■ 1-3
頬に水が滴った感触がした。目を閉じたまま、ネロは手を頬にやった。冷たい。
ゆっくりと目を開けると、灰色の曇天が視界いっぱいに広がった。
ボーッとする頭で、雨が降ってきたのかと、ネロはなんとなく理解した。ゆっくりと起き上がると、頭に白い花冠を乗せたキリエがやってきてネロの横にしゃがんだ。「よく眠れた?」と優しい声色でネロに声をかける。こくりと頷くと、キリエは笑顔を湛えてネロの頭に何かを乗せた。
何かと思い、頭に乗せられたそれを手に取って見てみると、ネロの好きな色である青と白の花で出来た花冠だった。思わず口から「わぁ…!」と感嘆の声が漏れた。
「ネロの分も作ったの。貰ってくれる?」
その問いにネロはこくこくと頭を縦に振って、
「大切にする」
そう言って冠を頭に戻した。キリエは頬を淡桃色に染めて「ありがとう」と頬を緩めた。ネロもつられるようにして微笑んだ。
「それ、クレドにあげるのか?」
ネロはキリエの頭にある真っ白な花冠を指差した。それはネロの花冠より少し大きめに作られているようで、彼女の頭に深めに嵌められていた。キリエは白い花を愛でるように優しく触れた。
「うん。喜んでもらえるかな?」
「喜ぶさ」
ネロは優しく返答すると、お互いの頭上に乗せられた花に雨が滴り、雫が弾けた。
和やかな時は終わりを告げようとしていた。雨がポツポツとそれなりに降って来たのだ。雨粒の数は徐々に徐々に増えていく。
ネロはまだ少し気怠い体を動かしてその場から立ち上がった。少しぶっきらぼうにキリエに手を差し出すと、キリエは嬉しそうにその手を掴んでそっと立った。ネロはそのまま彼女の手を引いて、花畑の横の薄暗い木陰へ歩みを進めた。
木の下に来ると、二人は木の幹を背にして空を見上げた。灰色の雲の所々に黒い雲も見当たった。遥か向こうの空は青空で、その空がどこか憎らしく見えた。じっと空を見つめていても雨は弱まる様子を見せない。むしろどんどん強まっていくばかりだ。花畑の花の様子は、晴れている時よりいささか元気が無いように見える。だが、花弁や葉に雨の雫が滴る様子は美しく見えた。
時々木の葉の隙間から零れてくる水が肩を叩いてくる。同時にじわり、と服も濡れる。
不意に、キリエがネロの袖をくい、と引っ張った。
「ネロ、もう帰ろう? 止まなさそうだよ」
「…そう、だな」
二人は寂しげに曇天の空をまた見上げた。確かに酷くなりつつある雨が止む気配はない。このままここにいれば二人共風邪をひいてしまうだろう。
ネロは仕方ないと言わんばかりに小さく溜め息をつくと、「行こうか」とキリエに声をかけて歩き出した。
二人が行きに通って来た道は上が開けていて雨を避けることが出来ない為、道から少し外れた木々の間を縫うようにゆっくりと進んだ。もちろん整備された道ではない為に歩きづらい。雑草は無造作に生え、地面は湿気と草木から垂れる雨水を吸収してぬかるんでいる。土を踏むたびに、ぐにゃりと嫌な感触がする。木の根っこに生えている苔は滑りやすいため要注意だ。
まったく、先程までの晴天は何処へ行ってしまったのだ、天気予報士はテレビで一日中晴れだと断言してたのに、とネロは少し苛立ちながら歩く。キリエもさっきから黙ったままだ。テンションがた落ちである。
十五分くらい歩いた頃。ネロの後ろを歩いていたキリエの足が止まった。それに気づいたネロも止まる。
「どうした?」と聞くと、キリエはキョロキョロと辺りを見回している。何かを探している様だ。不安げに眉を顰めている。
「今、何か聞こえなかった?」
「え?」
ネロは耳を澄ました。
しかし、聞こえるのは雨が森を叩く音だけだった。何も聞こえないよ、そう言おうとしたその時だった。
───ギャハハハ……
背筋が凍った。その声のようなものを聞いただけなのに。
ネロは咄嗟に気のせいだと思おうとした。
しかし数秒後、またその不気味な声が聞こえた。キリエも聞こえたのだろうか、不安そうにネロの腕にしがみ付いた。鼓膜に残る、とても恐怖を煽らせるような声。人間のものではないとネロは確信した。
