過去ログ | ナノ
「一郎太ー」
「…ん?名前か」
グラウンドの脇で手を振っている彼女を確認して歩み寄る。彼女がサッカー部の練習を見学しているのは珍しい事でもないから、他のメンバーも慣れたようで特に反応は無かった。
「休憩?」
「まぁな」
「大変そうだね」
「そうでもないさ」
そっか、と呟くように言った彼女の視線が動いて、ああ、またか。と小さく心の中でため息をついて俺はそれを追う。その先には円堂の姿。ボールを掴んで感触を確かめるように手を合わせていた。
「お前は本トに円堂が好きだな」
「なっ、そんなハッキリ言わないでよ恥ずかしい」
「今更」
複雑な顔をしながら頬を赤らめる名前。それでも彼女の視線は度々円堂に向いていた。そう彼女がサッカー部を見に来るのは俺の応援じゃなく、円堂に会うため。それだけなのだ。
「あっ、あのさ、一郎太」
「何だ?」
「お願いがあるんだけど」
これ、と渡されたのはオレンジ色のスポーツタオル。いつか彼女とスポーツ店に行った時に“円堂君みたいな色”とか言って彼女が衝動買いしたものだ。まだ新品のように綺麗で、よれたりもしていない。これがどうしたというのだろう。まさか俺に、なんて思考はどうせ裏切られるから期待はしない。きっとまた円堂にだろう。
「まだ新品だぞ?お前使うから買ったんじゃないのか」
「いや、なんか恥ずかしくて使えなくて…どうせなら円堂君にあげようかと」
「自分で渡せよ?」
「無理だよ」
俺に対しては絶対にない乙女な名前。全ては円堂に向けられているんだ。そんな事実が胸をチクチクと刺す。ましてや俺に渡せなんて、鈍過ぎる。と何年思ってきたんだか。自分でも嫌気がさす。
「お前、そんなんじゃ円堂絶対気付かないぞ」
「…別に、いいよ」
「敵も多いだろうし」
「いいんだって!円堂君の事好きな子、いっぱい居るの知ってるし あたしは」
――想えるだけでいい。
消えるような小さい声で彼女はそう告げた。これが乙女心というものなのか。やけに純粋に思えた。
(そんな事、俺も言えたらな…)
「ごめんね、こんな事頼めるの一郎太しかいなくて…」
「…気にするな、じゃあこれ円堂に渡しておくから」
「ありがとう」
彼女が少し羨ましい。
俺は彼女に俺を見てもらおうと必死だった。俺はもうずっと前から、彼女が円堂を好きになる前から彼女が好きで、この想いは誰よりも強いはずなのに。俺は誰よりも彼女に近い存在なのに、彼女は彼女が思う1番遠い存在に想いを寄せている。しかも、俺よりも遥かに純粋に。俺は円堂が羨ましい。
笑った彼女は“幼なじみ”としてしか俺を見ていないのだろう。それが何だかむず痒くて、そんな思いをしている自分に腹が立った。
「練習、がんばってね」
「ああ。ありがとう」
「じゃあね!」
さっきのように手を振りながら去っていく彼女の見送りながら、俺の心臓は潰れそうだった。はぁ、と溜め込んでいた空気を逃がすようにため息をつくと、思わずその場にしゃがんでいた。不意に手渡されたタオルを見る。円堂のヘアバンドと同じオレンジ色。ギリッ、と歯を食いしばりながら吐き出してしまいそうな想いに耐えながら、タオルを握り締めると、これを見付けた時の彼女の嬉しそうな顔が浮かんで反射で手を緩めた。
「想うだけ、か」
自分はそれを何年続けてきたのだろうか。そう考えると苦笑が漏れた。完全に見えなくなった彼女の姿を確認して、俺は立ち上がる。タイミングよく休憩終了のホイッスルが鳴って、チームメイトはぞろぞろとグラウンドに集まりだしていた。
「風丸ー!練習再開だぞー!」
「あぁ!今行く!」
円堂の呼び掛けに軽く答えながら、俺はベンチにタオルを投げる。ぱさりと乱れたまま引っ掛かったタオルを見てから、俺は何も無かったようにグラウンドに向かった。
巻き付いた恋心
(ギリギリと、締め付ける)
110105
匿名様リクで「キャラ視点で実らない話」でした。なんか、微妙になってしまった…久々風丸…ぷへ…
ていうかこれが今年初更新だわ うおあ