Long | ナノ






「で、結局フラれちゃった訳っすね」

「うるさい」


授業が終わって晴々とした放課後。いつも通り部活をしながら暫し休憩をと伸びをしていると、ニヤニヤと笑いながら成神が寄ってきたから聞きたかったであろう情報を伝えると、その呆気なさ故か、つまらなそうにそう言った。


「それで、名前先輩は佐久間先輩と?」

「いや、変わらないよ」

「?」


疑問符を浮かべながらドリンクのストローに口を付けている成神。呆けたようなその表情にを見ながら、俺は余裕ぶって笑って見せた。


「幸次郎ー!成神くーん!」

「名前か」


頭上から声が降ってきて何かと思い振り向けば、校舎の窓から名前がこちらに向けて手を振っていた。小さく振り返す俺の隣で大袈裟な程腕を振る成神に笑いながら、名前は俺達に聞こえるように口元に手を添えて話している。


「今休憩なのー?」

「あぁ、ちなみに佐久間はあっちだぞ」

「わざわざ言わなくていいですー」


そんな冗談を言いながらお互いに軽く笑う俺と名前の隣で、成神は先程よりもっと不服そうな表情を浮かべながら俺を睨みつけた。


「なんすか、普通に仲良さそうじゃないすか」

「だから変わらないって言っただろうが」

「何ヒソヒソ話してんのー」

「部活の話だ気にするな」

「このタイミングでー?」


窓からこちらも不服そうにしながら頬を膨らませている名前だったが、すぐにいつも通りの笑顔に戻る。「そっちに行ってもいい?」と問う彼女を拒否する理由もなく、ああ、と返事をすると窓から彼女の姿が消えた。


「名前先輩って以外と声でかいっすよね」

「元々通る声してんだよ」

「俺ずっと名前先輩ってもっとお淑やかで静かな人だと思ってました」

「そりゃ残念だったな。あいつはクラスじゃいい子ぶってるが本性はヲタクで声が頭に響く程高くて驚くほど根暗だ」

「誰が根暗だって?」

「うおっ」


いつの間にか後ろに立っていた名前が声を上げるのに俺が驚くと、成神はクスクスと笑いを堪えている。少し腹が立ったがそんなことでいちいち怒っていては先輩としての威厳が無くなってしまうと冷静を装いながら、横目で文句を言いたげな名前にちらりと目をやって小さく舌を出してやる。すると彼女は眉間に皺を寄せてその仕草を真似た。


「つーかどうしたんだよお前。いつもは校舎に籠りっぱなりなのに」

「別にいいでしょ、あたしだってアクティブにしたい時だってあるんだから」

「珍しいもんだ」


独り言のように呟けば彼女の突きが脇腹に突き刺さる。手加減はしてあるもののそれなりに痛い。腹を擦りながら目を細め早速文句を言ってやろうと口を開くが、俺が声を出す前に成神が堪え切れなかった笑いを小さく吹いた。


「源田サっ…弱ッ」

「なっ」

「弱いって言われてますけど。源田先輩」

「うるせぇ名前お前は黙ってろ!」


はいはいと軽い返事を返して笑う名前に釣られるかのように成神は笑うことを止めない。なんとも居たたまれない気分のまま2人が笑い止むのを待っていると、不意に他の部活でホイッスルが鳴っているのが耳に入ってグラウンドを見た。ああ、いつかもこんなゆっくりグラウンドを見まわした事があったような気がする。あの時は放課後で、もう誰も居なかったのが少し寂しく感じられたのを覚えている。こんなにも人が行きかうのを真剣に見たのは初めてだ。
あの日だ。あの人っ子一人いないグラウンドを見た後に、彼女は佐久間に会った。きっとあれが無かったら、名前が佐久間を好きになることもなかったし、佐久間が名前を好きになることもなかった。そして俺も名前に想いを伝えることはなかった。そう考えるとなんだか複雑な心境になる。
別に今の状況が不服というわけではないが、結局はまたいわゆる“いつも通り”に戻ってしまっただけであって、今や彼女の中にあの日の記憶が残っているのかさえ疑問だ。大切な事であっても興味がなければ何かと忘れやすい彼女の性格は嫌という程知っている。だがしかし、それを知っているという事実が個人的にはちょっと嬉しかったりして、そういう場面で俺はまだ彼女が好きなんだと思い知らされるんだ。


