教科書を拾った。
というか、教室に置き忘れて行った教科書を生徒から預かっただけなのだけれど。
大方、職員室まで届けに行くのが面倒だっただけなのだろう。にこにことしながら真城に渡しに来たのだ。

きゅっ、と公民の教科書を腕に抱き、職員室へと入る真城。


「服部先生いらっしゃいますか?」
「ん?どうかした?」


少し気が進まないのは服部先生が苦手だから、というわけじゃない。
服部先生は気さくだし、よく気を使ってくれるし、優しい先生なのだ。

2人とも。


今、返事をしたのは服部啓先生。担当教科は地理。
真城が探している公民の先生は、服部雄二郎先生。

そう、同じ職員室に、同じ社会科担当で、同じ苗字の先生が2人もいること。

それが真城の気が進まなかった原因だ。
服部先生と呼べば、2人が振り返り、一方に用がある場合には、一方に申し訳ない思いをさせてしまう。


「あ、服部先生ではなくて…」
「あぁ、服部先生なら資料室にいたよ。」
「すみません…」


気にしないでくれ、と人が良さそうに、否、実際に人が良い笑みを浮かべて真城を送り出した服部。

そのたびに、仕方の無いことだが申し訳ない、と思ってしまう。




「あ、服部先生!」
「真城先生…?」


服部の言う通り資料室で目当ての人物を発見する事が出来た。


「忘れ物です。」
「あっ!」


教室に置き忘れて行った教科書を渡せば、すみません、と服部はしょげながら受け取った。
そして、ありがとう、と眉を下げて笑った。


他に用事があるわけでもないし、資料室にいるという事は服部に調べ事があるのだろう。
用事が済んだことに安心し、それじゃ、と邪魔をしないようにその場から立ち去ろうとする真城。


「…あの、さ」
「はい?」


が、気を使ったはずの服部に逆に呼び止められてしまった。
真城は服部の声に反射的に返事をし、自然と振り返る形になる。

呼び止めたはいいが、中々次の言葉を出すことをしない服部。真城が痺れを切らす方が先だった。


「どうしましたか、服部先生?」
「!!…それ!」
「へ?どれ?」


それ、と言われ、どれ、とつい返してしまう。我ながら阿保らしいな、と内心で苦笑する真城。


「そう、それ!
ややこしくない?」
「あぁ!名前の事ですか?」


ややこしい、で一番に思いつくのが、名前と言うのは少し申し訳ないような気もするが、それ以外の当てがない。

服部の、うん、と肯定を示す姿に、真城は申し訳なさを免じて貰う事にした。


「同じ名前だし、不便だよね、きっと。」
「え、まぁ…さっきも服部先生に間違えられましたし…」


先ほどの経緯を遠まわしに伝えれば、互いに苦笑が漏れるだけだった。


「服部先生はともかく、俺の事は名前でいいから。」
「えっ…でも…」


同僚とはいえ、年齢的には先輩である服部の下の名前を呼ぶことに抵抗を覚える真城。
そんな真城の様子に気がついた服部は、慣れっこだよ、と笑った。


「福田先生のせいで生徒にも名前、しかも呼び捨てで浸透しちゃってるし、ね…」


気の毒で、乾いた笑いしか出なかった真城だった。


「ともあれ、俺は気にしないし、真城先生も不便だし、気にしなくて良いから。」


人の良い人だ、と真城は改めて感心する。
そして、不便だということは事実であった事も手伝い、早急に観念してしまった。


苗字と名前。
どちらを呼ぶのにも気が引けるのは確かな話なのだが。

不便であるよりは幾分ましだろう、と自分に言い聞かせる真城。




「…………ゆっ、雄二郎、先生?」
「…っ!」




一度呼べば慣れるだろう、と真城は雄二郎の名を呼んだ。先生付きでだったが、勿論、照れた。

何度も呼ばれれば慣れるだろう、と雄二郎はその呼び方を受け止めた。少しだけ照れたような声色ごと。






「ゆっ、雄二郎先生?どうかしましたか?」
「…あ、いえ。何でもないです、真城先生。」




慣れそうにない、とお互いに言うことが出来ず、そのままその呼び方は2人の中で採用されることになった。



ちょっと、慣れない。

と、また内心で照れた2人だった。













‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
服部ズはお互いを服部先生と呼べばいいと思います。
そして、雄二郎先生は照れる意味も分からないまま、福田先生にどやされる事になります。可哀想に…。←

11/03/04