Long | ナノ






「いつになってもお前帰ってこないから、ちょっと女子に聞いたら勝手口から出てったって言ったんだ。悪い予感しかしないだろ」

「そうだったんだ…ごめんね幸次郎」

「謝んな。お前が悪い訳じゃない」

「…うん」


あの事件から1週間が過ぎた。3人の日常にはあまり変化が見られなかった。気まずくなる訳でもなく、仲が悪くなる訳でもなく、ただ“いつも通り”時が過ぎていく。そんな中、クラスの日直が源田と名前に回ってきた。学級日誌を書く為に残った2人とは別に、佐久間は早々に部活へ向かった。“早く来いよ”と自然に呼び掛けた佐久間に、源田は“あぁ”といつもの返事を返す。何の違和感も無い彼等に、名前だけは大きな違和感を感じていた。


(あの時の2人は一体何だったんだろう)


バラバラに帰った日。あの日から名前はずっと不安を拭えずにいた。今までの3人でいる生活が、崩れてしまうのではないかと、やっと手に入れた自分の居場所が無くなってしまうのではないかと。元々は1人で過ごしていた名前だったが、今の生活の楽しさを知ってしまってからまた1人に戻るのは辛いものがある。しかも、あの事件から少なくとも彼女の中で“女子は敵”という意識が生まれてしまったのも事実だった。その点から考えれば自分は彼等を利用しているのかもしれないが、今1人になるのだけは絶対に嫌だ。そう思ってしまった自分を嫌悪しながら、彼女は日々を送っていた。
そんな彼女だからこそ分かる違和感。名前が思考を働かせている間、源田と佐久間は“いつも通り”を演じている。何も言わない、何も聞かない、ただいつも通りの生活。それ故に名前は疑問に思ったのだった。



今度ちゃんと話すから



(今度っていつだよ)


源田の言葉を思い出して内心少しだけ悪態を付きながら、名前は日誌に目を通す源田を見つめていた。


「…ねぇ、幸次郎」

「どうした?」

「なんで何も言わないの」

「何が」

「佐久間とアンタ、何かあったんでしょ。今度話すからって、あたしまだ何も聞いてない」

「―――…あぁ」


いつもより強い口調で名前は源田を問い詰める。源田は少しだけ眉をひそめると、小さく息をついて日誌を閉じ、机に置いた。パタリと日誌が音を立てたのを合図に静まり返った空気が名前にのしかかる。今まで味わったことのないような緊張が彼女を襲った。


「確かに、俺と佐久間は言い合いぐらいはしたけど、それだけだ」

「嘘。そんな事だけなんて有り得ない」

「……」

「幸次郎」


促すように彼の名前を呼ぶ名前。源田は少しの間口を閉じていたが、不意に俯いたまま口を開く。


「…本トに」

「……?」

「本トに言ってもいいのか」

「何が」

「―――…お前さ」


源田の声色が変わる。怒りを含んだ低い声。名前の背筋が一瞬にして凍った。自分の方を見てくれない彼に、名前は逆に恐怖を思えた。


「その鈍感、どうにかならないのか」

「…何の話…」


怒っているのかさえ分からなくなった源田の声に、疑問ばかり浮かぶ。意味の分からない発言に眉を寄せながら、名前は彼を見る事しか出来ずにいた。


「お前はいつもいつも鈍感な癖に変な所で勘が良くて、自分から状況を悪化させる」

「…」

「…俺はずっと思ってた。お前の隣に居れば、いつかお前が俺を見てくれるんじゃないかって」

「―――…」

「やっと現実見はじめたかって思ったのに、なんで佐久間なんだよ」

(あれ…なんかこの展開)



あのマンガみたい。



「…こうじろ――」


いきなり腕を引かれバランスを崩す名前。次に彼女が状況を理解したのは源田の腕の中だった。真横にある彼の顔と、背中と頭に回された大きな手、密着した体に驚きつつも、名前は果てしない不安に飲まれそうになっていた。
心臓が煩い、やっぱりベタだな。まさか自分がこんな展開に巻き込まれるなんて、アンチスイーツの癖にドキドキしちゃってバカみたいだ。こういう時って嫌に時計の秒針の音とか聞こえて来るんだよね。嗚呼――現実って怖いな。


