「うぅ〜」
「…」
「ううぅ〜」
「…どうしたの?」
「うううぅ〜…て、あ。帝人くん!ちょっと聞いてくれない!?」



そう、あたしを今朝から悩ませているこの不可思議な出来事。教室で自分の机に顎をのせていつまでも唸っていたら、さすがにそんな状態で気になったのか帝人くんに声をかけられた。神の助けだとばかりに反応よくがばっと喰いつく。そして絶賛自分の身に起こっていることを帝人くんと、たまたま傍にいた杏里に説明してみた。

朝、いつものように起きたら、ふと自分の身体に得体の知れない違和感を覚え、視線を移すとそこにはなぜか自分の左手の小指に赤い紅い糸が巻き付いていた。自分で巻きつけた記憶がないため、取り敢えずそれを外そうと試みるがなぜか触ることができない。掴んでみてもそれは自分の手を通り抜け、でも確かにそこに存在する赤い色彩のそれ。自分の視界にはっきりと捉えられているのに触れないというわけの分らない出来事に最初は頭がついていかなくて、危うく遅刻しそうになったのは事実である。家を出る前に家族に尋ねてもそんなものは見えないと、実の子に向けるようなものとは思えない顔をされ頬が引きつった。道を歩いても小指に巻き付いてどこに続いているかも知れない赤い糸は誰の目にも付かず、延々と目的も分らないまま伸び続けている糸に足を取られる者もいない。あたしにとって運命の赤い糸は程遠いそれは、恐怖と不安しか与えてくれなかった。

試しに目の前の二人にこの赤い糸が見えるかどうか尋ねてみたが、もちろん答えは否。しかし、この心優しい学級委員たちは見えない赤い糸の話を真正面から信じてくれて、取り敢えず放課後にその赤い糸がどこに繋がっているのか協力してくれると申し出てくれた。あたしは予想外の言葉に嬉しい気持ちでいっぱいになり、やはり持つべきものは友達だと杏里の胸に飛び込んで思った。





「はぁ〜まさか運命の赤い糸なんてまだこの世界に存在するなんて思わなかったな〜。え?俺?もちろん見えるに決まってるじゃないか!世界中の女の子と俺の小指は全て赤い糸で繋がっているのだからっ!!」



…放課後、まさかの正臣くんのオプション付きで池袋内を散策することとなった。まあ帝人くんと杏里という二人がいる時点でこの展開は避けては通れない道だと思っていたが、実際に話してみると成るほどこれはうざい。最初に否定しといて自分の都合のいいように赤い糸論を述べている彼を一瞥し、日頃の帝人くんに心の中で同情した。

どうやらあたしの小指から続く赤い糸は学校から60階通りまで伸びていた。一体どこまで続いているのか途方に暮れそうになるが、途中で買ったクレープを食べたらそんな気持ちは忘れてしまった自分はかなり現金な奴だと思う。少し路地に入ったところで、ふと思い出したように帝人くんに話しかけられる。



「思ったんだけど、もしその赤い糸の先が分かったとして、それが誰かの小指に繋がってたらその人と運命ってことになるのかなあ?」
「あー確かに。運命の赤い糸ってことは、そういうことだもんねえ」
「なんか…素敵ですね」
「いやいやいやちょっと待て!なに?これってそういう展開なの?そんっっっなのは世界が認めても僕が許しましぇーん!!なにが哀しくて俺の愛する君の恋の行方を手伝わなくちゃいけないわけ!?」
「正臣が勝手についてきたんでしょ」
「…まあ確かに繋がってたとしても、あたしがその人を好きになるって決まったわけじゃないし」
「でも、なんで私たちには見えないんでしょうか…?」
「それが不思議なんだよねえ、しかもあたしのしか見えないんだよ。運命っていうならさ、みんなのが見えたってよくない?ね、帝人くん!」
「ええええぇっぼ、僕に振るの?そ…そりゃあ見えたら嬉しいかもしれないけど、でも僕は別に…」
「なんだよ帝人〜。そんなに杏里と赤い糸で繋がってたいのか?でもそれは残念だったな!なんたって杏里と結ばれるのはこの俺…」
「ちょ、正臣!少し黙って!!」



目の前で戯れる正臣くんと帝人くん、そしてそれに首を可愛らしく傾げてその光景を見つめる杏里。やっぱりこの三人と一緒にいると飽きないなあ。途中から加わったあたしにも臆することなく同じように接してくれるし、なんだかんだいって放課後の帰り道は誰かが用事で欠けること以外は大抵一緒につるんでいる。そしてもはや日常と化している喧騒に、それそろ止めに入ろうかと足を踏み出したところで目の前を自動販売機が通り過ぎていった。…ん?自 動 販 売 機 ?

四人でいっせいに飛んできた方向を見ると、バーテンダーの格好をした金髪長身の若い男と、全身黒づくめの格好をした綺麗な顔立ちの若い男が向きあっていた。傍から見ればなんてことはない光景だが、それが普通じゃないと神経が危険信号を発するのは、その金髪の男の手に道路標識が握られていたからだ。恐らく先ほどの自動販売機を投げたのはこの男なのだろう、自分の常識とはかけ離れたそれに、なぜかあたしは視線を逸すことができなかった。



「やっべ、平和島静雄だ!それに折原臨也もいる…!!」
「えっと、園原さん!危ないから早く逃げよう!!」
「う、うん。でも…」



と言って、ちらりとあたしに視線を投げるかける杏里。そう、あたしはなぜか地に足がついたようにそこから動くことができなかった。頭ではこの状況が危ないと分かっていても、回路が正常に動かなくて思考判断に欠ける。心配そうにあたしを見やる杏里と、焦ったように声をかける正臣くんと帝人くん。なのにあたしの視界から彼らの存在はブラックアウトされ、視線は一人の男に釘付けになった。



「臨也よぉ…池袋には来るなって何度も言ってるよなあ…?分からねえってことは殺してもいいってことだよなあ…!?」
「やだなあ、シズちゃん。そんな野蛮な考え方、よくないよ?」
「その呼び方はヤメロっつってんだろうがああ!!!」



今にも道路標識を振り回さんばかりの勢いに気圧されそうになりながらも、自分の左手から伸びるそれが向かう先へと目を離すことはできなくて。彼の左手にちらりと映った、見慣れた赤い糸。ドクンと高鳴る心臓。まさかまさかまさか…。



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…今日こそ手前を殺す!!切り刻んでバラバラにして海に沈めて魚の餌にしてやる!!!!」
「はははっ、冗談やめてよねシズちゃん。そんなことしたら、さすがの俺も死んじゃうよ?」
「だからここで死ぬんだよおおおおおお!!!!!!!!!!」





まさかあたしが、人目惚れをするなんて。










あれれ、赤い糸引っ張られるの感じます!
(ど、どうしよう杏里!あたし恋しちゃったかも!!)
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20101018
企画「咀嚼」さまに提出。
遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。

お相手は読者さまのお好きな方で解釈してください。