後ろを見れば、怯えた顔でネロの腕にしがみついて、顔を埋めるキリエ。その向こうには何も居ない。
右は。行きに通って来た道だ。ぐしゃぐしゃに濡れている。道の向こうの森にも何も見当たらない。
左。鬱蒼と茂る木々。ただそれだけだった。
前。視線を変えると、ネロは目を疑った。
膨らんだ胴体、二足で動くそれは一瞬だけ人に見えたが、違った。どこかの絵本で見たような縫い目が雑な布袋の人形。しかしその大きさは遠目で見てもネロ達より大きい。しかも一体だけではない。数体…こちらに向かってくる。ある者は手に、ある者は足に刃を持っている。
以前騎士団が街中で戦っていた奴ら…悪魔だ。そう理解した瞬間に、逃げなければという指令がネロの脳内に広がった。ネロはキリエの手を取って、でたらめな方向へ走った。走ると同時に、キリエはネロで隠れていた前方の森と、恐ろしい化け物が目に入った。彼女は思わず息を呑み、口元に手を当てた。
二人は走った。とにかく、距離をとらなければ。
しかし、そいつらの不気味な声はどんどん近づく。何故。
ネロは後ろを振り返った。先ほどとあまり変わらないように見えるが、確かに距離は開いていっている。じゃあ、なんで。
前を向くと、ネロは足を止めた。こっちにも悪魔が居た。振り返っても、居る。右を見ても、左を見ても…。ネロは囲まれていると覚った。逃げられない。
勇気を出して戦うか。いや、無理だ。武器なんて少年と少女が持っている訳がない。周りには細い枝や泥しかない。この策はダメだ。
考えている間にも、奴らはどんどん近づいてくる。
どうすれば、どうすれば。考えていると、掴まれていた左腕が軽くなった。キリエはネロの腕から手を離して、その場に座り込んでしまった。今にも泣きそうだった。「お父さん、お母さん…兄さん…」と呟いている。ネロは彼女を安心させるべく、震える彼女をぎゅっと抱きしめた。キリエはとうとう泣き出して、抱き返してきた。
「ネロ…私、死にたくないよ…」
「大丈夫、大丈夫だから。オレが、守るから…! なんとかするから、泣かないでくれ…」
泣かないで、と言っている彼の顔は半べそである。
敵は近付いて来ている。あと何メートルだろうか。パッと見て十メートルも無い。何か無いか、誰か来てくれないかと必死に辺りを見回す。しかし、周りには生い茂る雑草と木々だけ。人間は自分らのみだ。こんな最悪の天気で、鬱蒼とした森の中に人が来るわけない。
歯がカチカチとなり始めた。奴らの声が怖くて仕方が無い。キリエを守れない。非力な自分が憎い。ネロは頭に乗せていた花冠を手にとって愛しそうに、キリエと共に抱いた。
───あぁ、もうオレ達死んじゃうんだ。
他人事にすら思えてきた。
一筋の涙が頬を伝うと同時に、奴らは一斉に飛び掛ってきた。ネロは神に祈った。「キリエだけでも、助かりますように」と。彼はキリエの頭を覆うようにして抱きしめた。
終わりだ。ネロは静かに目を閉じた。
その時、二人の耳には何かが走ってくる音が届いた。
耳が劈くほどの鋭い音が森中に鳴り響いた。金属と金属を激しくぶつけた。そんな音だ。
ネロはその音にハッとして目を開けた。二人とも、生きている。怪我も無い。痛みも無い。奴らは何故か先ほどより離れた位置で横たわっている。
何が起こったか全く理解できなかった。
ネロは背後に何者かの気配を感じ、ゆっくりと振り返った。
そこには裾の部分が黄色い紫のマフラーを首に巻き、黒のコートをはためかせた、ネロと同じ銀髪の男が立っていた。肩まで伸びた髪を、上半分だけまとめてハーフアップにしているようで、両手には別れた白と黒の大きな鋏。靡いたコートの裾から見えたのは腿のホルスターに収まっている金と銀の拳銃。突然現れたその人物に、ネロは呆気を取られていた。
その者はスッと振り返り、整った顔を半分だけ見せて言った。
「君たちは運がいいね」
そいつの赤い目はネロの脳にこびり付いた。血の様に赤いのに、どこか優しさを感じた。