「アイツに悪いからって黙ってたけど、もういい」


源田の声が体験した事がないほど近い。イヤホンやヘッドホンとは違う、リアルに耳に届く音。心音がバレるのが恥ずかしくて彼を引き剥がそうとも考えるが、今はそれ所ではなかった。
オレンジになりかけの空。窓から差し込んだ光にあの日の帰り道を思い出しながら、既に名前は逃れようがない現実に泣きそうになっていた。



「好きだ、名前。ずっと好きだった」



純粋に嬉しいのと、多分戻れないであろう“日常”に悲しみながら、名前は源田の制服を強く握った。沢山の彼との思い出を噛み締める。いっぱい話したなとか、いっぱい怒られたなとか、いっぱい笑ったなとか。泣いてた時に慰めてくれたり、気晴らしさせてくれたりする彼が大好きだった。でも違う、それは違うんだ。自分が思ってるのと彼が思ってるのは別物だ。
記憶の途中、名前と源田の間に彼が現れる。青に近い銀色の髪の、眼帯が特徴的な彼。


(あ、そっか。幸次郎はずっとこんな気持ちだったんだ)


記憶の中の彼に対しての自分の想い。それこそがイコールされるべき気持ち。名前は確信する。やっぱりあたし



(佐久間が好きだ)



するりと手の力を抜くと、源田も名前に回した腕を解く。自然に離れた2人の間に沈黙が流れた。真っ直ぐに名前を見る源田。名前は胸を締め付けられる想いで口を開いた。


「ごめん、幸次郎」


瞬間、溢れ出した涙が彼女のスカートに落ちる。嗚呼、あたしはなんで泣いてるんだろう。辛いのは幸次郎の方なのに。そう思っても止まる事のない涙に、名前は自分自身に戸惑っていた。
静かに涙を流す彼女に、源田は目を見開いた。


「な、お前なんで泣いてんだっ」

「いや、だって…」

「………たく、」


強制的に上げられる顔。源田の大きな手が彼女の顔を包んだかと思うと、頬を伝う涙を彼の親指が優しく拭った。驚く名前。源田の表情は余りにも優しかった。


「お前が佐久間を好きな事ぐらい嫌になるくらい知ってる。それでお前が自分を責めてる事も、知ってる」

「幸次郎…」

「負けず嫌いが。もう意地張らなくていいんだよ」

「…、」


何でバレてしまうんだろう。彼の言葉に安心と驚きを感じながら、名前は必死に涙を押さえ込んだ。


「行ってこいよ、佐久間のとこ」

「…こうじろ…」

「…待っててやるから、いつもみたいによ」


(あ、いつもの幸次郎だ)


優しい兄の様な彼。こんなにも自分を思ってくれてるのに、何故今まで気付かなかったのか。今更後悔するが、それも全て彼なら分かってくれる気がした。自分ってつくづく彼に甘えてる。


「ごめんね、幸次郎」

「謝んな、虚しくなる」

「…ありがとう」


自然に離された手の温もりを名残惜しく思いながら、名前は教室の出口に向かう。ちらりと彼を見れば変わらず苦笑しながら名前を見ていた。


(ありがとう、幸次郎)


心の中でそう小さく呟きながら、名前は必死に笑って見せると、扉を抜けて走り出した。想いを告げるべき人の元へと。


「…何いい兄してんだか」


残された源田は、オレンジの侵食が進んだ空を見ながらそう呟いた。
ずっと抱えていた気持ちを伝えられた、素直に言えてすっきりしたのはあるが、どうしても彼女の前では見栄を張ってしまう。


(もしかして俺って名前に似てるのかもな)


人の事言えないか、なんて考えながら、源田はまた学級日誌を開く。彼女が書いた文字を眺めて女々しいな、と心で呟いて、半分ほど埋まった日誌に慣れたように続きを書き入れながら、彼はまた苦笑した。
自分を嘲るように、彼女の幸せを願いながら。








   





(君が好きでよかった。)

























100704
こ れ が 書 き た か っ た ん だ が し か し
gdgdすぎてもう訳が分からないです。源田ファイティン。

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