赤点。
それは落第点を指し、赤い色で記入するところから由来される。



夏にさしかかり、屋上の風も生ぬるく、すこしばかり眠気を誘う温度。
そんな暖かくも強い風に煽られながら、真城はただ一点だけを見て口を開くのだった。


「残念ながら君は赤点です。」
「まぁな」


まぁな、じゃないの、と真城は出席簿で頭を軽くぽん、と叩く。
そうすれば、虐待だ、と屁理屈をぬかす学生に向かって、なにが、と真城は嘲笑気味に返す。

真城は依然、工場の煙の混ざった灰色の雲のかかる空を眺めるばかりであった。



「サイコー先生はどうして先生になったの?」
「…なんとなく」


真城は生徒の質問にはなんでも答える主義であった。
そして今の回答は、彼女の中で最もベストで正直な答えであった。

真城の回答から沈黙が続く。
今度は真城から質問する番だった。


「じゃあ、君はどうして赤点なんだと思う?」
「そんなん授業に出てないからに決まってる」


即答か、と真城はくすくすと笑って、やっと生徒と目を合わす。
だが、今度は生徒が表情を1つも崩さずに空を見て、うん、と返す。


「なんとなく、って俺と一緒だね」
「若いってのに夢がないなぁ」
「先生だってまだまだ若いって」
「…ぶっ」


まさかここで褒められるとは思ってもいなかった真城は、思わず吹き出してしまう。
それに驚いた生徒が、訝しげに真城の方へと頭を向ける。


「…先生?」


生徒の動向を分かっていたのか、ぽんっ、と生徒の両肩に両手を置き、にこり、笑みを浮べたまま動かなくなった真城。


「悩んでるんじゃないの?」
「はい?」


急に動かなくなったと思えば、口を開き、生徒の意表をつく。
固まったまま動かない生徒のことなんか見向きもせず、真城はまた口を開く。


「したいことない上に、何かしたいことができてもやる気でない自分に腹が立ってるんじゃない?」


高校生ってブレーキ掛けたがるんだよね、とわざとらしく溜息を吐いて肩を落す。
もったいないよねぇ、と真城はさらに言葉を足して、チラリと生徒を見やる。

目の合った生徒はバツが悪そうに首ごと目を逸らしたが、真城がそれを許さなかった。

ぐん、と細腕のどこから出るんだ、というくらい強い力で生徒の顔ごと自らの方へと動かし、黙って聞け、と自信ありげに熱い視線を送るばかりであった。

諦めた生徒は黙っていうことを聞く選択をして、力を抜いた。

その時を見計らっていたかのように、真城の口は開いた。



「したいことないなら、全部に全力で打ち込めばいいよ」



当たって砕けてしまえ、と真城はニカッと少年のように笑うと、生徒をようやく手放した。


真城の身長は比較的低めで、男子高校生と並んでも頭ひとつ分小さかった。
だけれども、男前、と称される意味がこの生徒にはやっとわかったそうな。



「まずは、補習から全力で打ち込もうな」
「うげっ」



けれども、次回のテストで彼が思わぬ点数を取って真城を喜ばせる事を、このときの真城はまだ知らない。





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誰とも分からない奴を出してしまいすみません…。
最近の真城先生ってば、先生らしからぬ言動が多かったので、ここいらでいい先生にしよう!と力んだ結果がこれです。

この真城の言葉はただの私の座右の銘ですので、成功するかは分からないです。←

2012/01/16