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「おう、お帰り」

「…」

「…どうした?」


教室に戻って来るなり、沈んだ表情で俯いている名前を見て、心配になり声をかける源田。そんな彼の問いに返事を返すことさえままならないのか、名前は自分の席に座るとただ押し黙って動かない。


「早く制服に着替えろよ、お前部活無いんだから」

「…うん」

「……何があった?」


いつもとは様子の違う彼女の返答に本気で不安になる源田は、着替えもせず椅子に座り込んだ名前の顔を覗き込むようにして少しだけ視線を下げた。俯いた彼女が握りしめているものをチラリ、と見れば、どうやら手紙のようで源田は疑問に思って小さく口を開く。


「なんだよ?それ」

「………佐久間の」

「なんでお前が佐久間の手紙なんか」

「…頼まれた」

「誰に」

「隣のクラスの女子」


するり、と渡された手紙の封筒の端には丸文字で“佐久間くんへ”と書いてある。確かに、名前の字ではない。というか名前がこんなに女子らしい封筒を持っているものか、こんなあからさまに“ラブレター”といった手紙なんか名前が書くものか。今だって持ってるだけで違和感だったのに。自然に手元に返せば名前は皺にならない程度に力を込めて受け取った。


「ベタだな」

「…うん」

「んで?今のお前の様子は、これを渡してきたヤツらがムカつくとかいう理由以上に何かあるとしか思えないんだが」

「…」

「どうしたんだよ?」


何も言っていないのに、そんな事まで理解されるとは。名前は一瞬源田の洞察力に驚きながらもその手紙を見ていた。嫌に鮮明に思い出されるこの手紙の主、そして佐久間の姿。そして、さっき思い出した少女マンガのひとコマと自分の思考。二次元に生きる自分が、現実に存在する人物を好きになってしまったという自分に対する罪悪感と嫌悪感。それがぐるぐると渦巻いていてどうしようもない。
告白が書いてあるだろう手紙。ある意味こんなに素直なことが出来る彼女達が名前は少しだけ羨ましかった。


(きっと佐久間はこの手紙に答えるんだろうな)


何故この手紙を受け取ってしまったのだろう、何故自分がこれを佐久間に渡さなければいけないのだろう、何故これを引き受ける前に自分の気持ちに気付かなかったのだろう。きっと自分の事を知っていれば断っていたのに。…いや、もしかしたらこんな自分が嫌で当てつけに引き受けていたかもしれない。とにかくこの後悔は運命で決められていたのだろうと、名前はため息をつく自分さえ嫌になって唇を噛んだ。


「…幸次郎」

「何だ」

「あたし…これ渡したくないよ」


不意に呟かれた言葉に、源田は驚いて目を見開いた。そして1つだけ自分に不幸な知らせを告げる。



(どうやら名前は本気で佐久間が好きになったらしい)



前から薄々気付いていた事ではあるが、佐久間に手紙を渡す事を躊躇っている彼女の姿を見て確信的になってしまった。実際彼女が自分の気持ちに気付いているのかは分からない。だが、多分この沈んだオーラは紛れも無くその事実を示していた。
源田は少しだけ名前の様子を見てから、どうにか空気に流されないようにさっきと変わらない雰囲気で名前に話しかけた。


「生憎、今佐久間は居ないぞ」

「…あ、そういえば」

「先生に呼び出しくらってる。なんだっけな、委員会の仕事サボったとかで」

「……そっか…」


名前は少しだけ顔をあげて周りを見渡すと、教室に佐久間が居ない事を確認して、先程よりも深く俯いた。ざわめいている教室の中で、彼女の中ではただ静かな闇のような、それでいて嵐の吹き荒れるような感情が目まぐるしく動いていた。
この手紙の主は、自分とは比べものにならないくらい、否、比べてはいけない次元の人物で、佐久間にお似合いの美少女だった。その事実が認めたくなくて、自分の想像から目を背けるべく瞼を固く閉じる。しかし、そんな現実味のある悩みを抱えている自分が許せなくて、名前はさらに瞼に力を込めた。
他の女子と比べても長いスカートを強く握りしめ、名前はただただ俯いていた。


「…なんか…ごめん幸次郎」

「なんで謝るんだよ」

「訳わかんないっしょ、いきなり暗くなってさ。あたしらしくないし」

「…まぁ…」


彼女らしくないというのは、始めから感じていた事だが、謝られる理由にはならない。何故このタイミングで謝られたのかよく理解出来ない源田は、どう反応すべきか少し迷ってからしゃがんだ体勢から立ち上がり、何かを慰めるように彼女の頭に手を乗せた。


(きっと、名前は佐久間の事が好きだって、自分で気付いたんだ)


自分があんなに批判していた“恋”に、自分が陥ってしまった事実、それが彼女に重しのようにのしかかっている。だから、今まで縁遠いと高を括っていた自分に負い目を感じているのだろう。今までの彼女の生活を1番近くで見守ってきた源田には、そんな彼女の心情が易々と想像出来た。
彼女の辛さは痛い程分かる。自分が現実に引き戻された事に対して、彼女が嫌がる事ぐらい自分は知っている。だからこそ彼女との“今以上の関係”を避けて通っていたのに、今彼女は、そんな自分の気苦労も知らずにその“関係”に足を踏み入れようとしている。
彼女が現実を見はじめる事に対しての抵抗はない。寧ろ応援したいくらいだ。しかし、いざ自分以外を受け入れていく彼女の姿は、そんな事は一生無いと思い込んでいた源田にとって、心臓を割れたガラスの破片で抉られるぐらい痛ましく辛いものだった。
乗せられた手に安心したように名前は顔をあげる。その顔は何かを決意したようで、眉をひそめながらも苦笑するように彼女は呟いた。


「仕方ないから、後でこれ渡してみる」

「佐久間に、か?」

「当たり前じゃん」

「大丈夫なのかよ」

「…何が?」


多分、彼女も分かっている筈だ、自分も辛い思いをする事ぐらい。しかしそれを分かっていながら、何も知らないかのように振る舞う彼女を見ながら、源田は自分の無力さに唇を噛んだ。
こんな事になるぐらいだったら、もっと早く先手を打つべきだったんだ。
自分の想いを伝えたからと言って、名前と自分が幸せな展開を見せるとは限らない。寧ろ、源田は今までの関係が崩れてしまう事を恐れていた。
しかし、今の彼はそれを後悔する事しか出来ずにいる。どうせ彼女が他の誰かに渡ってしまうぐらいなら、もっと先にこの関係を断ち切っておくべきだった。もしくは、そんな展開がないように、彼女を自分のものにしておくべきだった。
名前をものの様に扱うようで申し訳ないと思いつつも、源田は後悔の念に打ち拉がれながら「頑張れよ、」とだけ呟いてするり、と即座に離れるようにして彼女に触れていた手を下ろした。










   





(悔やみきれない想いを胸に、互いに進む道に悩み続ける少年と少女は、既に最良の選択を見失っていた)

























100512
久々長編です。なんか長いな…そして源田がなかなかに女々しいな…あるぇ
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