真城は夜中にもかかわらず、仕事場で1人黙々と作業をしていた。 高木やアシスタント達をあとは1人でも出来る内容だから、と定時に帰らせて数時間が経過していた。
ピリリリリ…
突如鳴り出す電話に思わず肩が跳ねる真城。 突拍子もない電話をかけてくるような人物に心当たりはなく、誰だろうとディスプレイを眺めて、肩が跳ねる以上に驚いた。
あたふたと電話を取り損ね、数回繰り返したのちに、ぎこちない動きで通話ボタンを押し、おずおずと耳に電話を押し当てる。
「…も、もしもし?」 『あ、もしもし!真城くん?』 「どうしたんですか、雄二郎さん?」
電話の相手は、真城の恋人である雄二郎であった。 普段はメールで許可を取ってからの連絡が多い雄二郎からの急な電話に少なからず動揺を示す真城。
『あぁ、原稿の調子がどうか気になって…』 「それなら、明日中にでも終わりそうなくらいです。」 『そっか、良かった…』
どうやら編集部から電話をかけているようで、電話の奥でざわざわと人の声や電話の音がする。 忙しいのかな、と心配になる真城をよそに、雄二郎は少し歯切れ悪そうに、あのさ、と口を開いた。
「はい?」 『今回は余裕なんだよね?』 「そうですね。あとは細かいところの修正くらいで…」 『雄二郎ー!』
進み具合を説明する真城の声を遮る、雄二郎を呼ぶ叫び声。 切羽詰った声色を聞き取った真城は、電話を続けても大丈夫か、と心配で電話の奥の音に耳を澄ますも、微かに声が聞こえるだけで、詳しくは分からなかった。
『ご、ごめん、掛けなおす!』 「わかりました。お仕事頑張ってください」 『うん、ありがとう。またね。』
案の定、大丈夫ではないようだった。 直ぐに切られた電話を見つめて、ふぅ、と息をつく。
「忙しいなら、僕のことは後回しにしてくれていいのに…」
いつでも忙しない人だけど、仕事にそれなりの余裕があって、それなりに作家に慕われて、そして自分よりも遥かに大人で。
何があっても、常に気遣ってもらっている自覚はある。かなり気にかけてもらっているし、かなり甘やかされてる自覚もあった。 無理だと分かっていながら、少しでもあの人に近づけたら、と思ってしまう。何か出来たら、と頑張りたくもなってしまう。
それが出来たらいいのだが、真城にはまだその余裕が出来ていなかった。 だからこそ、真城は年の差、というものを大きく感じてしまうのだった。
「嬉しい事だけど、僕だって何かしたい…」
ペンを握り、どうしようか、と2つのことに対して思案する。
1つはなるべく早めに終わらせなければならないことを充分自覚していた。 それから、もう1つのことがどうしようもない事だと分かっていながら、意地になっていることも。
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