過去ログ | ナノ






今日は学校が休みだ。少し曇り空でなんだか鬱っぽいしちょっと波が荒いが、それもまた練習になると思い、俺はいつも通り海に来てサーフィンを楽しんでいる。周りには誰も居ない。まぁ天気がいいわけではないから当たり前なのだが。


「………はぁ」


また波に飲まれた、さっきからこれの繰り返しだ。
最近なんだか集中出来ないでいる。多分それはずっと頭の中で彼女の姿が消えない所為だ。暇さえあれば名前を思い出して止まらない、今までならサーフィンの事でいっぱいだった頭が、彼女の侵食によってそうもいかなくなった。今まで体験したことのない感情、それがなんなのか今の俺には理解出来なかった。サーフィンだけに集中して生きてきた自分にとってはそれがいいことなのか悪いことなのかさえ分からないが、今日は天候の所為もあってすこぶる調子が悪い。1日中サーフィンが出来るっていうのに、休みの日に限ってこれだ、全く嫌になる。


「…よっしゃ、もう1回っ」


悔しさを紛らす為にまた沖へと向かう。いつもより荒い波に揺られながら、俺はいつも通りに水をかいた。波が来る。タイミングを測ってボードに乗れば下を流れる水が俺をまた岸に連れ戻そうとしてボードを進ませた。
一瞬の違和感が俺を包む。いつもとは違う波の音。振り向けば大きな波が壁のように俺の後ろにそびえ立っていて、気付けばその壁がこちらに倒れてきて俺を飲み込んだ。強制的にボードから引き離される。グルグルと洗濯機の中のようなうねりの中、息を忘れた俺はもがく事しか出来ず、ただ必死に水流に抗っていた。ヤバイ、酸素が足りない。本能がそう告げた頃にはもう成す術は無くて、水に抗う力さえ残されていなかった。霞んでいく意識、届かない水上、水面が離れていくのが見える。
ああ、俺このまま死ぬのかな。元はといえはこんな天気悪いときにサーフィンなんかやってた俺がいけないんだろう。
>そんな事を不意に考えて諦めと共に目を閉じる。水流が俺を海の底、何処までも連れていく。
こんなバカなのに、海の中で死ねるなんて幸せ者だな、やっぱり海は寛大だ―――…

ふと、乗っていた流れが止まった。なんだ、もう海の底か?それとももう死んだのか。そう考えていたが、瞬間、水の中でさっきとは逆に体が進んでいくのを感じた。あれ?もしかして俺陸に帰される…?
どうしても状況が知りたくて、重たい瞼をゆっくり開けると、そこには前に見た事のある姿があった。俺の体を包むその手は相変わらず白くて、長い髪も風に靡いているように水の中で揺れていた。だがこの前と完全に違う所が1つだけ。



「―――…名前、お前…」



(足が、――――)





人生2度目の人魚を見た日だった。








□■□









目を覚ませば刺さるような青空が広がっていて一瞬目を細める。再度目を開けると隣には、俺を助けてくれた彼女の姿があった。不意に彼女の足元を見れば、何の飾りもなく、ただ普通の“人間の足”だった。それを水につけて海を見ている。初めて会ったあの時のように。


「名前」

「あ、綱海くん。目覚めたんだね」

「なんでお前がここに」

「たまたま通りすがったら岸に綱海くんが倒れてたから」

「……そうか」


彼女は相変わらず肌も身に纏っている服も白くて、なんだか現実味がなかった。彼女の足が水を弾く度に小さく響く水の音だけがこれが現実だと教えていた。風の音が静かだ。さっきまで荒れていた空も晴れ渡っていた。一体どのくらい俺は眠っていたのだろう。生憎ここは外だ、時間を知らせるものなど何もなかった。


「名前、今何時か分かるか?」

「え、わかんない…ごめん」

「俺どのくらい寝てた?」

「うんと…あたしも途中で綱海くんのこと見つけたから、わかんない」

「そっか…」


曖昧な答えに彼女自身も申し訳なさそうに眉を下げた。太陽がもうあんなにも低い。多分1時間以上は倒れていたんだろうな。その間彼女がついていてくれたのかと思うと素直にありがたかった。だけどこんな格好の悪い状態で彼女に再び会ってしまったと思えばなんだか情けなかった。


「ありがとな、ついててくれて」

「気にしないで、あたしも暇だったし」

「かっこ悪いとこ見せちまったな」

「そんなことないよ、綱海くんいつも頑張ってるじゃん」

「え?」

「あ、…ううん、なんでもない」


あからさまに何かを隠しているような彼女の表情に疑問が沸く。俺をずっと前から知っているような口振り、そんなはずはないのに。彼女とはこの前初めて会って、今日が2回目。
ふわりとある想像が俺の思考を支配する。それはありえない妄想にしか過ぎないのに、脳の中では勝手に確定事項のように事が運んでいく。こんな南の島ではありえない白い肌、曖昧な返事、彼女と会った後に見た人間ではないもの。なによりもさっき見た海の中での彼女と似た誰かの姿。全てがパズルのようにすっきりと脳内で構成されていって、ある仮定にたどり着いた。俺はもともとバカだからこんな事考え付くのかもしれない現実味のない話だったけど、それにしても確信的な予想だった。もしかして、もしかして彼女は―――


「名前、お前さ」

「……何?」


彼女のやけに白い足が水の音を立てると、波は沖に返っていった。その音が変に耳について離れない。それは彼女の心音のようで、俺の心臓も呼応するように音を立てる。本能が駆り立てる、通りすがりなんて嘘。きっと彼女は俺のことを見ていてくれていたんだ、ずっと。この海の中で―――





「人魚、なんだろ?」










真実を知ってもなお、君を想うことを止める気なんてないのだから。





(知ったからこそ、止まらない)

























100330
久々綱海ーヽ(´Д`)ノ
次で終わりである。あっリク消費しまっす

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