妙なすれ違いの会話も、今はひたすらに疲れるしイライラする
もうなんでイライラしてるのか、わかんなくなるくらいイライラしてきた
もう本当に出てってもらおう、これ以上スネークと同じ空間にいたらイライラしすぎて胃に穴が開く
そう決意して口を開いた瞬間

「なら、抜いてやろうか?」

スネークが、とんでもない上にわけのわからないことを言い出した
…スネークなりのギャグか何かか?
この状況ではひたすらに笑えない上にとんでもなく悪趣味だけど
だがスネークの顔はマジだし、ネタばらしをする気配もない
あれ?もしかして本気?
いやいや、俺の知っているスネークは生粋の女好きだ、そうとうのムッツリだ
え、いやでも…あれぇ?

「…はぁ?」

ぐるぐるといろんなことが頭を駆け巡り、言いたいことは山ほどあったけど
口から出てきたのは、物凄くマヌケな声だった
だが、それで何となく察したのかスネークはきょとんとした顔で

「やらないか?溜まったとき親しいもの同士で抜きあうの」

と、不思議そうにのたまった

普通やらねぇよバカ、といいかけてふと思い出す
スネークの生い立ちは、俺なんかよりずっと複雑だ
ザ・ボスに弟子入りするまでの経緯は知らないが…それでも、僅か15歳で当時から名を馳せていた彼女に弟子入りしたのだ
それ以前の生活も、おそらくあまりまともなものではないと想像はつく
それを象徴するかのように、スネークは変なところに疎かったりする
世界情勢にも詳しく、戦闘知識だけではなく歴史や地理などの知識もかなり深い
だが逆に誰でも知っているようなことを知らなかったり、いまだにサンタクロースを信じていたりする
つまり、普通に生きていたら自然と知るであろう常識を、知らないことが多々ある
俺の生い立ちもまぁまともなものとは言いがたいが、それでもサンタクロースがいないことくらい知っているし、世間一般的な常識は身についているつもりだ

「…それが、アンタの普通なのか?」

「…?お前は違うのか?」

一応尋ねてみても、スネークは何がおかしいのか全くわかっていないような顔をしている
よく考えれば、15歳という年齢で身近な女性は師匠だけという男所帯に放り込まれれば、それが普通になってもおかしくない
年齢の低いものは性欲の対象になりやすいし、15歳といえば性欲旺盛な時期だ
よくわからずに兵士達から密かにそういう遊びを教えられ、それが普通だと思っていてもおかしくはない

「いや…まぁ…」

「抜きあうか?溜まってイライラしてるんだろう?」

「いや…別に…」

だが、ソレを俺がやるかどうかはまた別問題だ
俺の常識に、親しいもの同士で抜きあうという文化は存在しない
それにどうせ抜いてもらうんなら、可愛い女の子のほうがいいに決まってる
何が悲しくて自分より12も年上の、ごっつい強面のオッサンと抜きあわなきゃいけないんだ?

「…そうか」

だが返事を濁した俺に、スネークは何を思ったのか肩を落として項垂れる
完璧に、何かに落ち込んでいる

「…何でそんなに落ち込むんだよ」

あまりの落ち込みっぷりに、ついそう尋ねれば
スネークはこちらをチラリと見て

「いや…俺はお前に信頼されていないんだと思ってな…」

沈んだ声で、本当にわけのわからないことを言い出した

「………はぁ!?」

何をどうしたらそんな判断に行き着くのか、全くわからない
スネークの思考回路は時々意味不明だが、これほど意味がわからないのは初めてだ

「待ってくれ、何をどうしたらそうなるんだ!?」

「抜きあうのは、互いに親しく信頼しあった、仲間と呼べる人間の間でするもんだ」

「……はぁ?」

「イライラするくらい溜まっているのに断るのは、お前が俺を仲間だと思っていないからだろう?」

その前提条件がすでに物凄く間違っているが、スネークの顔は大真面目だ
それが、スネークにとっての普通なんだろう
その普通に、頭を抱えたくなった

普通、という言葉は時折物凄く厄介だ
生まれや育ちが違えば、当然普通…常識も異なるが、それにすぐに気付ける人間はほとんどいない
自分の中でそれが当たり前になっていて、それと違うものが存在することすら思いつかないのが普通だ
俺も日本からアメリカに渡ったとき普通の違いでかなり苦労したし、ありとあらゆる人間が集まるこのMSFでも各々の普通が原因でたまに問題が起こる

「いや、スネーク…普通は…」

「?それが普通じゃないのか?」

一応説明しようにも、それが普通だと信じ込んでいるらしいスネークは、何がおかしいんだと言わんばかりに俺を見てくる

「カズ…イヤなら、イヤとはっきり言え」

「あのさぁ…」

「わけのわからん言い訳なんぞしなくても…俺は別に構わん」

さらにイヤなら言えと言われても、断る=俺がスネークを信頼していないという図式を提示されているこの状況でそんなこと言えるわけがない
オマケに、普通を説明しようとしているのを、どうにか言い逃れしようとしていると結論付けられる始末

「…あ〜も〜わかったよ!付き合ってくれ!!」

もう諦めて、半ばヤケクソでそう叫んだ
この状況で、すでにこれだ
このすでに40歳近いオッサンのこの間違った普通を矯正させるのに、どれほど手間と暇と時間がかかるか
考えただけで、頭が痛くなる
その間に生じる俺らの仲に入る亀裂やらなんやら考えれば、俺が付き合ってやったほうがはるかに労力が少ない
1回付き合ってやって、後は適当にのらりくらり逃げてしまえばいい
そのうち女も解禁になるだろうし

「別に、無理しなくていいんだぞ?」

「無理してない、あれだちょっと恥ずかしかったんだよ」

「恥ずかしい?どうしてだ?」

「日本人は奥ゆかしい人種なの、すっごく親しいもの同士でもいきなり抜こうとか言われると恥ずかしいんだよ」

投げやりにそう言えば、スネークの顔がみるみる明るくなっていく
その顔を見ていると、もうどうにでもなれと諦めとヤケクソが混ざり合ったような感情が頭を支配する

「そうか、日本人というのは恥ずかしがりやなんだな!」

「…うん、もうそれでいいよ」

もうこれでスネークが満足するならもうそれでいいよ
半ば虚ろになり始めた目で、俺はスネークのやたらと上機嫌な顔をただぼんやりと眺めていた


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