過去ログ | ナノ






そう時間は経っていないだろう。それなのに、もう長い時間過ぎた気がする。口をつぐむ彼女を見て、肯定なんだと理解した。
そう、彼女は人魚。海の中に住む、人ならざる者。


「…名前」

「………嫌いになった?」

「何をだよ?」

「あたしの事、嫌いになった?」

「なんでそうなる」


彼女の表情を見て、俺は焦りを抑えながら答える。それは彼女が“人魚だから”ではない。“悲しんでいる”からなのだ。多分名前は勘違いしているんだ。そう思った。


「名前、俺はお前が人魚だからって嫌いになったりしない」

「でも、」

「寧ろ羨ましいさ!ずっと海に居られるんだろ?幸せじゃねぇか!」

「…」


精一杯に励ます俺の言葉を聞いて、彼女は苦笑しながら俯いた。どうやら俺は間違ってしまったらしい。彼女が深刻に思っていることは他にあるんだろう。そうは理解出来るのに、俺にはそれ以上の打開策を思い付くことは出来なかった。


「…あたしさ、」

下を見て何も言えずままに波の音だけが聞こえている中に、小さい彼女の声が聞こえた。不意に彼女に視線を戻しても、彼女は変わらず俯いていた。


「ずっと見てたんだ、綱海くんがサーフィンしてるとこ。海からずっと」


記憶の中の彼女との会話がパズルのピースのように噛み合った。やっぱり。彼女はずっと見ていてくれたんだ。純粋に嬉しさが溢れてくるが、今の状況では彼女にこの気持ちを伝えられなかった。今だ深刻な顔をしている彼女をただ見守りながら耳を傾けるだけの俺。もどかしくて仕方なかった。


「サーフィンしてる時の綱海くん、凄いかっこよかった。見てるうちに、綱海くんが好きだって気付いた。でもあたしは海から出られないから、見てるだけで我慢しようとしてた」

「……」

「でも、欲張りになってあたしったら綱海くんに近付きたくて、条件付きで陸に上がれるようにしてもらったんだ。まぁどうせ完全に海から離れる事は出来ないんだけど」


パシャリ、と水が跳ねる音がして視線を送れば、彼女の足が海水を叩いていた。どうりで、だから彼女はいつも浜辺に居たのか。また脳内でピースがはまる。


「名前、俺…」

「ごめんね、いきなりこんな事言って…びっくりしたでしょ」

「そりゃ…びっくりはしたけど…」


動揺を隠しきれずに彼女を見れば、眉を下げて笑っていた。一安心。俺も冷静を取り戻して笑ってみせた。
気付けば日がもう横にあって、空が薄っすらとオレンジ掛かっている。少しだけ間を置いてから名前は口を開いた。


「そろそろ、帰らなきゃだよね」

「まぁ、な。お前もか?」

「……うん」

「俺、明日も来るから、お前も来いよ」

「……うん」

「…どうした?名前」


海の水がぱしゃり、と彼女の足に跳ね返る。名前はそれを見ながら曖昧な返事を返していた。何か言いたげだった。


「…あたし、もう綱海くんに会えないんだ」

「え…」


彼女の言葉に思わず声を漏らす。
何故。やっと本当のことが分かったのに。何故会えなくなる?
俺はあからさまに戸惑っていた。必死だった。彼女に会えなくなるという事実が嫌で、それをどうにか消し去ろうと、今までで1番頭を使ったのではないかと思うくらい一瞬でいろんな策を考えた。だがもう遅い。どんなにいい案を思いつこうが、彼女が“もう会えない”と口にしたのだから、全て意味はない。


「どういうことだよ?」

「そのままの意味」

「何でっ」

「…さっき、言ったでしょ」

「何を」

「陸に上がれるようにしてもらったの、条件付きで」

「……条件?」


きっとその条件は、俺と彼女が完全に会えなくなるようなものなのだろう。それとももっと辛いものなのか。嫌な予感が的中しそうで心が震える。俺の中で不安と焦りが渦巻いていた。
気にならなかった訳ではない、あえて無視していたのだ。俺達は人間と人魚、元々相容れない存在。そんな現実をバカの俺が遠ざけるには、そのくらいしか出来なかったから。
彼女が口を開く。聞こえてきたのは、初めて彼女と話した時の曲だった。あの時は明るい曲に聞こえたのに今日は何故だか凄く悲しく思える。それが彼女の表情の所為なのか、俺自身の所為なのかは分からない。だが、前と同じ曲な事だけは間違いなかった。


「名前…」

「綱海くん、お別れだよ」


微笑んで告げられる別れの言葉。彼女は立ち上がって俺を見る。気付けば沈みそうな程落ちた太陽の光が、消え入りそうな彼女をより演出していて、俺は不安になって彼女の腕を掴んだ。行かないで、そう心の底から願うものの、何故だか声が出なくて戸惑った。瞬間、唇に感じだやわらかい感触。焦点が合えば彼女の顔が目の前にあって、思わず目を見開いた。彼女は眉を下げてあからさまに辛さを隠しながら、笑っていた。








「…大好き、でした」










その声を追うような波の音。いつの間にか呆然と夢を見ている感覚に捕われていた俺が我に帰ると、そこには誰も居なかった。ただ広がるオレンジの海。いつもと変わらない波音だけが耳に響いてなんだかもどかしさを感じるが、そのもどかしさが何によるものなのか、もうその時の俺には分からなかった。



「あれ、俺ここで何してたんだろ…」



逃げ道の無い消失感だけが俺を包んでいた。





□■□





「綱海ー!」

「おお、円堂」


サーフィンを教えてくれと頼まれて、俺は円堂と海に来ていた。ただ広がる、一点の曇りもないガラスのような海。ゆらゆらと揺れる波は日の光を反射させてきらめいていた。


「…綱海?どうしたんだぼーっとして」

「ああ、いや、ちょっと昔の事思い出して」

「昔?」

「思い出したっつか、正確には思い出せないんだけどよ」


不意に思い出す歌がある。明るくて力強くて繊細で、か細い歌。その声の主が誰なのかは分からない。ただ頭の中に再生されるのは、いつも同じ声なのだ。
そんな話を笑われる覚悟で円堂に話してみると、円堂は大まじめに呟いた。


「それって、人魚じゃないのか?」

「人魚?」

「人魚って歌上手いんだろ?きっとそうだよ」

「人魚なんか見たことないぞ」

「そうなのか?」


じゃあ居ないのかな、と頭をかく円堂の隣で、俺はその歌をリピートさせながら、見たこともない人魚の存在に思いを馳せていた。


「…人魚か…居たらいいな、この海に」

「きっと居るさ、こんなに綺麗な海なんだ。居ないはずないさ」


なんの根拠もないが、その円堂の言葉は何故だか素直に信じられた。
一瞬太陽の光が強くなった気がして目を細める。日差しを避けようと手を翳したその瞬間、何かの影が跳ねた気がした。思わず目を見開くが、その時にはもう何も無かったように海は波音を立てているだけだった。





「…人魚かと思った…」









さよなら、俺の歌姫。





(きっとこの海に居ることを願って、また今日も心の中で君が歌う)


























100506
長ッつーか長ぇよwwなにこのgdgd感アホみてぇ^p^
綱海ちょっと長編これにて終了っす。おっつー自分。これで心置きなく長編更新出来るぜひゃっふー

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