声に反応したキリエは顔を上げようとしたが、ネロは「ここから先は彼女には見せてはいけないものなのでは」と思い、彼女の顔を覆うように抱きしめて目隠しした。
男は顔をネロ達から倒れている奴らに向け直すと、鋏の形をした剣を構えた。
「遊んでやるよ。ゲームの始まりだ」
そう言うと、彼は地面を思い切り蹴り上げて走り出した。
奴らの数歩前で一度止まると、渾身の突きを繰り出した。
その双刃が二体の敵に突き刺さり、そこから黒い何かが噴水のように噴き出す。刺さった刃を勢い良く引き抜くと、二体は断末魔を上げて破裂した。
赤い視線はその隣の敵に移る。彼は剣を下方に構えて垂直に飛び上がった。剣撃で同時に空中に上がった隙だらけの敵を、彼は目にも留まらぬ斬撃で斬り付けていく。
空中で体をひとつ捻ると、右手の剣でその敵を思い切り地面へ叩き付けた。それと同時に真下に居た敵にぶち当たる。
彼は落ちる間に双剣を腰に差し、二丁の拳銃をすばやく手にした。
地面に着地すると、それを狙っていたかのように辺りの敵が襲い掛かってきた。
彼はそれに怯むことなく、銃の引き金を引いた。重い音と共に鉛球が銃口から勢い良く飛び出す。それは敵の首もとの縫い目に見事命中し、頭を吹っ飛ばした。頭部の無くなったそこから黒い小さな何かが湧き出て地面へ吸い込まれるように消えていく。
そのまま彼は銃を連射する。外れることの無いその弾に、ネロは魂でも入っているのではないかと疑った。
彼はネロの後ろに目を向けた。ネロも同じように後ろへ視線を移すと、真後ろには大きな刃を振りかぶった悪魔達が居た。恐怖で喉がヒュッと縮こまった。
敵が腕に付いた刃をネロ達に突き立てようと重力に任せて振り下ろす。男は持っていた銀銃を咄嗟に投げた。
「ギャッ」
急降下する刃にそれは当たり、鋭く高い音と悪魔の短い悲鳴が響き渡る。悪魔は攻撃が拒まれたことによって怯んだ。投げられ、弾き飛ばされた銃は意志を持つかのように主の下へ返っていく。
それをキャッチするとクルリと銃を一回しし、すかさず弾丸をいくつか放った。敵にそれが当たる前に金の銃をしまい、白剣を一本取り出す。
銃弾が敵の大きな腹にぶち込まれると同時に彼はその場から跳び上がった。
そのままネロ達を跳び越え、敵らの頭上に。そこで右手の剣を真っ直ぐに落とすと、その剣は見事に敵の頭上から股下まで貫き刺さった。耳が痛くなるような叫びを上げてそいつは他と同じように破裂し、残された純白の剣は静かに地面へ突き刺さった。
それを抜くとそのまま剣をブーメランのように投げた。避けようのない敵達は腹から真っ二つに裂け、黒い何かを撒き散らして爆破する。そして男の手元に返ってくる剣を、華麗に腰元に収めた。
くるりと振り返って男とネロの目が合った。彼は息切れ一つ起こしていなかった。静かになったことを不思議に思ったキリエも顔を上げて男と目が合わさる。
彼はニコリと小さく微笑むと、左手に持ったシルバーの銃を二人の背後に向けた。
「ゲームオーバーだ」
銃弾が発射された。安心しきった身に銃声が染みて、二人して肩を震わした。弾丸は残った最後の一体に当たり、そいつは地面に倒れ、跡形もなく消え去ってしまった。
ふぅ、と息を吐いて銃をホルスターにしまうと、男はネロ達に目線を合わせるようにしゃがんで、二人に声をかけた。
「大丈夫? けっこーな数いたけど、怪我とかない?」
ぽかんとする二人の頭に温かい大きな手が乗せられた。そのままぽんぽん、と優しく撫でられると、キリエは堰を切ったかのように大声を上げてわんわん泣き出した。目からは大粒の涙がぼろぼろ流れ、拭っても拭ってもそれは止まらなかった。
「よーしよし、もう大丈夫だからね」
男はぬかるんだ地面に膝をつき、泣きじゃくるキリエを柔らかく抱きしめ、また頭を撫でてやった。キリエは男のマフラーに顔を埋め、ひっくひっくと嗚咽する声を漏らした。
彼の目線はキリエからネロに移された。男の赤い瞳が細まって、口角が上がった。
「怖かっただろ? もう平気だ」
「アンタは…一体何者なんだ?」
