「僕、新妻さんのところ行くよ。」



多分、声は震えていなかった。なんとか声が届くようにと、声を振り絞ったから。
そのかわり、電源ボタンを押そうとする親指が言うことをきかない。


カタカタと小刻みに揺れる身体を両腕で抱き込んで目を瞑る。

瞑っても蘇るそれ。
首を振って無理やり振り払えど、絶えず思い起こしてしまう。


邪魔しちゃいけない。
僕が入る隙もない。

背後に茂る草木を隔てた向こう側には、裏切られたように向かってきた打撃。
彼らのその行為を見るには、あまりにも僕は幼すぎた。

決して振り返ってはいけない。











気付いたときには走り出していた。どこまで来たのかも分からない。
見覚えがあるような、ないような。それを判別するような理性は僕に残されちゃいなかった。

身体が冷たい。
視界が霞むのは、涙が流れているせいじゃない。今、出してはいけない僕の涙は、必死に堪えずとも、出てきやしなかった。


強い雨が降っている。


バシャバシャと靴に、服に泥が跳ねようとも、どうでも良かった。
肩に重くのしかかる雨に服が侵食されようとも、気にならなかった。


重い水分を振り切るように、どこかも分からない道を、ただただ走り抜けた。







「うわぁっ!?」
「っ!」


どんっ、
という音が聞こえた頃には、身体が鈍い痛みを上げていた。それでも、声は出なかった。


「だ、大丈夫!?」
「……………」


男の人にぶつかったらしかった。僕はその男の人の腕に肩を支えられ、倒れずに済んだ。

いっそ、こういう時は盛大に転んでしまえば、自分を保てずにいれたのかも知れない。


「あれ?真城さん?」


それでも、この人は当たり前のように僕を支えた。
とてもずるい人。




「…………はっ、とり、さ、ん…?」






もう、限界だったのかも知れない。







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