君がみえない | ナノ






「羊が1匹、羊が2匹」


彼は必ず、サッカーをする前にあたしを眠らせる。その甘い声で、麻酔の様に、催眠術の様に、何か大切なものを護る為の儀式の様に、あたしを夢へと誘うのだ。


「佐久間、…」

「ダメ。喋らない」


人差し指を口に当てながら、し、と分かりやすい仕種であたしを黙らせる佐久間。重くなった瞼から見えるのは、あたしを見つめる佐久間だけの見慣れた光景。


「羊が3匹」


真・帝国に来てからの佐久間は、あの怒りに狂った日が嘘のように、何も変わらなかった。寧ろ優しくなったかもしれない。よく話すし、よく笑う。あの割れた眼帯から見える強い視線からは想像も付かない程、彼の言動は優しかった。でもあたしは、逆にそれが怖く思えて仕方なくて。そう思い始めた頃から、彼はあたしを眠らせるようになった。練習の時も、試合の時も、あたしにはサッカーを見せないとでも言うように、尽くあたしを夢に追いやってから去っていくのだ。そしてあたしが目を覚ました頃に傷だらけで帰ってくる。


「…眠いか?名前」

(うん、眠いよ。凄く眠い)


彼の言葉を聞きながら、夢に引きずり込まれそうな思考の中で必死に答えるが、グータラになった口は動かない。もう彼の声が夢の中から聞こえるのか現実のものなのかさえ分からない。無意識に閉じられた目には闇が広がっているが、その中に彼の残像を見ながら、あたしは夢と現をさ迷っていた。


「さて、俺は行くから」

(やだ…さく、ま…)


今のあたしに立ち上がり彼を追う気力はもう無い。本能的にそれを諦めて、閉じた目で彼を追いながら見送ることしか出来ないまま頭の中で呟く。やだ佐久間、このまま眠ってしまったら、貴方はまた傷だらけになって帰ってくる。あたしがここで止めなければ、貴方はまた、苦しむ事になってしまう。必死になって止めるべきなのに、既に眠気と戦うことに必死のあたしの体は、思うように動いてくれない。闇の中で彼の姿を追っていると、扉が閉まる音がして、あたしの思考は彼の制止を完全に諦めた。嗚呼、佐久間はもう行ってしまったよ。もう扉の向こうだ。仕方ない、もう眠ってもいいじゃないの。


(…さくま、)


きっと今彼は信じられないくらい辛い気持ちでサッカーをしている。あたしを眠らせるのは、自分の苦痛を見せない為。夢に傾いたあたしにはそれに甘んじることしか出来ず、止めに走ることさえ出来ない。…まぁ、いいじゃないか。彼がそうさせるのだから、私は悪くない。
そんな思考を巡らせながらも、あたしは彼の名前をよく意味も理解せずに呼び続けていた。それはもう、使命の様に、彼に蝕まれていく様に。佐久間、さくま、さく、ま…
















(この瞼に阻まれるの)

























101114
シリーズ第1段(´д`)狂った様に乱暴な佐久間もいいけど、無駄に優しくなって変な病んでるくさい佐久間もぷまいかなとか。文章纏まらんくてよく分からんのぜ…
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テーマ「人外ファンタジー」
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