「俺? 俺はただの通りすがりだよ」
「ただの通りすがりが武器なんか持ってねぇよ」
「んー確かに…」
そう言うと男は頬をポリポリと掻いた。
「悪魔狩人、って言えば分かりやすいかな?」
「悪魔…狩人」
その一言で、彼が何故武器を装備しているのか、戦い慣れているのかがよく分かった。
「あ、ちなみに便利屋でもあるから、何か困ったら電話してね」
男はどこからともなく名刺を二枚取り出して、その一枚をネロに差し出した。残った一枚はこっそりキリエのポケットの中に忍び入れた。
その名刺には【便利屋 RYTIER(リティエル) 所長 フォルテ ×××-○○○-****】と印刷されており、その後小さく「お気軽にお電話ください。不在の際は後日お電話を!」と少々荒い字で書かれていた。その名刺をジト目で眺めたあと、顔を上げて銀髪の男の顔を睨むように見た。
「フォルテってアンタのことか?」
「うん。所長もなにも、一人でやってるから部下とかそういうのいないんだよねー」
あー寂しい、とフォルテという男はアハハと笑った。
フォルテは何と無しに目線を下ろすと、ネロの手に握られた美しい花の輪が目に入った。
「その花冠、君が作ったの?」
ネロは首を振って答えると、手に持っていた青と白の花冠を頭にそっと乗せた。青い花びらが一枚ひらりと落ちて、ネロの靴の上に静かに着地した。少年の視線は、フォルテに体を預けた少女に向けられていた。フォルテも同じように、少女に目を向ける。
「この女の子が作っ………あれ、もしかしてこの子、寝てる?」
フォルテは自分の懐に顔を埋めている少女の頬をつんつんとつついた。反応はなく、一定のリズムで肩が動いてる。
慎重に体から少女を剥がすと、案の定眠っていた。頬にはまだ乾ききっていない涙の跡と、泥の汚れが残っている。
「あらら、疲れちゃったのかな」
「キリエ…」
ネロが心配そうに言うと、フォルテはキリエから視線を上げた。
「この子、キリエっていうんだ。君の彼女?」
「ばっ…! そ、そんなんじゃない」
「顔真っ赤だよー? いつ告白するの?」
「知るか!」
「そこは"今でしょ!"でしょうが!」
「知るか!!」
思わず声を荒げると、フォルテは人差し指を口に当てて「しぃー」と小さく囁いた。ネロはやっちまった、と言わんばかりに口元を両手で塞ぐ。その様を見たフォルテは面白そうにくくく、と喉を鳴らした。
「そういえば君、名前は?」
「………ネロ」
「ネロ、ね。ネロも少し寝ろって」
「いや、オレは眠くない」
「違うよ今のオヤジギャグだったんだけど」
「は?」
「え?」
沈黙。突如北からの冷風が三人を襲った。ネロの花冠を鳴かせ、キリエの髪を浚い、フォルテのコートとマフラーを靡かせた。
「さむっ」
ネロは肩を震わせ、自分の体を抱きしめるように二の腕を摩った。フォルテは葛藤した。彼がさむいと言ったのは北風のことだろうか、果たして自分のギャグのことだったのだろうか。
とりあえずフォルテは、自分の都合がいい方に考えた。
「風が冷たいね。ネロ、俺のマフラー取って、この女の子…キリエだっけ? キリエに巻いたげて」
「分かった」
ネロはそう短く返事をすると、フォルテの首元からマフラーを外すために、それの端を掴んだ。緩く巻かれたマフラーをぐるぐると取り外す。マフラーが髪の結んでる部分に当たるたびにふわふわ揺れて少し面白かったのは秘密である。外し終えてマフラーをだらんと持ってみると、長さはなんと三メートルくらいあった。
「長くないか? このマフラー」
「んーある女の子が俺のために編んでくれたんだけどね、頑張りすぎちゃったみたい」
フォルテは苦笑いを零した。それに対しネロは「ふーん」と興味無さ気に声を漏らして、キリエの首元にマフラーを優しく巻いていく。長すぎるそれを全て巻き終わると、マフラーはキリエの肩すらすっぽり覆ってしまった。
そしてネロは、あることに気付いた。
「クレドのがない…」
「え?」
「キリエが、クレドのために作った白い花冠がないんだ」