「何考えてんの幸次郎」

「あ、あぁ。なんでもない」

「さては今ここに佐久間サンが来ないかとか心配してたんじゃ」

「なんで心配する必要がある」


反論すると成神は違うんですかー、と口を尖らせた。それを見て名前もほんのり苦笑するが、別に気にはしていないようだった。


「あ、そうだ」


思い出したと言わんばかりに手を叩き自分のバッグを漁り始める名前。何事かと見ていると、カラフルで小さな紙袋が現れた。


「はいこれ」

「…何だこれ」


手渡されたその袋は可愛らしいシールで止められていた。少々の重みを含んだその袋を疑問の目で見ていると、彼女は平然と今までの彼女にはありえないことを口にした。


「クッキー。あたしが作ったの」

「―――…お前が?」

「何その間。」


彼女が手作りなんて今までしたことがあっただろうか。しかもクッキーだなんて。呆気にとられながら思わず「何があった?」と真剣に聞くと、彼女は少し恥ずかしそうに下を向いて呟いた。


「いや…ちょっとは女の子っぽくしよっかな…とか」


まさか名前がそんなことを言うとは全く想定していなかった俺の思考は半ば停止状態で、思わず口が開いていた。恥ずかしさを紛らわすかのように彼女はまたバッグを漁ると、もう1つ紙袋を出して今度は成神に差し出した。


「これ、成神君にも。いつも幸次郎がお世話になってます」

「あ、ありがとうございますこちらこそ」

「おいお世話って何だ」


やっと冷静になってツッコみを再開すると彼女は何事もなかったように笑って見せる。そして周りを見るとまた口を開いた。


「佐久間は?」

「あっちだ。多分なんかの手伝いしてる」

「アンタはしなくていいの」

「しなくていいからここに居るんだよ」


あっそ、と冷たく言う彼女を見て元通りに戻ったのを確認すると今一瞬自分がドキドキしていたことに気がついた。今更俺が名前に期待していたなんて、そう思うと新たに動揺が生まれるが今は冷静を装う事しか出来ず俺はごまかすように手の甲で鼻先を擦った。


「じゃ、あたし佐久間んとこ行ってから戻るわ」

「あぁ」


グラウンドの反対側を見る名前。相変わらず黄色い声を上げている外野達に呆れ顔をしながら歩み出そうとする彼女に隣の成神が「クッキーありがとうございます」なんて愛想を振り撒くと、彼女は少し振り返って笑った。


「なぁ名前」

「なんじゃ」


振り返ったままの名前に声をかける。なかなか前に進めない事を不服そうにしながら彼女は反応を返した。



「今日俺部活早めに終わるんだが、一緒に帰るか?」

「一緒に帰る」

「了解。」



何気ない会話を終え、彼女は向き直り歩き出す。躊躇いのない返事に心地好い嬉しさを覚えながら、去っていく彼女を見ていると、成神は先程までのニヤニヤした表情を消し去って俺に言った。


「やっぱ名前先輩って佐久間サンと付き合ってるんスか」

「いや、違う。ただの友達だ」

「へぇ」


飛んだり跳ねたりしながら遠ざかる彼女の姿を並んで見ながら、成神は間を開けて今度は独り言のように呟く。



「俺、名前先輩好きかも」


「―――…は?」

「冗談っすよ」


あからさまに冗談には見えない冗談を言いながら成神は頭の後ろに腕を組んだ。そろそろ休憩も終わる頃だろうと手に持った紙袋を置くため歩き出す成神に疑念を持ちながら、俺は思わず溜息をついた。


「溜息つくと幸せ逃げますよ、源田サン」

「誰の所為だ」


笑う成神に腹が立って頭を軽く叩いてやると「痛ッ」と声を上げる。頭を抱える成神の隣を追い越し不意に紙袋を見ると、ご丁寧に“幸次郎へ”と書いてあるのが目に入って思わず笑った。ブーイングをしだす成神を余所に、俺は嬉しさににやける口元を隠しながらそれを掻き消すような休憩の終了を告げるホイッスルを聞いていた。










   





(これからも君が好き。)

























110519
終わったァァアアアアア\(^p^)/
凄い最終回までの期間が恐ろしく長かった…なんとか終わってよかった。
途中で応援メッセージを下さった方々、ここまで読んで下さった方々に心から感謝を。ありがとうございました!
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -