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愛情表現が下手くそな彼女だった。単に好き、と言えばいいだけのことなのに、それさえ恥ずかしくて口に出せないのだ。でもそうやって心の中で葛藤しながらごくたまに言う彼女の「好き」が好きだった。
気を使いすぎる彼女だった。俺の身を案じて、迷惑になるといけないからと自らの寂しさも辛さも堪えて電話もメールも控えるような彼女だった。全部俺から発信しないといけなかった。そうしないと彼女は膨大な恥ずかしさと要らない謙虚さの所為で黙り込んでしまうから。


「一生に1人しか好きにならないって決めてるの。その1人と付き合って、結婚して、最期まで一緒。その人だけなの」


あたしはね。と、誰とも付き合ったことがない彼女は幼少期からの自分のルールを教えてくれた。多分、その1人に出会ってないからずっと1人なんだろうけど、頑固なヤツだと思った。確かに彼女は言ったことは大体曲げないし発言の趣旨を変えることをとても嫌がった。だから、彼女が生涯1人しか愛さないと言ったら何がなんでもそうなのだろう。だから、そう。だから俺は彼女の生涯たった1人の人、だった。
俺は幸せだった。とても幸せだった。彼女に会う度、話す度、触れる度、幸せが溢れた。告白したのは俺の方。前々から1人だと決めていると聞いていたからどうしようかと思ったけど、それでも彼女が俺に決めてくれたことも全部喜びになった。何もかも嬉しかった。俺は彼女を愛していた。彼女の幸せを1番に願っていた。
お互い忙しい日々が続いて簡単に会えなくなっても俺は彼女を思えば幸せだった。やっぱり身を案じてなのか、彼女から連絡が来ることは少なかった。でも俺がメールしたりすると、大体は待ってましたとでも言うようにすぐに嬉しそうな返信がくる。電話もたまにすると彼女は幸せそうに笑ってくれた。好きだよ、と伝えると、大体は「うん、知ってる」と返ってきた。その度に俺は幸せだった。
でも彼女は愛してる、とは言わなかった。


「俺のだから、お前」


耐えられなくて確かめるように抱きしめて言ったことがある。束縛とかそういうの嫌いだろうかとも思ったし案外ドライなところがある彼女だから嫌な顔をするかと思ったけど、「知ってるってば」と少し嬉しそうだったのを覚えている。強く抱き合ってキスをして、確かにここに、1番近くに居ることを確かめて、彼女が幸せであることが俺の幸せで、俺の幸せが彼女の幸せだと。それが正しく愛せていることだと思って。
1人で彼女のことを思う日が多くなったある時、記憶を振り返り俺はふと不安になった。本当に愛されているのか、と。そう思ったその日から俺は彼女のことを考える度にその思考に行き当たり、不安が一人歩きして倍増していくばかりだった。決して愛してるとは言わない彼女、「好き」の一言も躊躇う彼女。恥ずかしいだけなのかと思っていたけどもしかしたら本当は違うのかも。躊躇っているフリをして本当は思っていないのかも。俺が幸せを押し付けているだけなのかも、なんてそんなこと。気づけばそんなことばかり考えるようになった。
別れを告げたのも俺だった。自分でも勝手だと分かっていたけど、俺は不安なまま隣にいることに耐えられなくなってしまった。確かに幸せだった、だからずっと先延ばしにして気づかないフリをして曖昧なまま、彼女の隣を離れたくなかった。でもふと、思ってしまったのだ。
愛されているかと不安になってしまったことを解決出来ない時点で、この恋は正しく進まないと。彼女の最初で最後の恋を悲しみで終わらせてはいけない。誰より彼女に幸せになってほしいから、彼女の最愛であるはずの俺が彼女の未来を幸せにしてあげなければいけないから、俺はただの友達に戻ることを決意した。これで彼女が何もかも諦めて、他の人と付き合おうと改心しようがそれが正しいと思ったならそれでいい。
今死ぬわけでもないのに、いつの間にか 彼女の最初で最後であるはずだった俺の中で、彼女は俺の生涯最後の人になっていた。

ありがとう、と。それだけ。それだけだった。ぽつりと零れた彼女の言葉は液体ではないけど、涙に見えた。自惚れかしれないけど、辛そうに顔を強張らせているような彼女の表情。少し間をあけて口を開くが、その口からは空気が漏れるだけで、何かを言いかけたそぶりを見せながら
それでも彼女は愛してたと、言わなかった。














(それが僕らの美しい終わり方)
























130720
想いすぎてから回った純粋すぎる2人の話。
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テーマ「人外ファンタジー」
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