フォルテにはクレドという人物が誰だか分からなかったが、きっとネロと同じくらい大切な人なんだろうということは容易に想像がついた。
ネロは「キリエが頑張って作ったヤツなのに…」と悲しそうな声色で呟く。腕の中で眠るキリエを抱き直して、フォルテはネロに問う。
「どこで失くしたとかは分からない?」
「分かんない…。でも、悪魔に会うまではあったと思う」
「んー走ってる間にどっかやっちゃったか」
「オレ、探してくる!」
「待て待て待て!」
立ち上がり駆け出そうとするネロの手首を慌てて掴んだ。
「また悪魔達に会ったらどうするんだよ! 二人とも雨で少し濡れてるし、ネロもキリエも風邪ひいちゃうぞ」
「でもっ…」
フォルテの言う事に、ネロは反論出来なかった。悔しそうに眉間に皺を寄せるネロを優しく宥める。
「キリエの努力を思いやるのはいいことだ。けどね、ネロ。それでキリエ自身を放っておいたら、元も子もないんじゃない?」
ネロは小さく頷いた。クレドのための花冠に心残りはあるようだが、フォルテの言葉を飲み込んだらしかった。
フォルテは優しい笑みを浮かべ、「いい子だね」と口にした。
「君たち、フォルトゥナの子だよね?」
「うん」
「じゃあ送るとしますか。丁度フォルトゥナで買い物する予定だったし」
フォルテはスッと立ち上がると、踵を返して木の間を進みだした。ネロもフォルテの横をついて行く。
雨が降りしきり、木の葉を叩く音がやけにうるさく感じられた。歩きづらい環境に、ネロはついて行くだけでも精一杯だった。ちらりとフォルテの顔を伺うと、飄々とした顔で呑気に歩いていた。視線を感じてネロの方を見やると、目が合った。
「なんだいネロ」
「いや、歩き慣れてるなって思って」
「あぁ。フォルトゥナに買い物に行く時はいつも森ん中歩いてるんだ」
「道があるのに?」
「道を進むより森の中通った方がすぐ着くんだよ。道で行くと三十分くらいかかるけど、森の中ならなんと十分!」
「ほんとか?」
「あぁホントさ。ただ昼間でも暗いし、ジメジメしてるから悪魔が出やすいんだ」
まぁ雑魚だから支障ないけどねー、とフォルテは続けた。
「あんたフォルトゥナの人間じゃないだろ? フォルトゥナの街でよそ者が見つかったらマズいんじゃないのか?」
「んー? 時々騎士団の人に悪魔狩り頼まれたりするから、そういうのは免除してもらってる」
「へぇ…」
「尊敬した?」
「別に」
無愛嬌に答えると、フォルテは残念そうに項垂れた。
十分もしないうちに、三人は森を抜けてフォルトゥナにたどり着いた。雨はいつの間にか上がっていて、煤けた雲の隙間から青空が覗き、陽光のカーテンが射していた。ネロはフォルテをキリエの家へ案内するため、先頭を歩いた。白服ばかり着たフォルトゥナの住人たちの中で、黒いコートを靡かせ、巨大な鋏を携えたフォルテは注目の的だったが、何人かの人物に「やぁ、フォルテ君!」と声をかけられていた。その度にフォルテは笑顔を振りまいた。顔見知りは何人かいるらしい。
キリエの家に着くと、手が空いていないフォルテの代わりにネロが扉を叩いた。中からはキリエの父親が出てきて、知らない男(しかも明らかに街の者ではない)を見て、驚きを隠せていなかったが、ネロが説明した代わりに通報沙汰にはならなかった。やがて中から母親も出てきて、夫婦はフォルテに何度も頭を下げた。
「いいんですよ。ネロ君もキリエちゃんも、怪我がなくて本当に良かったです」
フォルテはそう言って、眠っているキリエを彼女の父親へ渡した。最後に名刺を渡して、フォルテは四人の前から去っていった。
次の日、キリエとその両親が教会に赴くため外を出ると、鉄柵のドアの上に純白の花冠が掛けられていた。その花冠には紙のタグがくくりつけられており、それには【Lost article! (落し物!)】と、ある名刺に書かれていた文字と同じ筆跡で書かれていた。
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